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忌み地を操る“土地遣い”の呪術。福島県会津地方の集落で取材した実話怪談『煙鳥怪奇録 忌集落』著者コメント・試し読み※現場写真も公開‼

「何なのだろう、この不穏さは…
予測不能なルポタージュ、炸裂!!」

フジファブリック・加藤慎一氏も推薦!

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内容・あらすじ

ネット配信の世界で大注目の怪談収集家・煙鳥
放送で自らが取材した実話怪談を語ってきた彼が、
これは活字として記録すべきという格別に奇怪で空恐ろしい話を厳選して収録した実話怪談集。

・福島県の集落に実在する人死や不幸が度重なる忌み地。
土地の因果を調べると衝撃の事実が…「土地遣い」
・ご神木を伐った家に生まれる足だけの赤子の怪…「実家にて 神木と縁」
・屋根裏部屋に出る鼠の死骸と押し入れに棲む謎の老人…「ひもじい」
ほか、人気怪談作家・吉田悠軌、高田公太の二人も参加
煙鳥の怪談を再取材して書き下ろした。
実際の取材ノートや証拠写真も公開、この恐怖に身を投じよ。

著者コメント

 試し読みいただく「実家にて 天井の札」。この怪談は古くから僕の家に伝わっている怪談です。
 実家に帰ればこのような光景が、今もまだ残っています。
 今回の煙鳥怪奇録にはこのように実際の写真や、体験者本人たちからの一次データが多数掲載されています。
 それと共に、僕の実家、僕自身にまつわる怪談を追ったルポルタージュ怪談を是非お楽しみください。

試し読み1話

実家にて 天井の札 (文・吉田悠軌)

 煙鳥君の実家は大変に古い。
 何故この家が古くから残っているかの理由を、煙鳥君は父親から聞かされた。
 父はその背景となった事情を、祖父母から聞かされた。
 祖父母はその親から、彼らもまたその親から、ある人物について聞かされていた。
 
 煙鳥君の実家は大変に古い。築百年は超えているだろう。
 会津の山村集落なので、近所には他にも古民家がちらほら残されている。とはいえ、ここまで古い家屋は流石に見当たらない。
 もちろん補修や増改築を重ねているものの、梁や天井は建築当時のままだ。今の資材と比べると、表面が何だかベコボコとしているのが見て取れるという。
 古式ゆかしい槍鉋という鉋で削っているので、現在よくある台鉋のようなまっすぐツルツルの表面ではなく、さざ波めいたテクスチャーとなるのだ。
 それだけ古い家となると、これまで暮らしていた御先祖様も結構な人数になる。煙鳥君はもとより、家族親族の老人達ですら、彼ら全員についてすっかり把握している訳ではない。
「だからその人については、ずっと前のお婆ちゃんとしか言えないのですが。少なくとも自分より五代以上前なのは確かです」
 何故ならそこまでは仏間に遺影が飾られているから。煙鳥君の祖母の父の母(高祖母)の、その母かそのまた母か……それは不明だが、とにかくその人物を、ここでは「お婆ちゃん」と表記しておこう。
 彼らの家に代々伝わっている話だという。
 お婆ちゃんの本業は農家だったが、頼まれれば拝み屋めいたことも行っていた。
 この家に嫁ぐ前は高野山の辺りで修行していた……とも言われていたそうなのだが、本当のところは分からない。
 ともかく、明治期の東北地方の山間集落であれば、民間霊能者が地元民の相談に乗ることなど、そう珍しい事態でもなかっただろう。

 ある日、お婆ちゃんの元に一人の女性が連れてこられた。
 興奮状態の顔はいたく歪んでいる。意味の通らない言葉を喚きつつ、激しく暴れまわる。当時のこと、誰がどう見ても結論は一つしかない。
「狐が憑いちまった! お祓いしてくれ!」
 大人数で何とか祈祷部屋に押し込んだ。そこまではよかったが、とたん、女性はぴょーんと大きく跳ねた。天井の高さにまで届くほどの、人間離れした跳躍である。女性はそのまま梁の上にとりつき、樹上の狐が獲物を狙うかのごとく、こちらをじっと見下ろしてきた。
 お婆ちゃんは眉を顰めて、
「これはまずいよ」
 横にいる自分の旦那に話しかけた。
「まずいのか」
 ここで何故自分に話しかけてくるのか訝しみつつ、お爺ちゃんが答える。
「これはもう祠を造ってあげないと、どうにも収まらないね」
「そうか。そんなにか」
「でも、あんたらの家で祠を造る金なんてないな?」
 お婆ちゃんの質問に、女性の家族達は黙って頷く。
「うちらにだってそんな金はない」
「そうだな、ないな」
 お爺ちゃんも頷く。
「でもあの狐さんを祀るところは造らねばならない」
「そうか……なら、どうすんだ」
「うちの天井裏に、あの狐を入れてもいいか?」
 おい嘘だろ!?
 やめろ! 絶対にやめてくれ!
 驚いたお爺ちゃんの喉元まで、そんな言葉が出かかった。
 しかしその場には女性の親族達も集まり、期待を込めた目で自分達を見つめている。
 彼らの手前、お爺ちゃんも黙って首を縦に振るしかなかったのだ。
 そこからお婆ちゃんがどのような呪文を唱えたか、どのような儀式を行ったかは分からない。
 とにかく最後には「ガタガタガタタ!」という激しい振動音が天井裏で響き、それと同時に女性の狂乱も鎮まった。
 ありがとうございます、ありがとうございます……何度も頭を下げながら、向こうの家族は帰っていった。
 しかし狐は、祈祷部屋の天井裏に棲みついてしまった。
 それからというもの、家族の誰かが部屋に入れば、上から見つめられる気配を感じるようになった。天井には幾つもの節穴がある。その穴の向こうから、何かがこちらをじっと覗き込んでくるのだ。
 もちろん家族はこの視線を嫌がった。
 そこでお婆ちゃんは、何処からか持ってきたお札で全ての節穴を塞ぎ、目隠しするようにした。

