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GO三浦の人生を変えた10冊。『木曜日は本曜日』に寄せて

『木曜日は本曜日』プロジェクトとは?


『木曜日は本曜日』このプロジェクトは、東京都書店商業組合と、GOが共同で手がけた。街の書店に人を呼び込むためのプロジェクトだ。

2001年には全国で2万店以上あった書店が、2020年には約11000店舗まで減少。
20年間でおよそ半分の数になってしまった。いうまでもなく、大ピンチ。存続の危機だ。
理由は大きく三つある。まずは生活者の余暇時間の過ごし方が多様になったこと。
テレビゲーム、スマホゲーム、Netflix、アベマTV、ツイッターなどのSNS・・・
そもそもインターネットそのものが読書にとっては、生活者の時間という有限の資源を奪い合う強大なライバルだ。
実際に、電車や飛行機の中、かつては読書をしている客を見かけることは不思議ではなかったが、今ではその誰もがスマートフォンを眺めている。二つ目は、電子書籍とインターネット通販の普及だ。本はネットで買い、スマホで読むものになってしまった。そこに本屋のいるべき場所はない。
最後に、ダメを押すかのように訪れた新型コロナウィルスによる外出制限、買い控え。街の書店は息も絶え絶えになっている。日本全体が不景気と無気力に苛まれる中で、本屋の心配をする人は決して多くない。書店の未来よりも今夜の夕食の献立の方が大事に決まっている。

そんな中で始まった『木曜日は本曜日』このプロジェクトは多くの本好き、出版関係者、そして街の本屋さんを巻き込んで展開された。いまだに多くのファンから続編を望む声も多い。

プロジェクトとしては、予算と比較すると、民間企業のキャンペーンだったとしたら圧倒的な成果を出すことができた。

・加盟店における選書の売上220%アップ
・YouTubeによる動画の総再生回数412万回
・#木曜日は本曜日 のツイッター投稿数 42695回
・メディア露出の広告換算額 約6億円

このプロジェクトについて、雑誌『文藝春秋』からプロジェクトの経緯や裏側をまとめた内容でコラムを書いてほしいと依頼された。現在発売中の2023年四月号に8ページで掲載されている。業界誌ではよくあるが、広告やマーケティングのプロジェクトが、コラム、それも企画者本人の執筆した原稿が文藝春秋で掲載されるのはおそらく初めてのことだろう。異例というほかない。それだけ、出版業界や本好きにとっては、気になる一つの事件だったということだ。

『木曜日は本曜日』というこの企画、骨子はとてもシンプルだ。2022年10月から翌3月までの半年間、毎週木曜日に1人ずつ、合計20人の著名人がYouTubeで『自分の人生を変えた本』を紹介する動画を配信する。そして、東京都180の組合加盟の書店では、その著名人が選んだ10冊の本を売る特設の本棚を設置する。さらに特設WEBサイトや、店頭で配布するオリジナルの栞なども開発した。

毎週1人ずつYouTubeを更新していくのは正直、かなり大変だった。弊社のスタッフを中心に撮影クルーを組んでローテーションを回した。さらに著名人の方に選書していただい10冊をリスト化し、各書店に伝達し、仕入れてもらわないといけない。このオペレーションは複雑な伝言ゲームだ。なお、撮影の際、特に工夫したのは、それぞれの著名人に取材するインタビュアー、ディレクターの人選である。こういうシンプルなインタビュー企画は聞き手の力量、存在感が問われる。何を聞くかも重要だが、それ以上に誰が聞くかが重要なのだ。今回はあえて広告やYouTubeのディレクターではなく、テレビのバラエティ番組を専門にしている演出家にお願いした。彼はタレントさんが大物でも遠慮なく突っ込むことができる。つい笑ってしまうような本音を引き出すことができる。広告のチームはかっこいい映像や作り込んだ映像を作るのは得意だが、こういうシンプルなインタビューには向かないのだ。ただ、あまりにも過密なスケジュールだったために、毎回同じ演出家で向き合うことはできなかった。そのため、わたしが直接交友のある方については、わたしが聞き手を務めたものもある。声でわかるだろうか。

20人それぞれ、本当に、心から、一才の忖度なく、面白いインタビューが撮れたと自負している。全員多忙な中、ノーギャラに近い条件で参加してくれたのだ。本が好きで、本屋を守りたいという純粋な思いがある。人は本当に好きなものについて語る時、いい顔になる。いい話をしてくれる。

これ以上のこのプロジェクトの経緯や裏側については、文藝春秋のコラムに預ける。ぜひ、そちらもご一読いただきたい。


三浦の人生を変えた10冊。


実は、キャスティングがうまくいかなかったら最後は、わたし自身がYouTubeに出演するというパターンも考えていた。恥ずかしいという思いももちろんあるが、一方で企画した人間としての責任を取らないといけないと考えていた。結果としては、素晴らしい20人のゲストにご出演いただいたので、わたしが出る必要は全くなかったのだが、蛇足になるのを覚悟の上で書かせていただく。文藝春秋のコラムでも一部載せているが、ここでは全部乗っけてしまおうと思う。こういうのは一度考えてしまうとどこかで吐き出さないと気持ちが悪いのも事実だ。今年40歳になるが、同世代で自身の素直な思いと、組織や社会の仕組みの間でもがく仲間たちや、次にどんな本を読もうか思案している誰かの参考になればいいと思う。

