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【#08】イケてるエンジニアは実践してる。システム設計をベースとした人生設計。

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前回の振り返りと今回の結論

前回、こちらの記事で「システム設計において、ユーザの課題解決ストーリを見失ってはいけない。」というお話しました。

今回は、システム設計をベースにした人生設計について、考察していきます。

今回の結論はこちら!
 人生設計はシステム設計をベースにする。
 私達は「家庭の代表」。
 「会社」は「脇役」、「社会」が「主役」。
 会社は「できること」を増やしに行く場所。
 意図的に、正のスパイラルに身を置く。

では、いきましょう!

人生設計はシステム設計をベースにする。

これまで、システムと私達エンジニアについて、以下のような話をしてきました。

【システム設計】
・システムは、企業のビジネスを成功に導くめに、利用者の課題に対して解決策を提供する必要がある。
・そのためには「システムが利用者の課題を解決するストーリー」の脚本が必要である。

これは「システムは企業のビジネスを成功に導くために存在しているので、そのための設計が重要です」という話になります。そして、このシステム設計の考え方に対して、以下のように言葉を置き換えることで、システム設計の考え方を人生設計にも適用することができます。

 ・「システム」→「私達」
 ・「企業」→「自分自身」
 ・「ビジネスの成功」→「自己実現の達成」
 ・「利用者の課題」→「社会の課題」

【人生設計】
・私達は、自分自身の自己実現を達成するために、社会の課題に対して解決策を提供する必要がある。
・そのためには「私達が社会の課題を解決するストーリー」の脚本が必要である。

これは「自己実現の達成には、自身の行動を設計しないといけないよ。」という話になります。ものすごくザックリ言うと「目的を定めて行動しようね。」っていう、多くの自己啓発書で発信されているメッセージと同じような内容に行き着きます。

「え?目的を定めて行動する!?んなもん、小学校の頃から聞いているよ!」という人が大半ではないでしょうか?ただ、その行動が続かなかったり、目的がぼやけてしまったり、実際に目的を定めて行動できている人は少数なのではないでしょうか?

おそらく、その原因の1つは「行動の設計方法が分からない。」ということではないかと思います。方法がわからないので「何をすべきか?」が分からないというやつです。

このようなことは、システム設計の現場でもよくあります。エンジニアがシステムの設計方法をある程度理解していないと、「システムがすべきこと」をまとめることができません。なんかモヤモヤして、手が止まってしまうという状態です。そんなとき、どうするか?まず、世の中ではどんな設計技術や設計プロセスが採用されているのか、設計方法の基礎調査を行います。設計方法が明確になってくることで、「システムがすべきこと」のイメージの解像度が高まり、再び手が動くようになります。

方法がわかることで「何をすべきか?」が見えてくるというやつです。

ここからも同じアプローチで話を進めていきます。

「自身の行動を設計する」と言われても、どうやって設計すればいいのかわからなければ「何をすべきか?」の解像度も低いままです。モヤモヤして時間だけが過ぎていくでしょう。なので、まず、その設計方法を理解することが大切になってきます。

そして、その設計方法こそが、前回の記事で紹介した「私達が社会の課題を解決するストーリーの脚本を描く」ことに他なりません。

ここからの話では「私達が社会の課題を解決するストーリーの脚本を描く」進め方について、システム設計の考え方をベースにしてもう少し深堀りしたいと思います。

システム設計をベースにした人生設計の方法の考察です。
さぁ、いっしょに考えていきましょう。

私達は「家庭の代表」。

システム設計の場合、「システムが利用者の課題を解決するストーリー」の脚本はUMLのユースケース図として描きました。ユースケース図に登場するは「システム」と、システムに対してデータを入出力する「アクター」、そして、アクターがシステムに対して行う操作である「ユースケース」です。

そして、「アクター」には、解決策の提供先である「主役」と、解決策の”素”をシステムに入力する「脇役」が存在しました。

人生設計の場合も同じです。「私達が社会の課題を解決するストーリー」のにおいて、私達とデータをやり取りする「アクター」、アクターと私達のやり取りである「ユースケース」を定義していきます。

では、私達とデータをやり取りする「アクター」の定義するために、まず、私達がどのような存在か?から考えていきます。

そう。私達は「どんな存在か?」です。

私達を1人の個人としたとき、1番身近にいるのは家族です。そして、私達は家族の一員であり、多くの場合、社会的・経済的に「家庭の代表」としての役割を担っています。これは、一人暮らしの場合でもそうでしょう。また、夫婦共働きの場合でも「家庭の共同代表」と考えることもできます。

このことから、私達を「家庭の代表」と定義するのがもっとも汎用性が高い(オブジェクト指向でいうところのスーパクラスっぽい)のかなと思います。

そこで、私達を「家庭の代表」と定義します。

そして、「家庭の代表」とデータをやりとりしている主要な「アクター」は何か?
それは「会社」と「社会」の2つではないでしょうか。

システムの場合、決められたプロトコル(手順)に従って「アクター」とデータのやりとりをするのと同じように、私達「家庭の代表」も決められたプロトコル(契約、規則)に従って「アクター」とデータをやり取りすると考えられます。

