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【小説】夏の挑戦④

前回は…




夏休みが始まって1週間。


この間、私は自由研究の題材を決めたり、父親と夏祭りに行ったり、毎朝のラジオ体操に参加したりと、ごく一般的な小学生の夏休みを謳歌していた。しばらくはクラスメイトたちへ感じていた苛立ちも、”あいつ”のこともあまり思い出さなくなってきた。しかし時折、”あいつ”が誘ってくれた小島への冒険に付いて行かなかったことは、何となく私の中でモヤモヤしていることとして浮かび上がることもあった。


あの時”あいつ”に一緒に小島へ行こうと誘われて、私が行かないと決めたのは、他でもない私自身に対しての保身であり、これ以上は関わらないでおこうとする気持ちの表れだった。それは処世術としては確かに褒められたものかもしれない。しかしいつまでもそうして大人びているつもりの自分がどこかいやらしく感じるのだった。




8月に差し掛かろうとする猛暑の日。
私は隣町にある祖母の家に、一人で遊びに行くことになった。あまり馴染みのない電車の旅である。隣町ということもあって、家からそこまで遠いわけでもないが、小学生の私にはちょっとした冒険である。


そして、奇しくもその隣町というのは、”あいつ”が転入してくる前に住んでいた街であった。”あいつ”は確か、例の胡散臭い宝の地図が示していたのはその隣町にある離れ小島だと言っていた。その離れ小島の場所は正確にはわからないが、もしまだ”あいつ”が例の船旅にまだ出ていないのだとしたら、どこかで鉢合うのではないだろうか。


そんな期待に胸を膨らませて、私は電車に揺られて目的地に向かうのだった。


海沿いを走り抜ける緩やかな速度の電車がいくつかのトンネルを抜け、小さな駅を3つほど通過して新しい街にたどり着いた。小さな無人駅では車窓からすぐ10メートルほどで砂浜が見える。ここは港の方も一望できる、知る人ぞ知る撮影スポットの一つとなっている。


祖母の家に近いのは次の駅になる。
私は停車した電車の車内の窓から、砂浜で戯れる家族や恋人をぼんやり眺めていた。もうそれだけでも夏の日々が感じられているようで、私は切なくなって、そしてその切なさがどこか心地よくもあった。しばらくして発車の合図のベルがなり、扉は閉められ、再び緩やかな加速に戻って行く。そしてまた電車はおなじようなリズムを刻むように、ガタゴト、ガタゴトと線路を打ちつけ始める。


ガタゴト、ガタゴト。


そして、私のぼんやりと眺望を望むその目は、走り出した電車の速度による景色の刹那にも負けずに、”あいつ”の姿をとらえたのだった。”あいつ”はちょうど、漁船などが停められている埠頭のエリアから少し目立たないところで、ふわふわと海面に浮いている木造の船に座って遠くを眺めていた。


まさしく偶然である。
今にきっと、あいつと出会うのではないかと、ふと思い立った瞬間の出来事だった。この都合の良さが恐ろしく感じた。まるで世界の神さまみたいなものが何かしらの調整を加えているのではないか。このまま”あいつ”に会わずして、夏休みが終わった後にでも離れ小島の冒険譚の後日談を聞いてあげるくらいな干渉でも構わないと割り切っていたのが、途端に崩されて行くようでもあった。電車は”あいつ”のいた海辺の外れから私を引き離し、約1キロほど進んだ駅で停車した。




遠くから海風が運んでくるカラッとした夏の風をホームで浴びながら改札を抜ける。あいつはもう船旅に出る寸前だったのだろうか。だとしたら祖母の家に行ってから港に向かうのでは間に合わない。このまま”あいつ”のいるところにたどり着けるかどうかもさては怪しいものではあるが。しかし迷っている暇もなく、私は駅舎を出て、祖母の家の方向とは別に道を進んでいく。とりあえず海の見えるところまでを目指して、漠然と歩いていく。


2泊3日分の荷物が入ったバックパックは歩を進めて行くごとに重荷となる。昼間からの太陽光がギラリと私の全身に降りかかり、背中はすでにじっとりと汗で湿っている。道はわからないにしても、線路に沿って歩いていけば自ずと海辺には出られるだろうという考えだけを頼りにして進む。線路沿いを歩いて行くことは、まさしく冒険にも近い気分にもなりそうであるが、行かんせん一人である。今までの短い人生において、勝手な寄り道や行き当たりばったりなことに挑戦したことのないこの自分が、いかにも勝手気ままな目的を定めて、ただ歩いている。一人での勝手な行動に不安が募り、その不安から逃れたくてさらに歩を進めて行く。


たくさんの大型トラックが往来する国道を抜け、緑鮮やかな木々の生えた神社を抜け、そしてついに遠くの方に海が見えた。さきほど車窓から見た景色はまさしくここだったと、鮮やかな記憶が教えてくれる。なんだ、意外と簡単なものだったと私はほっと息をなでおろす。しかし身体中の汗はそろそろピークにも達して喉の渇きは限界である。


目に入った青を基調とした小さな売店に入る。店内はまるで外の世界と隔離されたような温度差で空気が冷やされている。私は身体中の汗が冷めてくのを感じながら、なけなしの小遣いで500mlのサイダーを買う。外に出て、ふたたび熱気を身体に浴びながら車止めのU字ガードに座り込み、気泡の泡立つサイダーを喉に流し込む。喉が潤い、独特の清涼感が熱気のこもった体を落ち着かせて行く。一口飲んで、まだまだ足りないと再びぐいと飲んでいく。飲んだ拍子に空が見える。巨大な積乱雲が青空を支配している。夏だった。


そして自分の心ゆくままの冒険が何かとても意味のない、けれど爽快で意味のあるものに思えてきた。私は自由なのだ。その気持ちが溢れてきて、甘酸っぱいサイダーの後味が心地よくて、私ははやく彼に会いたくなった。なんとなく彼に会って、話を聞いてみたくなったのだった。



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