1漫画『花の慶次』隆慶一郎/ 原哲夫


戦国時代を駆け抜けた傾奇者の人生を描いた漫画。原作小説や史実よりも遥かに誇張した作品ではあるが、この物語の主人公である前田慶次の、敗北を恐れず、美しいものを愛し、自分の信念を貫いた生き様はそのままわたしのロールモデルになっている。こういうふうに生きたいと思った。きっとそれが全ての間違いの始まりなのだろうと今では思う。でも、それは美しい、後悔のない間違いだ。


2『愛と幻想のファシズム』村上龍


草食化していく日本社会に対し、狩猟民族のように生きていこうというメッセージを発信し、カリスマ化していく主人公と仲間たちの政治・経済を巻き込んだ社会との闘争を描く小説。この物語のように生きていきたいと強く思った。今思えば、GOという会社は既存の広告ビジネスのシステムに対する闘争組織なのかもしれない。そう考えればわたしの人生はこの物語をなぞっているとも言える。なんだか恥ずかしくなってきたぞ。

3『切り取れ、あの祈る手を』佐々木中


『革命』という概念の本質は暴力装置ではなく、言葉・文学・表現による価値観の革新である。このことを世界史におけるいくつかの事例とともに語り尽くす。広告代理店に入ってクリエイターを名乗るものの、一向に結果を出せず腐っていた時に読み、表現の仕事を続けていくという覚悟を固めるきっかけになった本。年始の早朝、熱海に向かう特急電車の中で読み終えて、声を上げて泣いたことを覚えている。これも恥ずかしい思い出だな。

4『堕落論』坂口安吾


戦争の前後で価値観がすべて反転し、混乱する社会の中で、モラルも常識もすべては外部からの押し付けであり、人間の本質はそういった外的圧力とは関係ないところにある。その裸の心に向き合うことを堕落と呼んで肯定した本。「生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか」という言葉は端的にどんな道徳よりも人を救うだろう。こういうのばっかり読んでるから社会不適合者になるんだろうな。

5『赤めだか』立川談春


現代最高の落語家による修行時代の思い出であり、平成最高の落語家である立川談志の人柄を一番近くにいた弟子の視点で描いたエッセイでもある。『落語とは人間の業の肯定である』と立川談志は言った。広告も同じだ。欲望がなければ広告もない。落語を学び成長する過程が生々しく描かれている。この仕事をしていく上で読んでおいて良かったとつくづく思う。今でも会社の若手には必ず読むように伝えている。

6『調理場という戦場』斉須正雄


博報堂時代、最初の上司に頂いた一冊。日本を代表するフランス料理のシェフによる修行論であり、料理論。この本の中にあるのは、何かの技術を身につけるとは一体どういうことなのかの記録だ。それは簡単ではない、決して楽でもない。だが、楽しくないということでもないのだ。なんというか、振り返った時に初めて花が咲いているとわかる断崖絶壁を歩くようなことなんだよな。この本も、会社の若手には課題図書として手渡している。

7『デス・ゾーン』河野啓


SNSを使いこなし、メディアでも話題になっていたが、エベレスト登頂中に早逝した登山家、栗城史多さんの生涯を追ったノンフィクション。現実の実像とSNSやメディア上の虚像。自分の夢と誰かの願い。現代社会では、発達しすぎたメディアの網に絡み取られて自分という存在の輪郭を見失ってしまうことがよくある。読めば読むほど、他人のこととは思えなくなる。怖えよ。気をつけようもないのだが。

8『アイシールド21』原作:稲垣理一郎・作画:村田雄介


弱小高校のアメフト部を描いた少年漫画。ジャンプらしく、いじめられっ子出身の主人公が一芸に秀でた仲間たちと共に全国制覇を目指す。白眉なのは主人公以上に活躍する蛭間妖一というキャプテンのキャラクターだ。知恵と権謀術数を活用し、チームの成長・勝利をプロデュースする。しかし、あくまでもスポーツには謙虚で誠実。広告もアメフトと同じチームスポーツだ。実はわたしのリーダーとしてのロールモデルはこのキャラクターにこそある。体型も顔もあまりにも違うのだが。何を言わされているんだ。

9『往復書簡 限界から始まる』上野千鶴子 鈴木涼美 


実は20年来の友人である作家鈴木涼美と、現代の碩学 上野千鶴子さんの往復書簡。二人の世代も生き方も違う女性が、相手の存在を通じて、自分をさらけ出しながら、自分という存在を検証し続ける過程を見せつけられる。読んでいるうちに自然と、読者も自分の人生を検証せざるを得なくなる。しんどいけど、勇気をもらえる、男女問わず多くの人に読んでほしい本。同級生の仕事として誇らしくもあり、同時にちょっと悔しくなるほどの作品。

