目醒めー記憶喪失、歩行不能、嚥下障害を経て/SLE(全身性エリテマトーデス)という難病とともに生きる(22)

<2018年1月>

 転院して2週間程が過ぎた1月末、妻が、私の母と子供達を伴い面会に来てくれた。子供達は二週間ぶりの再会を喜んでくれて、私の膝の上に乗って、盛んに自分の周りの出来事を説明してくれた。その一方で妻は、どうも所在無げな雰囲気で、よそよそしい印象だった。

 あっという間に夕方になってしまい、皆が家に帰る時間となった。一旦は部屋を去ったものの、 妻が1人で部屋に戻ってきた。

「どうしたの?」

 私がそう聞くと、子供達を母に少し見てもらっている間に、ちょっと2人で話がしたいという事だった。今後の事、 金銭的な事、生活全般、詳しくは語らないが、何もかも不安なのだと。

 私はあまりに唐突な、その後ろ向きの相談にひどく戸惑った。自分は少なからず仕事では成果を出して、それなりに地位を築いてきたという自負が有ったし、 会社はちゃんと長期療養に関する休業保障も規定していた。確かに2ヶ月以上も入院してしまって、体力的には衰えているが、少し時間を掛ければ、また完全に元の生活に戻れる、私は一点の曇りもなくそう主張した。

 彼女は、それでも何が問題なのか、以前と何が違うのか、明確には説明してくれなかった。ただ、私の身には大変な事が起きたんだと言う事、そう語るだけだったのだ。実際、自分でも酷い状態で入院生活を始めた事、2ヶ月以上の治療を要している重大さについては認識出来ていたが、それが挽回しようのないものだとは全く思えなかったので、何をそんなに不安に感じているのか、皆目検討がつかなかった。そして、それ以上に、彼女のいやに他人行儀なよそよそしさが、ひたすら気になったのだった。

 その時、彼女の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「ハグする?」

 10歳の年の差があり、兄妹の様でもあり、父娘の様でもある私たちにとって、そういった事はごく自然な事だった。内心、私が感じた妻のよそよそしさに対する嫌な予感もあった。だからこそ、あまりに久しぶりのその距離感に私はとても緊張しながらも、ある意味勇気を振り絞り彼女の手を取った。それは、あたかも付き合いたての男女の間で、探り探り行われることの様なそんな雰囲気だった。
 私は、いつもの私の役割を頭の中で思い起こしながら、一人の大人の男として彼女を守る、そういう気持ちを込めながら、彼女をしっかりと見据えた。彼女は、「大丈夫」とだけ言って、私の申し出を断ったので、私たちの間にある、とてつもなく広大な空間が埋まることはなかった。だが、彼女は涙を拭って、とつとつと話し始めた。私がそう簡単に元の仕事に戻れるとは思えない事や、それによって変わる生活、子供のこと、色々な制約が生まれて、前の様には行かない、そんな自分の不安に思っている事について打ち明けてくれて、これから困難な事が待ち受けていても、一緒に頑張って欲しいと、そう想いを吐き出した。
 それに対して、私は、ただ静かにこう答えた。

「大丈夫。協力していく。毎日夢に出てくるんだけど、何故か中々そばに近寄れなくて。やっとこうして、本当に手を握られて嬉しい」

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