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昭和天皇の「肉声」を伝える新史料 『昭和天皇拝謁記』

注目の史料がついに刊行された。
『昭和天皇拝謁記』である。

この史料が世に出たのは2019年。
初代宮内庁長官をつとめた田島道治の遺族がNHKに開示したことによって世に出た歴史記録である。

NHKスペシャルでも番組が作られ、再放送も含めて何度も観た。
そして、是非ともこの史料を読みたいと思ったものである。
知り合いの出版関係者に刊行の予定はないかと聞いてまわったりもした。
そして、満を持して岩波書店から刊行が開始されたのである。

文字通り、彼が在職5年間600回におよんだ昭和天皇への拝謁を記録した史料である。
謦咳に接した宮内庁長官であるからこそ、残し得た「象徴天皇」の肉声がそこにある。

昭和天皇に関する基礎史料といえば先ず挙げられるのは『昭和天皇実録』であろう。
2014年に完成(2015年より公刊)された宮内庁編纂の事実上の「正史(公式の歴史記録)」である。

当時、世に出ていなかった『拝謁記』は、当然ながらこの「正史」編纂には反映されていない。
『実録』の行間を埋める史料としての価値もさることながら、史上はじめて象徴と位置づけられた天皇の人となりを感じさせてくれる記録としても興味深い。

『実録』はその名が示す通り、正史の作法に基づいて書かれている。
時系列順に事実が淡々と並べられている、いわゆる編年体の形式であるため、語弊をおそれずいえば読み物としては退屈である。
概して基礎史料とはそういうものが多いのだが、目的意識を持たずにただ通読すると面白味がわかりにくい。

その点、『拝謁記』は文体こそ古式ゆかしく、敷居が高そうに見えるが、読み物としての面白さも十分に備えている。
(もちろん、史料としての価値も高い)
戦後間もなく、新たに象徴となった天皇、戦後復興への道を模索する日本、冷戦に向かう世界…
退位論を含めた昭和天皇の戦争責任や、象徴天皇のあり方の模索。
宮内庁と天皇自身と日本政府とのセンシティブな駆け引き。
昭和天皇と宮内庁長官のやり取りは、緊張感に満ちた戦後の空気を現代に伝えてくれる史料である。

今後の研究が楽しみであるが、まずは念願だった史料の刊行開始を喜びたい。

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