旅と音楽とニューヨーク
【旅】といえばその目的は人によって異なってくるだろう。
日常の喧騒を離れての休息やバカンスを楽しみたい。
冒険心や探求心に刺激され、まだ訪れたことのない場所に逢ってみたい。
旅仲間と同じ体験を共にしたい、また旅を通して自分の中の新たな一面を見つけたい、なんて人もいる。
そういった意味では【旅】というのは手軽にできるものでもありながら、自分の人生におおきな可能性をもたらしてくれるものだと思っている。
実際、私が尊敬している先生達は【旅】がこの上なく好きな人が多い。
彼らは仕事だろうが、プライベートだろうが常に移動し続けているので、もはや日常が旅と化しているのだ。
そんな先生達が口を揃えていうのは【旅は投資】であるという哲学だ。
私も国内、海外問わず、年齢の割にはさまざなスポットを訪れたつもりだ。
最低年に1回以上は海外旅行に行くし、3ヶ月に1回は国内のまだ訪れたことのない都道府県や絶景ポイント、パワースポットなどに訪れるようにしている。
思春期までは旅に関してはまったく関心がなかったがが、その価値観が変わったのも、先生達が言っていることと同じ体験をしてきたからではないかと思っている。
私の人生を変えた、旅はいくつもあるがあえて一つあげるとすれば
【ニューヨーク】への旅である。
当時は21歳で私はプロのミュージシャンを目指していた。
そして、実家のある兵庫県から東京に住むことを切望していた。
そんな切実な悩みを当時お世話になっていた音楽の師に相談したら
【東京に住む前に、一度世界を体験してこい】
という鶴の一声が旅のきっかけだった。
当時私は、海外を訪れた経験がなければ、飛行機にすら乗ったことすらない。
パスポートも持ってなければ、旅行用のキャリーバックも持っていない、さらには中学生レベルの英語力すら持っていない。
そんなやつが単身で9日間のニューヨークへの旅を決意したのだから、今思うと相当無謀だったと思う。
私は3ヶ月かけて旅の準備をした。
パスポートを取得し、英会話教室に通い、ニューヨークのガイドマップや治安情報を参考にして、訪れたいスポットをピックアップし、先生の紹介でニューヨークのブルノートに出演する日本人のシンガーのレッスンを予約してもらった。
旅の前日は私は時差ボケ対策で一睡もしなかった。
2時間かけて関空に行き、空港内で迷子になりながら、2時間かけて搭乗手続きをした。
目的の飛行機に無事搭乗した時は、搭乗できた安心感より不安感が圧倒的にまさっていた。
この飛行機は無事ニューヨークに着くのか
着いたとしても入国手続きはうまくできるのか
入国したとしても空港から予約したゲストハウスまでたどり着けるのか
そして私は無事に日本に帰ってこれるのか
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ニューヨークまでは直行便で約14時間ほどだったと思う。
狭いエコノミークラスで私の前に座っている黒人がめいっぱいリクライニングしたのもあって落ち着かずに一睡もできず、地獄のような時間だった。
ケネディ空港に到着して、あまりにも顔色が悪かったのか
入国監査官に「Are you okay?」(お前大丈夫か)と聞かれた時には私はようやく海外に来たことを実感した。
異国では日本の常識が全く通用しない。
見た目からあからさまに旅行者とわかる私に道を訪ねてくるし
公共のトイレもほとんど使えない
ホテルでもない限り、お風呂に入らずにシャワーだけの家も多い
地下鉄に乗ったら、パフォーマーが歌やら、ポールダンスやらマジックやらコントなんかもしているし、もちろんチップもある。
私がニューヨークで初めて遭遇したトラブルは海外旅行では定例のものだった。
ケネディ空港から、クイーンズ地区にあるゲストハウスまでに無事たどり着き、約2日間ほどまるまる眠れてなかったので私は早めに眠りについた。
そして目覚めたら時計の針は”4時”を指している。
そのわりにはやたら外の陽光が明るい。
ニューヨークでは日の出が早いんだろうかと思ってゲストハウスのオーナーに尋ねると、実は”16時”になっていたのである。
これが人生初めての時差ボケだった。
その日は14時から紹介してもらった先生のレッスンだったのに私は寝坊でドタキャンしてしまったのである。
幸先の悪いスタートを取り返そうと地下鉄に乗って初めてニューヨークの街に繰り出す。
そうすると、次の問題が発生する。
それは”ニューヨーカーの話すスピード”だ。
ニューヨーク民は英語学習用の教材の数倍ぐらいの速度で話す。
だから、会話の内容をほとんど聞き取れずに猛特訓してきた英語を活かす機会は全くといっていいほどもてなかった。
会話は話すだけではなく、聞くという行為もあって初めて成り立つものだと痛感した。
というようにあげればきりがないが、私は滞在中に相当四苦八苦したのである。
ところが神様はみてくれているのか、悪いことがあった分、良いこともあるようにしてくれるのだ。
私は予約しているレッスンの時間以外は暇だったので
日本人が通えそうなレッスンをネットで調べてみた。
そうすると当時私が学んでいたアレクサンダーテクニークのレッスンをしている日本人がニューヨークにいたのだ。
(アレクサンダーテクニークの詳細については割愛する)
この先生のレッスンを受けるとわざわざ日本から音楽を学びに来たのだからといってとある先生を紹介してもらうことになった。
それは当時、ロックの殿堂を入りもし、シンガーとして生きる伝説であるBEN.E.KINGのプロデュースをしている日本人である。
そして、また彼の紹介で私はブロードウェイのトップアーティストのマンツーマンレッスンを受けることになった。
いったいどんなレッスンだったかというと
そのトップアーティストがレッスン会場に入ってくるやいなや、いきなり歌い出したのである。
”とてつもない声域と声量”、そして”とてつもない表現力とエネルギー”でだ。
歌い終わったと思ったら、
「Sing a song.」(なんか一曲歌って)と言われる。
けれど私は世界レベルのアーティストのパフォーマンスを目の前にして、すっかり萎縮してしまった。
理屈ではなく、完全な感覚のレッスンだった。
言われたことは、「Sing」と「Bless」(息を吐いて)しか言われなかったように思える。
そんなアバウトなレッスンが本当に効果があったか?というと、
これが”大あり”だった。
日本に帰国し、日本の先生の前で歌ったとき
まるで初めて遭遇した生物をみるような目付きで視られた。
生まれ変わったかのように、私の歌が以前とあまりにも違っていたからである。
もちろん”良くなっている”という意味でだ。
というのも私はニューヨークの旅で音楽に対する大きな発見をしたからである。
”音楽は楽しむ”ものであるということを
ニューヨークの音楽はただただ、楽しさに溢れていたのだ。
演奏家は何も考えず、魅せようともせず、子供のようにその音楽に込められた世界を楽しんでいる様子だった。
そんな人達と共にして、私のなかでいろんなブロックが外れたのである。
何も気にせず、悩まず、無我の境地で純粋に自分の表現をするというものがアーティストであるということだ。
その本質的な部分に気づけたのもニューヨークへの旅のおかげだ。
旅は自分の可能性を大きく切り開いてくれる
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