経済的には、勤め先である「会社」に対して、契約に従って労働力を提供し、その報酬として賃金をもらっています。社会的には、地域や公共団体などの「社会」に対して、規則に従って税金や会費を支払い、サービスを提供してもらっています。

「家庭の代表」は決められたプロトコルに従って、「会社」及び「社会」とデータのやり取りをしています。

また、「お金」という切り口で社会活動を考えた場合、書籍「今さら聞けないお金の超基本」では、お金の基礎知識として「お金は、『家計』『企業』『政府』の3つのグループを行ったり来たりしている。」と説明されています。

お金は、「家計」「企業」「政府」の3つグループを行ったり来たりしています。個人は、働いていた収入で 家計をやりくりします。企業は家計からの労働力を使って商品やサービスを提供して利益を得て、家計に給与を支払います。家計と企業は政府に税金を納めます。政府は、税金を使って公共サービスをかけや企業に提供しています。 このようなお金の流れによって、社会の活動が支えられているのです。
(出典:泉美智子、坂本綾子 節約・貯蓄・投資の前に 今さら聞けないお金の超基本)

つまり、私達は『家計』『企業』『政府』という社会の基本構造の上で活動していると考えられます。

これらのことから、私達は「家庭の代表」、主要アクターは「会社」及び「社会」という定義は、そこそこ納得感のある定義ではないでしょうか。

「会社」は「脇役」、「社会」が「主役」。

では、私達がデータをやり取りする「アクター」は「会社」及び「社会」の2つであるとした場合、どちらが「主役」でどちらが「脇役」と考えるべきでしょうか?つまり、「家庭の代表」が解決策を提供しているのは、「会社」なのか「社会」なのか?という問いです。

この問いを考えるにあたっても、システム設計におけるエンタープライズアーキテクチャの考え方がとても参考になります。エンタープライズアーキテクチャでは、環境の変化に対応するために「変化の激しいのものに依存してはいけない」という考え方をとりました。変化の激しいものに依存した場合、自身もその変化に振り回され疲弊することになるからです。

この考え方にもとづくと、「会社」と「社会」のうち「変化の激しい方に依存してはいけない」ということになります。

「会社」と「社会」、変化が激しいのはどちらか?
そう、「会社」ですね。

「会社」ではいろんな変化が起こります。人事異動や上司の交代など、目に見える変化が数年毎に起こります。私達は「家庭の代表」として、これらの変化に対応せざるをえないでしょう。一方、「社会」の変化も激しいとはいうものの、「会社」と比べると緩やかです。また、「家庭の代表」としてその変化に対応するかしないかを選択できたり、考える猶予もあるでしょう。

つまり、「会社」の方が変化が激しいため、「会社」に依存した人生設計をしてはいけないということになります。

もし、「会社」を解決策の提供先である「主役」としてしまった場合、変化が起こるたびに、私達が提供する解決策を変更しなければいけません。そして、解決策を変更するということは、その解決策の”素”を提供してくれる「脇役」との関係も見直さなければいけません。

私達は「家庭の代表」として、「会社」を「主役」に据えてはいけません。それは、変化に振り回されることを指します。

仮に熱い思いで仕事に取組み、上司の期待に応え信頼を勝ち取ったとしても、上司が変われば同じように評価される保証はありません。どんなに、素晴らしい成果を挙げたとしても、上司がその価値を残念ながら評価できないという上司ガチャの要素もあります。会社での評価はすごく脆く、運にも左右されます。

会社に対する想いが熱ければ熱いほど、評価されなかったときの落差は大きく、行き場のない憤りと落胆を味わうことになるでしょう。

さらに、会社の評価を追うあまり体調を崩し、「家庭の代表」として役割を果たせなくなってしまっては悲劇としかいいようがありません。

会社での成功が人生の成功、会社での失敗が人生の失敗ではありません。『会社に貢献したい!』というサラリーマンの鑑のような考え方は、リスクが高く、運頼みの要素も多分にあります。私達は「会社とはそういうことろだ。」と認識しなければいけません。

なので、私達は戦略的な観点からも「会社」を「主役」ではなく「脇役」ととらえ、「社会」を「主役」と位置づけて行動したほうが得策であるとも言えます。

この考え方は、ベストセラー「嫌われる勇気」で語られるアドラー心理学の「共同体感覚」にも通じるものがあります。

哲人 (中略)われわれが対人関係のなかで困難にぶつかったとき、出口が見えなくなってしまったとき、まず考えるべきは「より大きな共同体の声を聴け」という原則です。
青年 より大きな共同体の声?
哲人 学校なら学校という共同体のコモンセンス(共通感覚)で物事を判断せず、より大きな共同体のコモンセンスに従うのです。仮にあなたの学校で、教師が絶対的な権力者として振る舞っていたとしましょう。しかしそんな権力や権威は、学校という小さな共同体だけで通用するコモンセンスであって、それ以上のものではありません。「人間社会」という共同体で考えるなら、あなたも教師も対等の「人間」です。
(出典:岸見 一郎,古賀 史健. 嫌われる勇気)

アドラー心理学の「共同体感覚」という考え方は「そのときに所属している組織ではなく、もっと広い共同体を意識しなさい。」との立場を取ります。

このことから、「『会社』ではなく『社会』を『主役』と位置づけて行動しよう。」という考え方は、システム設計とアドラー心理学、分野の異なる2つの視点から導かれた共通の解といえるのではないでしょうか?

