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(7)2つの弾丸を使いこなす男(2023.8改)

トライアングルを構成している2人がギクシャクしていると、家庭内の雰囲気に少なからず、影響が生じる。
その2人の間を取り持つべく、近づいてくる蛍に睨むように圧を加える。 
「田んぼに行くのよね?あのね、朝食の後で時間もらえない?」
全く動じずに言えるのだから、蛍にはよっぽど大事な話なのだろう。

「選挙の話なら聞きたくないな・・で、なんの話?」

「その話。あなたにご相談したくて・・」

「あのさ、今更って状況は分かってるよね?  僕はご本人と君から、何一つ知らされていなかった。随分前から皆んなで計画してたみたいだけどね。用無しなんだろ?声を掛けないんだから。
それに授業も副業もあるので、申し訳無いけど今は何もできない。
カネが必要なら、好きなように使うといい。使い切ったって構わない、どうせ通帳もカードも蛍が持ってるんだから」
と言って、モリは開き戸を開ける。蛍が何か小声で言っているが、「ガラガラ」という戸を閉じる音で聞こえないフリを貫いて外へ出た。

マスコミ報道ばかりが先行して、未だに説明が何一つないのが理解できない。
3人の女子大生からは、実は選挙支援のために母親とやって来たと昨日聞いて、4月のうちに決めてたんじゃないかと憤慨してから、更に哀しくなった。記事を見るたびに虚しく思っていたからだ。
昨晩はふて寝した。家族としてカウントされていなかったと今回、思い知ったからだ。

用水路の堰止め板を開放して、田に水が引き込まれてゆくのをしばらく見届ける。この農業用水は、村の西側を流れる2級河川の800m上流から引き込んでおり、集落の田の所有者は誰でも使える。江戸時代以前、この集落で田畑が始まる際に出来た水路なのだろう。当時は大工事だっただろうが、今では経費も全くかかっていないので無償だ。その用水の元となっている川に向かう。

昨日の夕方、娘たちとハヤ釣りをして、ついでに川エビを取ろうと網を仕掛けてきたので、引き上げにゆく。
河原へ下る細い山道を下りながら 目前の里山の稜線を見て「山小屋で過ごすか・・」と、ふと口にしていた。「そうだ、それがいい。そうしよう」と自問自答していたら、次第にその気になってきた。長靴をガポガポと鳴らしながら、山道を駆け下りていった。

ーーー

台所に戻ると、翔子と玲子の母娘の視線を感じた蛍は首を振った。朝食を作っていた2人が、がっかりする。
「勝手にやれって感じで、手伝うつもりもない。呆れた顔をされてね。まいっちゃったな・・」

いつも協力的な夫なので、甘えていたかもしれない。今回ばかりは蛍の頭の中に離婚の文字が浮かんでいた。モリの貯金は慰謝料と養育費を遥かに超える額になる。その貯金に未練が全くなさそうなので、内心動揺していた。

「私、ちょっと先生を見てきます!」

玲子がエプロンを脱ぎながら「お母さん、後 お願い」と翔子に依頼する

「・・うん」託された母親が娘の行動が読めなかったのか、戸惑いながらも頷いた。自分のパーカーを取ると、スローモーション映像のような上体と下半身が一体化して流れるような体移動をしながら、玲子が出ていった。    

「あの子、先生と2人っきりになるチャンスを狙ってたんじゃない?」玲子とすれ違うように台所に入ってきた里子が翔子を見据えていう。 

「まさか・・」と笑い顔で反応した蛍が、翔子の真面目に思い悩むような顔を見て、次第に笑顔が消えていった・・そのまさかだった。今は使われていない水車小屋で、娘たちと度々行為に及んでいるのだから・・

ーーーー 

朝食を終えて、大人は洗濯干しと掃除。子どもたちはオンライン授業だがモリは授業の無い時間で、あゆみは教科の講師がコロナ感染で自習時間だった。女子大生は午前中は空きらしい

