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#1301 読書感想文『わたしを離さないで』

紙の本を読むようになって読書耐性はついてきた。だが、「物語」を読むことは元来苦手。

これ、タイパ重視の弊害もある。ストーリーが始まり、だんだんとその物語の設定が明らかになってくるまでの時間「結論はよ」と思ってしまい耐えられない。

先月、千葉雅也さんの小説『エレクトリック』を読み、意外と小説も読めるもんだなという実感があった。なので今回はノーベル賞作家・カズオイシグロさんの300ページ超えの大作を読んで見ることに。

元々、Audibleがまだコイン制だった時代、この本は購入していた。確か初めて購入したAudible本。

今回はプロの朗読と紙の本のハイブリッドで読み・聴きすすめることに。

まず感じるのは、「日常切り取り系小説」だなってこと。1年前に自分が名付けた「日常切り取り系映画」と同じような定義。

「派手なアクションやドラマチックなことは起こらないで、淡々と時間が流れていく一部分を切り取った感じの小説」

ジャンルとしてはSFの範疇に入るのかもしれないが、それにしても淡々と物語は進む。

主人公の設定はクローン人間。その日常をただ切り取った形なのだが、もしパラレルワールドが存在するならば、もしかしたら「ありそう」と思ってしまった。

同時期にNHKオンデマンドで『フランケンシュタインの誘惑』という番組で、 「クローン人間の恐怖」や  「天才誕生 精子バンクの衝撃」を視聴していたから、この物語で描かれる人間ドラマが「よりリアル」に感じたのかも知れない。

先人たちは、より優秀な人間を作ろうと「科学の力」で解決を図ろうとしてきた。それらは失敗もあれば成功もある。そして現在「クローン技術」は畜産からペット産業にまで波及している。(余談だが、羊のドリーを開発した研究者が先月亡くなっていたのもタイムリーだった)

今年、オープンAIがChatGPTを公開した途端「なし崩し的」にGAFAMへ波及したように、クローン技術もなし崩し的に人間に応用されてもおかしくはない。

また、「100分 de 名著」でハイデガーの『存在と時間』をかじったこともこの物語をリアルに感じる要素の1つ。第3回の「死へ先駆」という概念がこの物語とシンクロした。

ざっくり言うと、人間は誰しも最期に死を迎える。その死を意識することによって、より「生」が生き生きしてくるという。限られた時間で、より自分らしく生きるということ。

スティーブ・ジョブズが毎朝鏡に向かって「今日が人生最後の日だったら」と問いかけ、自分のやりたいことを優先していたというエピソードに近い。

この物語もまさにそう。登場するクローン人間は「普通の人間」のために生きている。そして普通の人間より「死」を意識して生活している。そこの切り取りがよりリアルに感じるのだ。

最後に、タイトルの『わたしを離さないで』について。これは作中に登場する架空の歌手ジュディ・ブリッジウオーターが歌う曲名。これが、あまりにリアルに描かれているので実在するのかと思いSpotify検索してしまった。同名曲ならジャズのスタンダードとして存在する。


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