もう一度、言います。「会社」は「脇役」です。

では、「脇役」といえる会社に私達は何のために出勤するのでしょうか?
「ストーリー」と「ユースケース」の関係から考えていきましょう。

会社は「できること」を増やしに行く場所。

私達は何のために会社に行くのでしょうか?
「賃金を貰うために会社に行く。」それも一つの解でしょう。

ただ、これは「労働力を提供した報酬として賃金を得る」という労働契約という名のプロトコルを粛々と実行しているに過ぎません。

システムの場合、アクターとの通信では、HTTPとかMQTTとか何らかの通信プロトコルに従った通信を行います。このとき「通信プロトコルに従った通信」を行うこと自体には価値はありません。「通信でやりとりされるデータ」に価値があります。HTTPであればボディ部、MQTTであればペイロード部に書かれる文字列に価値があります。

これと同じように「会社」との労働契約は、HTTPとかMQTTとかの通信プロトコルのレイヤーの話であり「労働力を提供し報酬を得る」こと自体には価値はありません。労働契約に則り「家庭の代表」と「会社」がやりとりしているデータにこそ価値があるのです。

「会社」は人生にとって「脇役」、つまり、私達に解決策の”素”を提供してくれるアクターとの位置づけでした。なので、出勤という名のポーリングにおいて、私達は「家庭の代表」として「会社」から解決策の”素”を持ち帰らないといけないわけです。

そして、その解決策の”素”とは何か?
それは「自分自身が『できる』と認識しているスキル」です。

前回、こちらの記事で、自分自身の「できること」を「『理論』を学び『実践』したことがあること」と定義し、社会の課題を解決するためには「できること」を明確に認識する必要があるという話をしました。

そして、「できること」の獲得には「理論」「実践」の合せ技1本が必要です。「理論」だけを学んだ、「実践」ばかりしている、というのは「できること」の獲得にはならない。両方行うことで初めて「できること」であるとの考え方です。

多くの場合、私達は「会社」にて「実践」を求められます。しかも、お遊びではなく実戦的な「実践」を求められます。この特性をうまく利用しましょう。つまり、「会社は学んだ理論を実践して『できること』1本取りに行く場所」と考えるのです。

出勤という名のポーリングにおいて、リクエストボディには「理論」、レスポンスボディには「実践結果」が格納されるようなインターフェースを設計をしておくイメージです。

1回の出勤ポーリングで「できること」を1本取りに行き、繰り返しポーリングを行うことで「できること」をどんどん増やしていくのです。簡単に言うと「家で勉強したことを、会社の業務に活かす。」を繰り返すのです。くれぐれも「会社の業務を、家に持ち帰ってこなす。」ではないことに注意してください。

そして、この1回のポーリングが「利用者の課題を解決に導くストーリー」を構成する1つのエピソード(ユースケース)に相当します。ユースケースを積み重ね、自分のできることをどんどん増やし、社会の課題を解決するための体力を地道に蓄えていくのです。

「会社は学んだ理論を実践して『できること』1本取りに行く場所」、この視点さえあればもう成長するしか道がなくなります。

意図的に、正のスパイラルに身を置く。

多くのイケてるエンジニアは、この成長の道を歩んでいます。

イケてるエンジニアは、自身が学んだ理論を「会社」で実践すべく、常に学んでいます。お風呂に入っているときも、趣味でランニングしているときも、たまたま立ち寄ったカフェでも。常に学んでいます。そして、「会社」で実践して得られた「成果」は会社と共有し、会社とともに成長しているはずです。

しかも、このような状況は偶発的なものではありません。イケてるエンジニアは、このような正のスパイラルに身を置くことを意図を持って設計し、行動しています。自身にとっては「できること」を増やすという目的であったとしても、会社にとっては「成果」につながるような仕事や職場の意図的に選択をしているのです。

そして、このような選択をさせているのは「会社」への熱い想いではなく、「社会」への貢献感なのです。

まとめ

今回の結論はこちら。
 人生設計はシステム設計をベースにする。
 私達は「家庭の代表」。
 「会社」は「脇役」、「社会」が「主役」。
 会社は「できること」を増やしに行く場所。
 意図的に、正のスパイラルに身を置く。

次回は、会社とともに成長するイケてるエンジニア像について、考察したいと思います。

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