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(6) "神の目"を持つ者(2023.12改)

「では、11時前集合で宜しく頼むよ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

梅下外相は車を出てSPに挟まれながら官邸玄関へ向かう。閣僚会議に向かう外相を見送ると、車は首相公邸へ向かう。首相の秘書と面会する事になっていた。

首相公邸、元々は官邸だった。外相の祖父である元首相は官邸の建て替えが決定していたので、老朽化の進んでいたこの建屋には入居しなかった。組閣後の写真撮影時に使っただけだ。
若がこの館の主となるのも、そう遠い未来ではないと確信していた。今の主は棚ぼたでこの座に座っているだけ、貸してやっているようなものだ。祖父の頃には負けるが、新しい勢力も増え、新・梅下派は党内の最大派閥となった。

「お待ちしておりました」既に2人が到着していた。会釈して宮崎は座った。
警視庁公安部の 篠山は、宮崎と首相秘書の山中裕也に書類を渡すと直ぐに報告を始めた。

首相と外相には、公安部のSPを配備しているので双方の動向を篠山は全て把握している。
そしらぬ体をして定例報告を始める篠山を一瞥し、相変わらずいけ好かない奴だと宮崎は思いながら、首相就任後の新大統領選出後の訪米時の警備体制、渡米時のコロナ対策などの報告を聞いていた。

ーーー

幾つかある報告事項の一つを内閣補佐官の新井が説明を始めると、閣僚一同が前のめりになって聞き始める。閣僚会議の場で社会党絡み、プルシアンブルー絡みの報告の度に同じ反応になるなと思いながら、新井は淡々と続けていく。

プルシアンブルー社サミア社長とのネット会談の後でも、新井なりの判断が出来ずにいた。社長や役員達のガードが固かったのもあるが、分析に至る情報を集められずに終わった。
新井は知り得た情報だけでも閣僚に知らせて「中間報告」「情報共有」のつもりで説明に臨んでいた。「体良く丸投げした」と思われるのも承知の上だった。

前のめりにならぬまでも、梅下外相も新井補佐官の説明を聞いていた。梅下の場合は「ある程度は知っている」かの様に、振る舞わねばならない。

「モリとのパイプがある」という錯覚が、梅下の与党内でのポジションを押し上げている自覚は本人にもある。タイで家電製品を製造していたのも驚いたが、今度はIT機器を台湾で製造するというので、面食らってしまう。表情には出さずに、補佐官の報告に集中していた。

家電の際は何も意見できず、梅下が知らなかったのがバレてしまった。2度は繰り返せない。
閣僚会議の終了後、大臣の何人かに家電事業参入の詳細情報が欲しいと言われ「モリに聞いておく」と言ってしまったからだ。

しかしだ。家電とIT機器の開発と製造をほぼ同時に進められるプルシアンブルー社は、組織としてどうなっているのだ?と梅下は思う。曲がりなりにも20年以上商社に勤務していたので、どのくらいの人員と組織が事業進出するのに必要となるのか、想像は出来る。高々数百人の企業では、無理があるのではないか?と勘ぐっていた。

プルシアンブルー社が富山で先端半導体の製造を夏から始めており、台湾のEMS会社に各種半導体や部品を送付し、PCとモバイルの生産を間もなく始めると、補佐官はいう。
PC とモバイルにそれぞれ独自OSを搭載し、従来機よりも高速、というのがウリなのだ、と。

「何故、こんな話が表に出てこんのだ?」
「報告義務を何かしら課さねば、流石に不のではないか?」
「そうは言ってもだな、彼らは日本の企業ではない。日本法人も上場を取り止めた後で日本での上場は凍結する、おまけに経団連への加入も全く考えていないと言っているのだぞ」

「巨人に挑んで、果たして彼らは勝てるのかね?市場は米国に抑えられているだろう?」
首相の一言で、場が静まった。貫禄だけはあるのと、大抵最後に発言するので「令和の西郷(せご)どん」と閣僚達からは言われている。
志半ばで倒された西郷を揶揄っている向きもあるだろう。依然として与党は火の車の状況にあり、政府への逆風が吹き続いているからだ。

「正直に申し上げれば、私自身も解を用意できておりません。どのような結果になるのかも分かりません。スペック的な部分だけを見れば確かに優れているのですが、実機を見た訳ではないので、使い勝手や操作性がどの程度のレベルにあるのか分かりません」

頷いてから梅下が言った。

「何故、家電のようにAIを載せない?と私も問うたのです。明確な返答は得られませんでしたが、AIとしてまだ完成していないのではないかと想像しています。何しろ彼らは起業したばかりですからね」顔には笑みを浮かべるよう努力していた。

