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#2-2 ファネルからダブルループへ_前編(UX戦略の教科書)

前節(2-1)では、いまだに多くのビジネスパーソンがSTPの思想・枠組みを事業戦略を策定する場面で採用しており、そのことがUX戦略の策定〜実行を阻害していることを説明した。デジタル社会の到来によってSTPの枠組みは時代遅れとなっており、時代環境の変化に合わせてアップデートする必要性が生じている。

しかし、デジタル社会の到来によって時代遅れになっているにも関わらず、いまだに多くの人が暗黙の前提としているためにUX戦略の策定〜実行を妨げている伝統的なナレッジ・方法論は、STP以外にも存在する。

本節(2-2)では、マーケティング戦略を策定するための伝統的な枠組みである「ファネル」を取り上げる。デジタル社会の到来によってファネル型のマーケティングが時代遅れになっていることを提示しつつ、それをどのようにアップデートするべきかを明らかにすることを目指す。

伝統的なマーケティング戦略の検討枠組み

まずは、これまでどのような思想・枠組みに基づいて、企業のマーケティング戦略が策定されてきたのかを説明しよう。これまでは「マーケティング・ファネル」の枠組みを前提とするのが一般的だった。

ファネルの枠組みとは、顧客がプロダクト・サービスを認知してから最終的に購入するまでの購買行動を「認知・注意」→「興味関心」→「比較・検討」→「購入」といった段階に分けて、プロセスごとに必要な施策を考えていくようなマーケティングの考え方である。企業はこのような枠組みを念頭に置きながら、広告宣伝を通じて潜在顧客をファネルに送客し、そこから営業活動などを通じて徐々に顧客をふるいにかけていき、最終的に購入・契約してくれた顧客から収益を獲得する、という枠組みに沿ってビジネスを展開してきた。ファネルとは「漏斗(ろうと、じょうご)」という意味であり、ファネル型マーケティングの考え方が小学校の理科の実験で取り組んだ漏斗で不純物を濾(こ)していく様子に似ていることから、そのように呼ばれている。(図表-1)

(図表-1)ファネル型マーケティングの枠組み

これまではファネルの枠組みが(暗黙のうちに)前提とされていたため、「どのような広告を打てば、人々の購買意欲を刺激して大量の潜在顧客をファネルに流し込めるか」や「どのような営業トークをすれば、ファネルの通過効率を最大化できるか」といった論点を検討することが、マーケティング戦略を考えるうえで重要視されてきた。いわゆる「集客体験」を磨きこむことが重要視されてきたということだ。

なぜなら、ファネルの枠組みに沿って考えると、

売上 = ファネル送客数 × ファネル通過率

となるため、とにかく大量の潜在顧客をファネルに送客して、ファネル通過率を高めることが、売上を高めるための一番の近道として捉えられるからである。

デジタルが普及・浸透した今も、多くの企業はファネルの枠組みを変わらず踏襲したまま、集客体験を中心としたマーケティング活動を行っている。具体的には、ファネルに潜在顧客を送客するためにSEOやリスティング広告、Youtube広告、SNSマーケティングなどに取り組んでいる。またファネル通過効率を高めるために、WebサイトのUI /UXを改善する活動にリソースを割いている企業もある。

また、最近ではSNSが普及したことで顧客サイドが情報発信力を持つようになったことを踏まえて、ファネルの枠組みに「継続」「紹介」「発信」という段階を加えたものが採用されることもある。既存顧客が自らの知り合いなどに向けてプロダクト・サービスの魅力を口コミで紹介・発信することを支援することで、さらなるファネルへの集客に繋げていこうという考え方である。新たな枠組みを採用することで、ロイヤルユーザを育成する重要性やSDGs的な取り組みの必要性を捉えることが、昨今のマーケティング界隈におけるトレンドとなっている。例えば「ファンマーケティング」や「アンバサダーマーケティング」などが実行されることが多い。(図表-2)

(図表-2)ダブルファネル型マーケティングの枠組み


ファネルが時代遅れになっている理由

ここまで、マーケティング戦略の伝統的な検討枠組みである「ファネル」について説明してきた。しかし誤解を恐れずにいえば、デジタル社会の到来によってファネルの枠組みは「時代遅れの考え方」になっている。そして、多くのビジネスパーソンがいまだにファネルの枠組みを暗黙の前提に置いていることが、企業を停滞させる原因の1つとなっているのだ。

第1章で繰り返し説明してきたように、デジタル社会が到来したことで、企業は「顧客が成功に至るまでの一連の行動フロー」をジャーニー横断的に支援できるようになっている。その結果、企業が競争優位を獲得するためには、ライフスタイル提供型の価値提供モデルへの転換が必要になっている。図表-3に示すように、例えば保険会社であれば、「健康不安の解消」という顧客の成功を支援するために、以下の図表に示すような行動フロー横断的な支援を提供するジャーニーを構築することが必要になっている。(図表-3)

(図表-3)平安保険が提供するライフスタイル / ジャーニー

上記のようなジャーニーを構築するには、顧客の成功を支援するようなデジタルサービス(オンライン問診機能など)を企画・設計し、既存のプロダクト・サービス(保険商品など)とかけ合わせることで、点と点を繋げて一連の体験の連なり / ライフスタイルを提供しようとする試みが必要になる。逆に言えば、このような取り組みに投資しない企業は衰退していく。