モリが部屋から猟銃を取り出して小屋で整備していた。

あゆみがお姉さま方に向かって誇らしげな顔をしてるのが、今ひとつ分からなかった。

去年の秋に何度か使って手入れを念入りにして置いたのが良かったのだろう。愛器に異常は見られなかった。

「よし、大丈夫。行けそうだよ。シュラフ干しておこう」というと、あゆみが喜ぶ。息子たちは待ち時間が耐えられないので猟について行くのを嫌がるが、娘は苦ではないらしい。 血抜きも解体も嫌がらない。そこは自分の血だと思う。外観は母親似で、モリの外的特徴は何一つ無いのだが。娘よりも問題は女子大生3人だ。山小屋で寝泊まりすると聞いて、あらぬ期待をしているのだろうが、あゆみの解体なんてへっちゃら発言で、ハードルを下げてませんか?と3人を視界にいれて、反応を見ていた。

「持ってみてもいい?」樹里が一歩寄ってきた。「いいよ。あ、でもこれ右利き用なんだ。構えが逆になるからね。弾は入っていない」樹里にさぞかし重そうに手震わせながら渡す。

「あれ?すっごく軽い!猟銃って、こんなに軽いの?」

「うん。このスコープをつけて、丁度3キロになる。銃弾が4発しか入らないし、兵器じゃないから連射は出来ない。因みに、火縄銃も約3キロで銃身はそれより30cm長くて、130cm。当たり前だけど、その銃の方が性能がいい」

「1mなんですね・・このあたりでは何が捕れるんでしょう?」

「お父さんはシカ専門なんだ。メスは狙わないから、村の人たちから怒られている。メスも取らなきゃ数が増えるだろうって。ついでにイノシシも取らなきゃいかんって言われてる」

「オスが減れば、そんなに増えないよ・・」
と言ったら、杏が笑いながら人差し指を左右に振ってから言った。・・なんだ、その指は?あなたみたいなオスが居るとでも言いたいのだろうか・・

「なんでGWと夏休みに、猟に行かなかったの? こんな趣味があるの知らなかったよ」

あゆみを見ても答えが出てこないようなので、モリが答える

「夏は虫がもの凄いから、行かないだけ。今なら大丈夫、山の上には蚊もブヨもいない。アブは居るかもしれないけど。
連休中は山菜取りの人達がいるから避けているんだ。 一度だけ連休中に山に入ったら、結構街の人たちに出くわしたんだよね。結局、その年の連休は一発も撃たないで降りてきた。鹿も種類によっては山菜を食べるから、エリアがバッティングするんだ。それに鹿だけじゃない。山菜取りの人が熊と遭遇して怪我したって毎年のようにニュースになるのもそうだ。熊は冬眠あけで腹いっぱい食べたい。母グマと子連れなら尚更で、川魚と山菜を狙いに子連れで沢へやって来ると、釣り人と山菜取りに出くわすんだ。子を守りたい一心なのか、山菜が奪われて怒っているのか分からないけど、人だけが被害に合う。因みに沢にも降りるけど、山菜の生えている場所や、くまモンが遊泳出来る淵には寄らないからね。安心して」

「今回は何発撃つの?」樹里がニヤけながら言うと、今朝ほど放たれた娘が照れている。・・なんて奴だ・・

「可能な限り。全ては山ノ神さまの思召し次第だけどね」

「去年の秋は2日で5頭だった。前の年は少なかったよね?」あゆみが言うので3本の指を出して見せた。

「そんなに捕れるの、5頭もどうやって運んだの?」運び屋になると警戒したのか、杏が声を上げる。

「鹿とイノシシは増える一方。鹿は背中のロースの部分とレバーだけ持って帰って、残りはお父さんが一匹ずつ運ぶよ。大体畑に埋めてるよね?」

「背ロースとレバーだけなの?」頬がまだ赤い玲子があゆみに問う。

「筋っぽくって、噛み切るのが大変なの。時間があるときはお父さんはスープのだしにしてる。ラーメンと水餃子を作ってくれたのは、2年前?」

「・・3年前だね」
3人娘が料理を思い浮かべてニタニタしてるので、寒気を感じた。

ーーーー

土曜日、里山の頂上付近まで上がって来るとシラビソやリョウブの木々の皮が根元から捲りあげられている。鹿が若皮をはいで捕食した後だ。去年芽が出た若木や植林された木々は頭からかじり取られてしまっている。春先植物が成長を始めるのに合わせて、空いた胃袋を満たし続ける鹿たち。「シカの糞だよ」あゆみが登山用のストックで指し示す先に、黒い数珠状のフンがいくつも転がっている。

