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【歴史本の山を崩せ#034】『実録三国志』于涛

≪中国人研究者による三国志前伝≫

1800年も前の異国の歴史なのに日本人が大好きな三国志。
令和になってからも続々と新刊が出ているコンテンツです。
しかし、三国志に限ったことではありませんが、日本では中国人研究者による歴史書の翻訳が少ないのが現状。
日本語で読むことができるレアものの中国人研究者による歴史書です。

扱う時代はいわゆる三国志物語がはじまる後漢末の外戚・宦官・清流派士人の政治的対立から、曹魏への禅譲まで。
原書のタイトルは『三国前伝』なのですが、邦訳に際してわざわざ『実録三国志』としたわけです。
「三国時代」を期待して手に取ってしまうと、「はじまる」前に終わってしまいます。

それでも黄巾の乱や董卓、呂布、袁術、袁紹といったお馴染みの群雄が競い合った時代は入っています。
ユニークなのは袁紹に追放された韓馥を主役にした一章がある。
これは日本の戦国本で斎藤道三に追放された土岐氏を主役に一章立てるようなものです。
韓馥を通じて、当時の政治状況を描くというのは非常に面白い。
後漢王朝末期の群雄割拠から曹魏王朝への道を生々しく描いています。

さて、三国志の人気の秘密は、謀士たちが策略をめぐらし、豪傑たちが武勇を振るう戦争です。
しかし、この本はそういった戦争の記述は非常に淡白です。
メインとなるのは政治闘争。
いわば「武器を使った戦争」ではなく「武器を使わない戦争」です。
ここで中国人研究者であることが生きてきている。
しかし、それは「ご当地の研究者」というよりも、熾烈な政治闘争が現在進行形で繰り返され続けている「中国共産党政権下の研究者」であるということです。
政治闘争の勝敗が、そのまま生命の生死に直結するリアルを日本人以上に知っているということです。
「武器を使わない戦争」が決して「武器を使う戦争」に劣らず、歴史を動かす要因になったことを生々しく描いている。
これは日本の研究者ではなかなか及ばない領域だと感じました(もちろん、歴史学としての優劣是非は別問題ですが)

原書からなのか、翻訳の段階でこうなったのかはわかりませんが、全体を通して文章がかなり迂遠で独特なのがネックなところ。
読む人を選ぶ本ですが内容は三国志本としてひときわユニークで面白いです。


『実録三国志』
著者:于涛 訳者:
出版:青土社
初版:2006年
本体:3,200円+税

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