10『天才による凡人のための短歌集』木下龍也


最近の短歌ブームのど真ん中にいる作家による短歌の作り方の本。しかし、この本は短歌作家だけのための本ではない。これまでに読んだ創作についてのマニュアル本の中で、最も端的で本質的な一冊。ここに書かれている内容はアート、広告、映画、文学、おそらくあらゆる表現について通じる。挑発的にして親切。詩的にして解説として誠実。クリエイティブの仕事をやりたい人は全員読んでほしい。いや、むしろおれが買い占めたい。

こうしてつらつらと書いているとつくづく、自分が本によって人生を変えられてきたこと、本を読むことで意識して人生を変えてきたことがわかる。そして、好きな本について語ることは本当に楽しい。つい饒舌になってしまう。結局のところ、人は好きなものについて語りたいし、好きなものに人生を変えてほしいのだ。やっぱり本って面白いな。


結果報告―『木曜日は本曜日』は続く。


2022年10月から2023年2月までの5ヶ月間、20人の著名人の動画を公開し、『木曜日は本曜日プロジェクト』は一旦幕を閉じることになった。プロジェクト実施中は、東京都書店商業組合に加盟している180店舗はもちろん、多くの書店や本の著者、出版社も、このプロジェクトに賛同し、SNSで情報発信したり、棚を作ったりと、積極的に協力していただいた。何より多くの本好きの生活者も自発的にプロジェクトに参加し、#木曜日は本曜日 のハッシュタグで自分の人生を変えた本や、お気に入りの本をSNSに投稿する人もたくさん見られた。本屋を襲う巨大な波に抗うにはあまりにも小さいが、それでも一つの波を起こせたという思いはある。

読者やファンの方々には惜しまれるコメントも多数寄せられた。もちろん今の時代、コンテンツと情報の津波が常に押し寄せる中で、このプロジェクトが人々の記憶に止まっていられる期間はそう長くないだろう。


プロジェクトを振り返って


それでも、今回、1人の読書好きとして、本屋に人を呼び込むこの仕事に関われたことをとても光栄に思っている。
目当ての本をすぐに購入できるインターネットはたしかに便利だ。しかし、ふらっと入った本屋さんで偶然出会った一冊の本で人生が変わってしまうことがある。本屋とは、そんな可能性に満ちた場所だ。
わたしや、GOのメンバーはもちろん、何よりも選書に協力し、出演してくれた20人の著名人たちも、なぜ決して条件の良いとは言えないこのプロジェクトに真剣に取り組んだのか。結局のところ、本屋に、本に人生を変えられたことがあるからだろう。言い換えるならば、それぞれが本屋という場所の可能性を信じていたということだ。自分でもこれまでに5冊の本を出してきたからわかるのだが、本が売れるかどうかは、書店員さんたちがいいところに置いてくれるかが重要になってくる。逆にいうと、本屋さんが売ろうという意思を持っていない限り本は売れないのだ。書店がなければ、書店員の皆様が自分達の意志を持たなければ、いわゆる売れ筋の本しか売れないだろう。本と人との予期せぬ出会いは生まれない。それこそがAIにはできないことなのに。

このプロジェクトを実行している間、ずっと関係者に伝えていたことがある。それは、街の本屋さんはいわば『知のインフラ』だということだ。
もし本屋がなくなれば、それまでにない、つまり売れるかどうかわからない物語を描く、野心的な作家は育たなくなる。作家が育たなければ読者も育たない。しばらくすればつまんない国のいっちょ出来上がりだ。その意味で、本屋を守るこのプロジェクトは、この国の豊かな知性と創造性を守るための知の防衛戦だったのかもしれない。少なくともわたしはそんな気持ちで向き合っていた。プロジェクト自体は一旦終わったが、個人的に木曜日は本曜日という習慣は続けようと思っている。本屋に足を運び、気になった本を買う。たまにSNSで「#木曜日は本曜日」のタグをつけて読んだ本を紹介していく。これからも、本屋を舞台にした、本との予期せぬ出会いを積極的に楽しんでいくつもりだ。人生を軽率に変えていきたいじゃん。
この半年間のプロジェクトを通じて、一人でも多くの方が、本屋に足を運んで、人生を豊かにしてくれたとすれば、企画者としてこんなに嬉しいことはない。
(動画は全部マジで最高なので絶対に見てください )

木曜日は本曜日。いや、木曜日じゃなくてもいい。あなたの本曜日に、お近くの本屋さんに足を運んでみてください。

最後に、このプロジェクトに関わってくださった全ての方々に、心より感謝を申し上げます。

◇The Breakthrough Company GO
 Executive Creative Director 三浦 崇宏
 Creative Director 冨永 敬
 Art Director 横山 ノリ
 Planner 松本 悠樹
 Planner / Copywriter 小比類巻 洋太
 Business Producer 岩本 州司
 Business Producer 平野 美優
 Business Producer 古仲 泰祐
 Social Media 山田美枝 石橋麻衣
 Photographer:水島 大介(D-CODE)


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