しかし、である。ファネルの枠組みを前提とすると、ここで挙げたような「顧客の成功を支援するデジタルサービスを企画・設計する取り組み」には光があたらなくなってしまうのだ。ファネルを前提とすると、「いかにバズらせて認知を獲得し、ファネルに送客するか」「いかに顧客を効率よく刈り取るか」「いかにSNSで紹介・発信される数を増すか」といった集客体験の検討にフォーカスが当たってしまう。その結果、自社の提供価値を磨くことではなく、広告宣伝を通じてサービス認知度を高め、営業活動を通じて顧客を刈り取り、インフルエンサーやアンバサダーとの関係を構築することに一生懸命になってしまう。提供価値の中身ではなく、外見を磨いたり、人気者になることばかりにリソースを投資してしまうのだ。そして、魅力的なライフスタイルの提供競争に敗れ、徐々に競争力を失っていくことになるのである。

これが、ファネルの枠組みが時代遅れになっていると主張する理由である。これからの時代において企業が競争力を構築するためには、顧客の成功を支援するデジタルサービスを設計して、ライフスタイル提供型へとモデル転換する必要がある。しかし、ファネルの枠組みを(暗黙のうちに)前提にしていると、広告宣伝や営業を通じた短期売上の最大化が優先されてしまい、ライフスタイル提供型への転換が阻害される結果となってしまうのだ。

もしかすると、広告宣伝を始めとした集客体験の支援を生業とする広告代理店にとっては、企業にはこれまでと変わらずファネルの枠組みを踏襲し続けてもらっていた方が、都合が良いかもしれない。ファネルを前提としつつ、広告宣伝に加えてWebマーケティング、ファンマーケティングといった取り組みを企業に実施してもらうことが、広告代理店にとっての理想シナリオであると考える。しかし、それでは日本企業は少しずつ確実に衰退していく。外部環境の変化に適応するためにはファネルの枠組みから脱却し、使用体験を重視したマーケティングへと転換していく必要があるのだ。

ファネルの枠組みに固執することによる悪影響

次に、多くのビジネスパーソンがファネルの枠組みを(暗黙のうちに)前提としていることが、UX戦略の策定〜実行にどのような悪影響を与えているのかについて説明する。

結論からいうと、企業の経営者・意思決定層がファネルの枠組みに基づいて物事を捉えていると、UX戦略が儲からないビジネスモデルに見えてしまうという問題が発生する。その結果、UX戦略を実行する必要性が適切に評価されなくなり、お蔵入りに繋がってしまうのだ。

どういうことか説明しよう。ファネルの枠組みに囚われているビジネスパーソンにとって、UX戦略の枠組みに基づく事業戦略への転換は、下の図表-5に示すような転換を模索するものとして捉えられる。ファネルの枠組みはこれまでと変わらず「幹」として存在する一方で、最終的に顧客に提供するものが保険商品のような単体プロダクトから、デジタルサービスを含むジャーニーに変わるのだと理解されてしまうのだ。(図表-4)

(図表-4)ファネル脳の人から、UX戦略への転換はどのように映るのか

このように捉えると、顧客の成功を支援するデジタルサービスは「既存プロダクト・サービスを売りやすくするためのオマケ」に見える。単に保険商品を提供するだけではなかなか売れないので、オンライン問診機能などを搭載したデジタルサービスをオマケとして付けることで、販売促進を図るような取り組みに見えるのだ。言い換えれば、デジタルサービスへの投資は集客キャンペーン施策の一貫のように捉えられるということである。保険の説明会に来てくれた人にアマゾンギフト券を配布するような施策と同列なものとして、デジタルサービスが捉えられてしまうのだ。

このような世界観で捉える人からは、UX戦略の枠組みは「既存のプロダクト・サービスに大量のオマケをつけたもの」として理解されることになる。生命保険を売るために、大量のデジタルサービスのオマケをつけたものとして理解されるということだ。そうすると、「いくらプロダクト・サービスを売るためとはいえ、オマケをつけすぎではないか?」「デジタルサービスの開発・運用には大きな投資が必要だが、それで本当に利益が出るのか?」といった疑問が噴出することになる。その結果、ファネルの枠組みに囚われている人の視点からは、UX戦略は『儲からないビジネスモデル』や『ROIの低い施策』に見えてしまうことになるのだ。UX戦略を実行すれば確かに企業としての競争力は高まるかもしれないが、利益率が大きく下がるために現実的に実行することは難しい、という判断になってしまうのである。そうしてUX戦略の実行には難色が示されることになり、プロジェクトはお蔵入りになるのだ。

しかし、UX戦略は本当に儲からないのだろうか?確かに、ファネルの枠組みを前提にすると儲からないように見えるが、それは正しいのだろうか。

結論からいえば、UX戦略は儲かる。ただし、そのことを理解するためには、時代遅れになっているファネル概念を前提とするのをやめて、新たなフレームワークに基づいてマーケティングの全体像を捉え直す必要がある。このあたりについては、次回の記事にて詳しく説明したい。


まとめと次回予告

本記事では、これまでのマーケティングの検討枠組み(=ファネル)の概要を提示したうえで、それが時代遅れになっている理由を解説した。また、多くのビジネスパーソンがファネルの枠組みから脱却できず、いまだに暗黙の前提に置いてしまっていることがUX戦略の策定~実行を阻害しており、企業の競争力向上を阻害していると主張した。

ファネルの枠組みが時代遅れになっているとしたら、我々はマーケティングを捉える枠組みをどのようにアップデートすれば良いのだろうか。次回の記事では、デジタル社会の到来にあわせてファネルの枠組みをどのようにアップデートするべきかを明らかにすることを目指す。

隔週くらいの頻度で火曜日に投稿する予定である。更新情報はTwitter(@takashikoshiro)でお知らせするので、必要に応じてフォローしてもらえると嬉しい。

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