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〝人形〟にまつわる傑作実話怪談集!『人形の怖い話』(黒木あるじ、川奈まり子、西浦和也、田辺青蛙ほか)最恐収録話「ありくい」試し読み

身近にいて愛らしい……そして怖い


あらすじ・内容

「人形」にまつわる傑作実話怪談集!

市松人形、ビスクドール、ロボットやミルク飲み人形──誰もが手に取ったことのある様々なお人形。可愛いはずなのにいつしか怖い存在に──そんな人形に纏わる怪異を詰め込んだテーマ怪談の決定版。
・同僚の自宅で嫁と紹介されたのは…「ウチの嫁」(西浦和也)
・仕事で滞在した村で親しくなった老婆、毎年人形を送ってくれと連絡がくるのは何故「ひとくい」(黒木あるじ)
・その人形を思い浮かべると腹が立って虐めたくなり…「イライラする」(田辺青蛙)
・級友から押し付けられた人形。最初は怖かったが愛着も湧き、可愛がっていたのがある日突然…「貰ってきたお人形」(川奈まり子)
――など、書下ろしと過去の最恐作品を選りすぐって全40話を収録。

試し読み1話

ありくい  ――黒木あるじ

 富谷さんは少年時代の一時期、嗜虐しぎゃく的な遊びに没頭していた。
 虫や小動物を残酷な方法で殺すのである。
 カエルの生皮をき、バッタの脚をぎとる。トンボの羽を火のついたマッチで炙り、野ネズミを石に叩きつけて〈破裂〉させる。善悪の判断がつかない幼児期に見られがちな行動だが、彼の場合はほかにも理由があったようだ。
「前年に妹が産まれた所為で、両親が自分に構ってくれなくなったんですよ。その不満を弱い相手にぶつけていたんだと思います。山あいの田舎暮らし、ほかに鬱憤を晴らす対象なんていませんでしたから」
 なかでも彼は、ことのほか蟻を敵視していた。
 巣穴へ沸騰したお湯を注ぎ、あたふたと出てきた蟻に農薬を浴びせてもだえ死にさせる。
 自転車の前輪を行きつ戻りつさせて、ぷちりぷちりと一匹ずつ踏みつぶす。
〈虐殺〉に熱中するあまり、気づけば陽が暮れていることも珍しくなかったそうだ。
「授業で〝蟻の巣には幼虫がおり、大人の蟻たちが世話をします〟と聞いたのがきっかけでした。あくせく動きまわる姿に、妹を溺愛する父と母を重ねていた気がします」
 毎日のように殺しても、蟻の数はいっこうに減らなかった。それはさながら両親が妹に注ぐ無限の愛情のようで、幼い富谷さんはいっそう腹立たしさをおぼえた。

 その日、富谷少年はいつも以上に苛立っていたのだという。
「妹の世話をせずに遊んでいたのを、父と母にとがめられたんです。私には私なりの事情があったんですが、父から〝言いわけをするな〟と拳骨をもらいましてね。さすがにたまらず、涙目で外へ駆けだしたんですよ」
 ふてくされて家を出る際、彼は一体の人形を衝動的にひったくっていた。
 赤児を模した大ぶりの人形は、妹の誕生祝いに親戚が贈ってくれたものだった。
「人形を忌々いまいましく思っていたんですよ。母から〝お前が生まれたときは大量の布おしめをもらった〟と聞いていましてね。なぜこれほど差がつくのかと頭に来ていたんです」
 さて、こいつをどうしてやろう。肥溜こえだめに投げこもうか、それとも焼いてしまおうか。
 思案を巡らせてはみたものの、うかつに棄てようものならたちまち両親の知るところとなって叱られるのは自明だった。それでは面白くない。ばれないように〈虐殺〉したい。
 虐殺──その言葉で妙案が浮かんだ。
 蟻だ。ふだんから虐めている蟻ともども、この人形を非道ひどい目に遭わせてやろう。
 さっそく富谷さんは神社の境内で巣穴を探しだすや、人形に蟻を〈食べさせた〉のだという。わずかに開いた人形のおちょぼ口へ、もがく蟻たちを次々とじこんだのである。
「そう簡単にはいきませんでしたけどね。人形の口はすぼまっていて狭いし、おまけに蟻も必死で暴れますから。何度も手が滑っては、指先でちいさな身体を擦りつぶしましたよ」
 ぷちん、ぷちん、という蟻のちぎれる音を聞きながら、それでも彼は手を止めなかった。
 もっと、もっと蟻を殺してやる。人形を、妹を、両親を、この世のすべてを殺してやる。
 暗い衝動に突き動かされ、ひたすら蟻を食べさせていく。いつしか人形の口まわりには、脚の欠片や頭部の破片がべたべたとまとわりついていた。 
「百匹までは数えていたんですが、そのうち無性にむなしくなってきましてね。帰宅すると〈蟻人形〉をこっそり戻しておきました。その後はべつだん騒動にもならなかったので、私もすっかり忘れていたんです。思いだしたのは翌年の冬……妹が死んだ日でした」