「なるほど、一理あるな。能力を誇るのなら隠す必要はないはずだ・・」
ナンバー2に成りたがっている経産大臣が、梅下の発言に絡んできた。

「AIを載せない理由を何か言及していなかったかね?」首相が新井補佐官に聞く。

「家電に載せたAIは、同社のナビに搭載したAIと比べるとレベルとしては低いものです。しかし、ナノテクノロジーの先端技術を彼らが手中に収めたのも、優れたAIをプルシアンブルー社が持っているからなのです。
サミア社長は「投入時期を見極める」と言いましたが、その後の私の問いには応えてくれませんでした」
新井補佐官は首相の質問に返答した後で、梅下を見て笑った。

「見透かされたか?」と思いながら、梅下は新井の視線を躱した。

ーーーー

首相公邸を出ようとロビーを歩いていると、篠山が声を掛けてきた。
「昨日お会いされたご婦人たちは、プルシアンブルー社の役員の親類の方ですよね?」

「そうです。母親と次女と会っていました。長女の方と外相が同じ学校で、面識がありまして」

「長女は離縁して、最近プルシアンブルー社の社員となり、東南アジアへ行っています。何故、大臣の面識のないご家族の方と宮崎さんが会われたのですか?」
能面のような顔で言われて、宮崎は視線を反らした。
「まさか、あなた達はあの家族まで、あなた方の玩具にしようとしているのですか?」

「失敬な。あなたは何を仰っているのか?次女の方は外相の奥方の候補者だ。玩具という表現は撤回していただきたい!」

「そうでしたか・・それは大変失礼致しました。私の勘違いです、謝罪致します」
篠山は頭を下げた。下げた時間も実に短いものだったが。

「それと報告なのですが、最近まで大臣とご一緒していた女性がストーカーの様に付き纏おうとしています。SPには注意喚起情報として顔写真と共に知らせてあります。暫くの間、警戒体制を強化しますので大臣にもお伝え下さい」

「分かりました・・すみません篠山さん、ストーカーの女性とは誰なのでしょう、名前を教えていただけないでしょうか?」

見に覚えがある女性ばかりで、宮崎は対象者を絞り込めなかった。

「っと、少々お待ち下さい・・あぁ、丈下裕子さんです。島根の市会議員のお嬢さんです」

篠山が手帳を開いて言う。名前を聞いて驚いた。市会議員には釘を指しておいたのだが・・
「分かりました、ありがとうございます。では、ここで」

宮崎は頭を下げると、逃げ出すように玄関へ向かった。篠山が呆れた顔をしているのを見たくはなかった、屈辱だった。

ーーー

チャーン島へ渡る古いフェリーに、一行は乗船していた。
由真は澄んだ青い海を見るのが初めてだった。海外旅行も、国内の新婚旅行すら無い家だった。「何かがあってはならない」とうわ言のように唱えながら、外出を極力控える義母だった。コロナが騒がれるようになると「家が一番安心」と唱えていたなと思い出しながら笑った。
少しづつでいいから、自分を取り戻すんだと拳を握り、顔に当たる風を感じていた。

吹きさらしの上部客席には日本からやって来たエンジニアの他に、PB Motorsのタイ法人の社員120名が加わって、ほぼ満員状態になっていた。
11月からタイ国内で販売を開始するという、日本の軽自動車規格のバン、ワゴン車、軽トラのセールストレーニングを、観光客が全く居ないチャーン島で行うという趣旨だという。

由真はモリと玲子、日本の元CA3名タイの元CA2名カンボジア王族2名+護衛4名と共に完全オフ、島に2泊のバカンスとなる。
とは言っても、3食は社員達と共に食事をとる。何しろコロナで客が島に来ないので、すべての店が営業停止なのだという。
滞在しているホテルで食事を取るしか術はないと言われ、玲子とCA達と協議して、トラート市内のスーパーで食材を大量に買い込んで来た。ホテルの厨房を借りて、和食も数品提供しようと考えていた。

仕事と聞いていたが、ゴードン会長とエンジニア達に加えて、タイ人セールスの皆さんは極めてラフな出で立ちで、ゴードンに至ってはアロハシャツ+短パン+ビーサンにグラサン姿で、ビール瓶を片手にグビグビ飲んでおり、部下たちの物欲しげでもあり、冷たい視線を浴びているのだが動じる素振りは見られない。

モリはフェリーの下甲板に積載されている新型車をここぞとばかり見て回っている。
2階の甲板からモリを眺めていると、今回で1番真剣そうな表情をしているので、このまま研修に行ってしまうのではないか?と心配になる。