「ここで待ち伏せするの?」杏が聞くので、木の枝を拾って鹿のフンを一つ潰してみる。 「いや、ここでは待たない。ここらの彼らの獲物は食べ尽くしたようだね。フンがカラカラに乾燥してるから随分前のフンだろう。ご覧、大半のフンは風雨で崩れ始めている」

「なるほどね・・」枝を拾い上げて、フンをつついている。振り返ったら樹里も玲子も突いていた。

「小屋まで、あと40分位だよ。頑張ってね!」あゆみの声にやや力ない反応しか出来ないのが樹里だった。仕方がないので樹里のザックを奪って前に背負う。捨て台詞と共に。

「お姉様たちと、持久力の差が出ましたな」

身に覚えがあるのだろう。怒り出したので余力はありそうだ。やはり身に覚えがある玲子と杏が笑っている。何も知らないあゆみは、訳も分からずニコニコしているだけだった。  尾根道に出ると今日の上りは終わり、低山の縦走路となる。道の両側には笹が生い茂り、360度の視界と日本の屋根の連なりが右側に見える。
北アルプスと白山の残雪に日が当たり、輝いている。平行移動に転じたので、樹里の顔にも笑顔が戻った。4人娘がストックで峰々を指して、白馬だ、岩の殿堂だと言っている。

「ケーンケーン」と鳴き声が聞こえると、あゆみが立ち止まって3人娘を止めて、口に指を当てて箝口令を発して、嬉しそうな顔をする。モリは猟銃のケースとザックをおろして、素早く銃を取り出すと鳴き声の聞こえた方に向かって笹の中に入ってゆく。
登山用のゴアテックスなどのナイロン素材のウエアでは笹と擦れてシャカシャカした音が出るが、コットン素材のウエアではゆっくり進めば、音はほとんど出ない。

4人は先程の場所で座り込んで向かい合い、顔を見合わせてあゆみから説明を受けている。鳴いたのはキジのオスの求愛で、うまく行けばキジ焼きが昼食、夜はキジ鍋だとあゆみが言うと、まだ捕れてもいないのに、3人娘が先行型の糠喜びをしている。

「ターン」と乾いた銃声が聞こえると、鳥が飛び立つ音がする。あゆみがすかさず立ち上がると、年上の3人も立ち上がった。「見て、メスだ!」あゆみが指差す方向に黄土色の鳥が飛びさってゆく。

「と、言うことは?」「さっき鳴いたオスは〜」と玲子と杏が手を取り合って、喜びモード先取り状態だ。笹の下に隠れて見えなかったモリが立ち上がると、派手な色のオスの足を持って、血が自分にかからないよう斜めに掲げた。

「やっばー、射抜かれちまったぁ。お腹がキュンキュンするぞ。師匠〜惚れ直しましたぁ」樹里が言ってから、しまったと慌てて俯いた.。

「樹里がそう思うのも仕方ないよ。狩猟民族の女達は獲物を取ってくる男に焦がれてきたんだもの。女にはそういうDNAが染み付いている。樹里と杏には縄文人だけじゃなくて、ネアンデルタール人の遺伝子も入ってるんだもん。欧州は狩猟と略奪の本場だったし。  
あゆみちゃんだって、今は娘っていうよりも女の子の気持ちのほうが強いでしょ?パパ、素敵、カッコイイって」