 急死だった。
 母のかたわらですやすや眠っていたはずが、翌朝見ると呼吸が止まっていたのである。
 三つにも満たない子の急逝とあって、通夜の席は重苦しい空気に包まれていたという。
「父はすっかり憔悴、母にいたっては半狂乱でしたね。私も〝こんなことなら優しくしておくんだった〟なんていまさらに悔やみながら、じっと畳の目を見つめていましたよ」
 と──啜り泣きがほうぼうで聞こえるなか、異変は起きた。
「……いきかえった」
 母が搾りだした声に、富谷少年はおもてをあげた。
「えっ」
 妹の顔にかけられている白布が、もぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞと小刻みに動いている。
「まさか、だって……」
「いや、そんなはずは……」
 皆がざわつくなか、親戚のひとりがおそるおそる手を伸ばして布を一気にめくる。とたん、その場にいる全員が悲鳴をあげた。
 屍体の枕元に置かれている人形の口から、数えきれないほどの蟻が湧きでていた。
 そんな莫迦ばかな。〈虐殺〉は半年も前だぞ。いままで生きているはずが──。
 富谷少年が絶句するあいだにも蟻はどんどん数を増やし、いまや妹の顔にまで群がっていた。土気色の唇から侵入しようとする黒い粒を、母親が「やめて!」と泣き叫びながら手で叩きはらう。妹の柔らかな髪が乱れ、薄い皮膚が昆虫の体液で汚れていく。
 蟻たちはちりぢりに遺骸や畳の上をさまよっていたが、半時間ほどですっかりと消えた。
 最後の一匹がいなくなるまで、参列者たちは呆然と見つめるほかなかったという。
「殺された蟻の復讐だったのか、それとも人形の仕業なのか……いずれにせよあの騒動が噂になって、私たち一家は村を出たんです。おかげで父も母も苦労が祟ったすえ、早くに死んでしまいました。だから……あの日願ったとおり、両親も妹も蟻も人形もこの世も、みんな死んでしまったんです。私に殺されたんです」

「……蟻が湧きでた原因、ご両親に告げなかったんですか」
 私の問いに、富谷さんは力なく首を振った。
「さすがに言えませんでしたよ。〝あの子が死んだのは自分の所為かもしれない〟なんて。両親だけじゃありません。妻にも子にも孫にもこの話はいっさい知らせていないんです。今日あなたに語ったのが最初で最後、あとは墓場まで持っていくつもりです」
 この秘密を抱えながら生きることが、たぶん私の罰なんでしょう。
 彼は弱々しく呟いて、話を終えた。

―了―

◎著者紹介

黒木あるじ (くろき・あるじ)

『怪談実話 震』で単著デビュー。「黒木魔奇録」「無惨百物語」各シリーズ、『山形怪談』『怪談実話傑作選 弔』『怪談実話傑作選 磔』『怪談売買録 拝み猫』『怪談売買録 嗤い猿』など。共著には「FKB饗宴」「怪談五色」「ふたり怪談」「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「奥羽怪談」各シリーズ、『未成仏百物語』『実録怪談 最恐事故物件』『黄泉つなぎ百物語』など。小田イ輔やムラシタショウイチなど新たな書き手の発掘にも精力的。他に小説『掃除屋 プロレス始末伝』『葬儀屋 プロレス刺客伝』など。