フェリーにはマイクロバス5台と由真達には日本導入が決まっていないミニバイクが一人一台づつ用意されていた。島内移動と島のビーチ巡りに良いだろうと、タイ人スタッフが考えたらしい。島内にはお巡りさんが居ないので免許は要らないと聞いているが、バイクを運転したことのない由真は、モリ運転する後席をお願いした。
CA達と玲子が悔しがっていたが、死活問題なので仕方がない。無論、後席の座を明け渡すつもりもないのだが。

玲子が立ち上がり、欄干に移動して海を眺め始めた。「幸せな娘だな」とまた従妹の後ろ姿を由真は見て、目を細める。
中学の頃から恋い焦がれていた教師と恋仲となり、今は養女の肩書を隠れ蓑にして大手をふってモリの側に居続けている。関係が5年も続いていると聞けば、夫婦の様に見えるのも当然かと合点する。それ以上に、相方の能力・力量は推し量れないものがある。モリは都議で終わる人物ではない・・

玲子がその場で嬉しそうに飛び跳ね出したので、由真も立ち上がり、欄干へ移動した。
欄干まで辿り着いて驚いた。エイの群れがフェリーの速度に合わせるようにゆったりと泳いでいる。

「まさか、あなた・・」

「うん、私にもチカラがあったみたい!」玲子が由真に抱きついてきた」

「そうかぁ、良かったねぇ・・ナイショの話だから、誰にも自慢できないんだけどね」

「海だから、ひょっとしたらって思ったんだ」

「イルカだったらもっと様になっただろうけど、東南アジアの海にはイルカは居ないんだ。メコン川には絶滅したかもしれないカワイルカが居るから、昔はインド洋、アンダマン海にも居たんだろうけどね」

「残念、イルカを想像していたんだ。海のトリトンとか、コナンみたいにイルカと会話するの」

「あなた幾つなのよ?古いアニメなのに良く知ってるね」由真は玲子の頭を撫でながら尋ねた。「玲子はさ、流れ星を見たことはある?」

「気仙沼で見たかも。まだ小学生だったかな?」

「じゃあ分からないかな?流れ星の音が聴こえる若者が2割くらい居るんだって。折角だから今夜、夜空を眺めてみない?」

「流れ星の音って・・2割も居るの?」
由真から離れて真顔になった。

「うん、私も半信半疑なんだけどね。
でもさ、マッハ10位の速度で落下するんだから、凄い音がしてるのは間違いないと思うんだ。それとね、大気を切り裂きながら揺らしてるだろうし、気配もするんじゃないかって思うのよ。
あ、しまった。エイの話だった。この場からだと分からないけど、エイには第三の目があるって知ってた?」

「第三の目って、目が6つもあるの?」

「すまない。目は2つしかない。
エイの背中に人の目の形をした印があってね、光を感知する機能じゃないかって言われてるんだ。スティングレーって言葉は聞いたことあるでしょ?アメリカの車の名前にもなったから」

「シボ○ーコルベットだね、聞いたことがある。でも、エイの機能の名前だとは知らなかったよ」

「あくまでも学説だから分からないけど、サメやエイは感知能力が高いと言われているでしょ?獲物の居場所を捕らえたり、身の危険を察知する・・なんかさ、似てない?」

「実はご先祖様はエイだったとか? まさかね」

「魚が先祖っていうのは無理があるとして、・・不思議な能力だなぁって考えちゃうんだよね。
今の学説では内耳、耳の奥の方にある器官だね、ココで気配を感じてるんじゃないかって言われているんだって。動物が持つ微弱な電気を、内耳で感知してるんじゃないかってね。私は内耳じゃなくて、皮膚感覚のような気がするの。鳥肌が立って、腕のうぶ毛が逆立つような・・」

「なるほど。エイのスティングレーも皮膚の一部なんでしょ?」

「そうなのよ。それで東南アジアではエイは神聖なものとして扱かわれてるの」

「え?」

「第三の目は神の目として崇められていて、先を見通す能力があるとされているんだ。エイ皮の財布とかポシェットをお金持ちが買うらしいんだ。スティングレーの部分が切り取られている財布・・探してるんだけど、どこにも売ってないの。もっと大きな街に行かないとダメなのかもだけど・・」

「あ!ズルいぞ、先生にでしょ?」 

「ご明答っと。玲子は名刺入れをプレゼントしたら?私は高い財布を買うから。因みに、お客様のご参考になると良いのですが、エイ皮は牛革の15倍の強度があるので加工が大変なので高くなる。商品としても頑丈なので、物持ちが良い先生のプレゼントには適していると思うのであります!」

「セットでいいかも! スティングレーのチカラを持つ2人からだし!」

若々しさには敵わないと思いながらも、大人の魅力で、この若さと競ってみようと由真は考えていた。

(つづく)


スティングレイ

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