「うん、すっごく好き!」

足元を確認しながら歩いて来るモリを見据えながら あゆみが言うので、樹里はホッとしてから、玲子に手を合わせて詫びる。この場を助けて頂きありがとうございました、と思いながら。

咄嗟にこの場を言い繕ってみせた玲子は、あゆみが父親に抱いてる感情に再び疑問を感じた。やはり異性として恋愛的なものを秘めているのではないかと。樹里の発言を忌む事もなく、自分の感情を正直に口にし、自分の発言自体を悪びれもしない。玲子が誂ったのではないとあゆみは理解した上で、3人には負けないよ的な、一人の女性としての意思や立場を表明したようにも見える。少なくとも今いる山では、3人の大学生はモリの庇護だけでなく、父娘のコンビの庇護下にある。経験があるので、娘が父の狩猟の手助けをしているし、父親も娘を弟子のように扱っている。もし、あゆみがいなかったなら、あの場に残された3人は途方に暮れていただろうし、モリを追っていたかもしれない。あの場に留まってモリを待ったからこそ、キジを捕えたのだろうと玲子は解釈した。

以上から玲子は画策する。あゆみの父への恋心を支援して、その上で3人が相乗り乗車する方が穏便に進むのではないかと。

あゆみに排除されるような悪手にならぬように、4姉妹としてのポジションをモリ家内で確保しつつ、母親たちも更に巻き込んで、新たな家族像を作り上げるのはどうだろうかと。

あゆみは3人が父親の大ファンだと知っている。卒業してもコンタクトをしているのは3人だけだし、今回の件で、家族ぐるみの付き合いとなった。あゆみの利益に結びつくものを姉や先輩として提供し、信頼関係を構築する。その利益が家庭教師的なサポートで学習面のアドバイザーのポジションと、公の場でモリを独占する機会を提供することだ。高校、大学とあゆみが進学する過程で、父親に対する感情の変遷を見届けながら、姉としてサポートする。 後で杏と樹里に提案しよう。今夜は我慢すべき。「行為」は控えようと。

ーーー

杏と樹里のインスタグ()ムが更新された。山の上では電波の状態も良いのだろう。

昼は焼き鳥と山菜のサラダとスープで、仕留めて皮が向かれた明らかに新鮮な鳥はキジだという。 夜は避難小屋の囲炉裏で、モリが置いたままにしている大鍋とフライパンで調理する。
鹿のモモ肉をベースにしたスープパスタを杏が作り、樹里と玲子とあゆみで、持っていった手製のバケットにキジ肉のスライスと、鹿の背ロースのスライスに、五箇山の庭に生えているパクチーとネギを挟んで、ベトナム風のバーンミーを作って食べている。そんな写真が何枚かアップされた。

猟銃を構えている人物の顔は写っていないが、鹿を待つ猟師の後ろ姿と、射撃後に鹿に走りより、アーミーナイフで喉を切り絶命させる男の2枚が投稿された。 晩の食材はこの仕留めた鹿だった。流石に生レバーを食している写真は投稿しなかったが、「#たったの2発」「#百発百中」と書き込んであった。

狩猟経験者たちは男が使っている銃が「BROWNING X-Bolt Micro Midas」で、1mの短い砲身の銃で250m程度離れた疾走する鹿を射止めている男の技量を称賛する。その上で、銃から推定して身長のある男性が利用する銃としては、使いづらいのではないか?とオススメの砲身の長い猟銃を投稿していた。

「生レバー、食べましたか?」と言う質問に対しては、

「山ノ神に感謝してから、シカもキジも頂きました。レバーには本当に驚愕でした。どちらも美味!でした。写真をお見せできないのが残念です」と杏が書き込んだ。

新たに追加された、囲炉裏の火を囲んで寝袋に入って語り合っている、4人娘が写っている写真と共に。

「ハンターさんが羨ましいです。あなたの心根が清くて尊い善人であるのを、心より願っています」と返信があり、麓のムラにいる母親たちはそのコメントに笑った。

だが、残念なことに余計な弾丸をバンバン放つ、極悪ハンターだったらしい。

(つづく)


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