川奈まり子 (かわな・まりこ)

八王子出身。怪異の体験者と土地を取材、これまでに5000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としてイベントや動画などでも活躍中。単著は「一〇八怪談」「実話奇譚」「八王子怪談」各シリーズのほか、『実話怪談 穢死』『家怪』『赤い地獄』『実話怪談出没地帯』『迷家奇譚』『少年奇譚』『少女奇譚』など。共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「現代怪談 地獄めぐり」各シリーズ、『実話怪談 犬鳴村』『嫐 怪談実話二人衆』『女之怪談実話系ホラーアンソロジー』『実話怪談 恐の家族』『眠れなくなる怪談沼 実話四谷怪談』など。日本推理作家協会会員。

西浦和也 (にしうらわ)

不思議&怪談蒐集家。心霊番組「北野誠のおまえら行くな。」や怪談トークライブ、ゲーム、DVD等の企画も手掛ける。イラストレーターとしても活躍する。単著に「現代百物語」シリーズ、『西浦和也選集 獄ノ墓』『西浦和也選集 迎賓館』『実話怪異録 死に姓の陸』『帝都怪談』、共著に『出雲怪談』『現代怪談 地獄めぐり』『実話怪談 恐の家族』などがある。

田辺青蛙 (たなべ・せいあ)

『生き屏風』で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。著書に「大阪怪談」シリーズ、『紀州怪談』『関西怪談』『北海道怪談』『魂追い』『皐月鬼』『あめだま 青蛙モノノケ語り』『モルテンおいしいです^q^』『人魚の石』など。共著に「京都怪談」「てのひら怪談」「恐怖通信 鳥肌ゾーン」各シリーズ、『怪しき我が家』『怪談実話FKB饗宴』『読書で離婚を考えた』など。

我妻俊樹 (あがつま・としき)

『実話怪談覚書 忌之刻』にて単著デビュー。著書に「実話怪談覚書」「奇々耳草紙」「忌印恐怖譚」各シリーズ、『奇談百物語 蠢記』など。共著に「てのひら怪談」「ふたり怪談」「怪談五色」「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」各シリーズ、『猫怪談』など。歌人として『カメラは光ることをやめて触った』など。

朱雀門 出 (すざくもん・いづる)

二〇〇九年「今昔奇怪録」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。実話怪談では『第六脳釘怪談』をはじめとする「脳釘怪談」シリーズ、共著に「怪談四十九夜」シリーズや『京都怪談 神隠し』など。

神 薫 (じん・かおる)

静岡県在住の現役の眼科医。『怪談女医 閉鎖病棟奇譚』で単著デビュー。『怨念怪談 葬難』『骸拾い』『静岡怪談』など。共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」各シリーズ、『現代怪談 地獄めぐり 業火』など。
女医風呂 物書き女医の日常 https://ameblo.jp/joyblog/

小田イ輔 (おだ・いすけ)

「実話コレクション」「怪談奇聞」各シリーズ、共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「奥羽怪談」各シリーズ、『未成仏百物語』など。原作コミック『厭怪談 なにかがいる』(画・柏屋コッコ)もある。

鳥飼 誠 (とりがい・まこと)

東京都出身B型。幼い頃より怪談ジャンキーの道を突き進み、現在、福祉施設で機能訓練士を務めるかたわら、愛すべき一人息子を自分がなれなかった怪談エリートにすべく特訓中。もっぱら脊髄反射のみで怪談を蒐集している。『恐怖箱 呪毒』など。

つくね乱蔵 (つくね・らんぞう)

『恐怖箱 厭怪』で単著デビュー。『実話怪談傑作選 厭ノ蔵』『恐怖箱 厭福』『恐怖箱 厭熟』『恐怖箱 厭還』など。共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「怪談五色」「恐怖箱テーマアンソロジー」各シリーズなど。

吉澤有貴 (よしざわ・ゆうき)

無類の怪談好きにて『FKB怪談遊戯』で初怪談披露。共著『怪談実話二人衆 うわなり』など。

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