見出し画像

第四次中東戦争を通じて米海軍が見直した空母機動部隊の戦術運用

1941年から1945年まで続いた太平洋戦争を通じて、アメリカ海軍は空母を中心に編成された機動部隊の軍事的な重要性を深く認識するようになりました。しかし、第二次世界大戦が終わってからは、アメリカ海軍に空母機動部隊で対抗できる国家は見当たらなくなっていました。アメリカ海軍は潜水艦発射弾道ミサイルとそれを搭載した原子力潜水艦から成り立つ核戦力を重視するようになり、空母打撃部隊の運用に対する関心は低下していきました(Rubel 2014: 68)。

しかし、1973年の第四次中東戦争でアメリカとソ連との間の軍事的な緊張が高まったとき、アメリカ海軍は敵の対艦ミサイルの脅威の下で空母をどのように運用すべきかについて研究が尽くされていないことを認識するようになりました(Ibid.)。第四次中東戦争はエジプトとシリアがイスラエルを奇襲して始まった地域戦争でしたが、エジプトとシリアはソ連から、イスラエルはアメリカからそれぞれ軍事援助を受け取っており、政治的に米ソ関係が深く関係していました。米ソ両国は開戦当初から和平合意に向けた交渉を進めており、10月22日に国際連合安全保障理事会の場で共同の決議を出したのですが、10月24日にソ連がエジプトが米ソ両軍の派兵を要請していることを持ち出し、アメリカから承認が得られなくても、ソ連は単独で軍隊を派遣するつもりであることを伝えてきました。

アメリカは事前にソ連軍が空挺部隊の派遣準備を進めており、核兵器を搬入する動きがあることも知っていたので、ソ連が介入の意志を明らかにしてきた際には、すぐに予防展開の措置をとり、その抑止を図りました。全世界の部隊に準戦時の警戒態勢に相当するデフコン3を発令し、事前に地中海に展開していた空母インディペンデンスの機動部隊に加え、空母フランクリン・D・ルーズベルトを中心とする機動部隊も派遣しました。アメリカは中東和平のために軍隊を派遣する必要はまったくないと主張し、最終的にソ連に軍事的な介入を思いとどまらせました。

この結果だけを見れば、アメリカ海軍の空母機動部隊は戦略的に重要な役割を果たすことができましたが、海軍関係者は当時のソ連が多数の対艦ミサイルを準備していたことを踏まえ、空母を対艦ミサイルの脅威から掩護する方法が確立されていないことを認識しました。アメリカ海軍に所属するパイロットとして、1973年の第四次中東戦争を経験した元軍人の研究者であるルーベルは、2014年に発表した論文において第二次世界大戦が終結してから、海軍航空の役割に関する研究が十分ではなかったことを次のように指摘しています。

「空母が海上において飛行場として機能するためには、いかなる脅威であっても許容することはできない。アメリカの空母は第二次世界大戦以降、この役割を絶え間なく、そして平然と果たしてきた。この状況に対する組織的な自己満足のために、海上戦の能力が軽視されることになり、海軍はその代償を1973年に発生した第四次中東戦争でもう少しで支払うところであった。第6艦隊の空母は、地中海の東部において、対艦ミサイルと、それを運用するためのドクトリンを持ち、数の上で優勢なソ連艦隊と対峙することになったのである。米空母は対艦戦闘のために適した武装も、実行可能な戦術も持っていなかった」

(Rubel 2014: 68)

実際、1973年当時のアメリカ海軍は、長射程の対艦ミサイルを敵部隊が保有している場合を想定し、どのように空母を守ればよいのか手探りの試行錯誤を行っていました。現代の海上戦で空母をミサイルの脅威から守るために必要なのは大きな縦深です。高速で飛来するミサイルの脅威を可能な限り遠方で探知できれば、それだけ対処しやすくなります。数値としては、空母を中心に300海里(およそ555km)以上も離れた海上であってもミサイルの接近を察知できなければなりません(Ibid.: 71)。これは水上艦艇に塔載されたレーダーだけでは十分な探知距離を確保できないことを意味しており、常態的に航空機を飛行させ、哨戒を実施させておくことが必要です。

また、対艦ミサイルの攻撃は一方向から行われるとは限りません。複数の発射母機が分散した位置から実施される可能性があるため、哨戒に当たる航空機は広く分散していなければなりません(Ibid.: 72)。第二次世界大戦の空母は敵の空母から発進される航空機を主要な脅威として考えていましたが、現代の空母は敵の空母から発進する航空隊の攻撃だけではなく、水上艦艇、航空機、地上配備型の地対艦ミサイルなど、あらゆる発射母機から放たれるミサイルの脅威を想定しておくことが必要となります(Ibid.)。

1973年当時、アメリカの機動部隊は、地中海でソ連海軍の海上部隊と対峙し、戦争の瀬戸際でにらみ合いを続けていたときに、バード・ドッグ戦術("bird-dog" tactics)と呼ばれる運用を採用しましたが、これは対艦ミサイルの脅威から空母を守るための取組みでした。これは空母から発進させた航空機にソ連艦艇の上空を旋回させておき、搭載されたミサイルが発射される兆候がないかを継続的に監視し続けるという戦術です。対艦ミサイルは発射された後で撃墜することが難しいものの、発射する前であれば対処はより容易になります。著者は、近年目覚ましい発達を遂げている無人航空機が、このような戦術を実施するための手段になる可能性があるとも指摘しています(Ibid.: 72)。このような能力を持っていれば、敵に敵対行為そのものを思いとどまらせる抑止効果が得られるかもしれません(Ibid.)。

バード・ドッグ戦術の後で、アメリカ海軍はベクター・ロジック(vector logic)と呼ばれる戦術も開発されました。これは空母から遠く離れた航空機がより迅速に、より自律的に敵と交戦することを目指した戦術であり、空母から遠く離れても航空機のパイロットに脅威の位置や移動に関する情報を共有できる海軍戦術情報システムの使用が前提となっています(Ibid.: 73)。このようなシステムでパイロットに提供される戦闘情報が随時更新できるようになれば、それによって「必ずしも空母を中心にしない円形の状況図(grid)を確立し、その範囲内で戦闘機はチェスの駒のように動くことが可能となる」と説明されています(Ibid: 73)。これにより、戦術的に対艦ミサイルの発射母機の出現に対応することを容易にすることができます。

アメリカ海軍は空母機動部隊を編成する場合、ミサイルが多数押し寄せる場合を想定して、イージス・システム搭載艦を陣形の一部に加えるのですが、ルーベルは現代の対艦ミサイルの性能はますます向上し、機動性が向上していることを指摘しています。そのため、発射された後で迎撃することは戦術的に可能な限り避けるべきであると述べられています(Ibid.: 74)。1973年の危機で使用されたバード・ドッグ戦術のように、可能な限り空母から離れた位置で対艦ミサイルの脅威に対処できるような運用が重視されるべきであると考えられています。ルーベルが指摘したように、このような戦術運用を発展させていく中で、無人航空機が担う役割はますます大きなものになる可能性があります。

見出し画像:U.S. DoD, Gray Gibson

参考文献

Rubel, Robert C. (2014) A Theory of Naval Airpower, Naval War College Review: Vol. 67, No. 3, pp. 63-80. https://digital-commons.usnwc.edu/nwc-review/vol67/iss3/6

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。