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失われていく人が残してくれたもの。

すっかりコロナ禍で引っ込み思案になり、
美術館、ギャラリーなどから遠のいてしまっていた。
あえてそうした情報に触れないようにしていた面もある。

だが、ふとその知らせは目に止まった。
「東京プロジェクトスタディ」(アーツカウンシル東京主催)で
一緒に学んだ方が自分も関わっているとして告知していたのが、
尾山直子さんの「ぐるり。」という展示だ。

それは訪問看護師であり、写真家である
尾山直子さんの初めての展覧会ということだった。

百歳を越える“えいすけ“さんの、暮らしの中にある
「老いと死」を切り取った写真たちが飾られている。

展示中央には、えいすけさんの言葉たちが静かに置かれている。

展示名のすぐそばに飾られた、バナナを手に持ったえいすけさんの写真。
その一枚を除いて、えいすけさんが命を閉じようとしている
間際の時間が捉えられている。

写真の中には、朽ちていく肉体を曝け出すえいすけさんがいる。
が、記された言葉たちは、瑞々しいままだ。

日々を受け入れる力。老いてなお前を向こうとする視線。
力みのないユーモア。

えいすけさんのこんな言葉が好きだ。

今食べたいものはおいしい食事
カレーライス
好きなものはうまい物
(後略)

カレーライスという言葉は何度も出てきた。
大好物なのだろう。
百を超える年齢の人にとって、
カレーライスとの最初の出会いは忘れられないに違いない。

お元気ですか。私はすでに百才をこえる日々です。
どの様にして日々をたのしく元気に生きてゆけるか
毎日を大切にして暮らしています。
(中略)
これからの人生を大切に出来る様祈っています。
日々を大切にとこころがけています。

えいすけさんがどのような人生を歩んできたのかは知らない。
しかし、どのような道を辿ったにせよ、この境地にたどり着いたことに
大きく心動かされる。

福祉関係の仕事に携わるある方がこんなことを言っていた。
「人間、歳を取ると、性格が煮詰まっていくんですよ。
その人の核となっているものだけが残される」
どんなに装い、繕っていても、
それらはみな、灰汁が取り除かれるように蒸発していき、
その人の本質が露わになる。
そしてそれは美しいとは限らないと。

えいすけさんは、こういう言葉も残している。

人世の新しい生き方を学ばねばならない
常に学びの道をあゆむ必要にせまられる

だらしのない私は
クリスマスの夜にケーキを楽しむことに喜びを見出している
えいすけさんにも惹かれる。

いや、これとてすごい。
食べたいものがあるということなのだから。
自分なりの最期がやってくるとき、
鍋底の焦げ付きのように煮詰まった私の本性は、
私の脳をしてどのような振る舞いに向かわせるのだろう。
少なくとも、美味い酒が飲みたいということくらいは
言い放ちたいものだ。


「ぐるり。」特設サイト:https://gururi-2021.studio.site/

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