「そのお札、今でもまだ貼ったままなんです」
 リモート通話の画面越しに煙鳥君が言った。
「正にそこ、自分が使ってた部屋なんですけどね」
 それまでずっと布団部屋として使われていたのだが、何故か煙鳥君の自室としてあてがわれたらしい。

実際の写真

 天井を撮った写真を見せてもらった。年月を経て黒光りするようになった板のそこここに、黄ばんだ古紙が貼ってある。直径十センチほど、いびつな八角形に切り取られたそれらの札には、漢字が数文字ずつ、同心円状に配置されている。各々の札によって書かれた漢字は異なるが、どれも中心だけは「龍」又は「水」と記されていた。
 送られてきた中には、札をスキャナーで読み込んだ画像もあった。

中央に「水」「龍」の文字が見える

「大学生のときに実家に帰省してたときのですね。トイレ行って戻ってきたら天井から剥がれ落ちていたので、ついでにそれをスキャンしてみました」 この証言及び撮影画像を見れば分かるのだが、現在の天井には幾つかの節穴が見て取れる。恐らく長い年月の中で数枚の札が剥がれ落ちてしまったのだろうか。 となると、煙鳥君自身は天井から視線を感じたことはあるのか。「そういうことはありませんでした。ただ、天井裏から何かの足音はよく聞こえてきましたね」 また帰省時に、この部屋にて怪談のネット配信を行ったこともある。 ちょうど札に纏わるエピソードを語り終わったところで、やはり天井裏から、ガタガタという音が鳴り響いたそうだ。音はきちんとマイクに拾われ、配信にも流れたため、コメント欄が騒然となった。「まあ、動物かもしれませんけどね。古い家なので」 もちろんイタチやハクビシンなどが入り込んだ可能性は否めない。しかし封じ込められたのは「狐」なのだから、それが天井裏を動き回ったら同じような音を立てるだろう。その可能性も否定すべきではない。

 そしてこれは、煙鳥君の父がまだ幼かった頃の出来事だ。
 近所で大きな火事があった。隣の家屋を焼き尽くした火の手は勢いを増し、こちらへと近づいてくる。
 このままでは我が家に燃え移る。しかしもうどうにも対応する手段はない。とにかく家族全員、離れて見守ることしかできない。
 そして炎は縁側へと到達した。
 祖父母と父は、先祖から受け継がれた家が今正に燃え落ちんとする光景を、ただじっと見つめていた。
 そこで予想外のことが起きた。
 屋根の斜面に沿って、水が流れ出してきたのだ。何処から降ったか湧いたか分からない水がみるみるうちに量を増し、ざあざあとこぼれ落ちていったのだ。
 軒先からのにわか雨によって、壁にとりついた炎はすっかり消え去った。

 ――そのおかげで、うちだけずっと家が残っているんだ。

 煙鳥君は父からそう聞かされた。父もまた天井裏に棲むものについて祖父母から聞かされていた。祖父母もまたその親から、その親もまた……。

―了―

著者紹介

煙鳥 Encho(編著・怪談提供)

怪談収集家、怪談作家、珍スポッター。「怪談と技術の融合」のストリームサークル「オカのじ」の代表取り締まられ役。広報とソーシャルダメージ引き受け(矢面)担当。収集した怪談を語る事を中心とした放送をニコ生、ツイキャス等にて配信中。 怪談収集、考察、珍スポットの探訪をしている。VR技術を使った新しい怪談会も推進中。2022年、自身の名を冠した初の怪談集『煙鳥怪奇録 机と海』を、吉田悠軌、高田公太の共著で発表。その他共著に『恐怖箱 心霊外科』『恐怖箱 怨霊不動産』『恐怖箱 亡霊交差点』(以上、竹書房)がある。

吉田悠軌 Yuki Yoshida

怪談サークルとうもろこしの会会長。怪談の収集・語りとオカルト全般を研究。著書に『現代怪談考』(晶文社)、『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)、『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)、「恐怖実話」シリーズ『 怪の残滓』『怪の残響』『 怪の残像』『怪の手形』『怪の足跡』『怪の遺恨』(以上、竹書房)、「怖いうわさ ぼくらの都市伝説」シリーズ(教育画劇)、『うわさの怪談』(三笠書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、共著に『実話怪談 牛首村』『実話怪談 犬鳴村』『怪談四十九夜 鬼気』『瞬殺怪談 鬼幽』(以上、竹書房)など。月刊ムーで連載中。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』発行。文筆業を中心にTV映画出演、イベント、ポッドキャストなどで活動。

高田公太 Kota Takada

青森県弘前市出身、在住。O型。実話怪談「恐怖箱」シリーズの執筆メンバーで、元・新聞記者。主な著作に『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』、編著者として自身が企画立案した『実話奇彩 怪談散華』、その他共著に『奥羽怪談』『青森怪談 弘前乃怪』『東北巡霊 怪の細道』、加藤一、神沼三平太、ねこや堂との共著で100話の怪を綴る「恐怖箱 百式」シリーズ(以上、竹書房)などがある。2021~22年にかけて、Webで初の創作長編小説「愚狂人レポート」を連載した。(https://note.com/kotatakada1978/)

シリーズ好評既刊


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