ソ連伝説の女性スナイパー②

1万2000人をも狙撃─ソ連伝説の女性スナイパーたちはなぜ過去を隠したのか
1943年11月24日 戦闘地から戻るO.ブイコワとR.スクリプニコワPhoto: Sovfoto / Universal Images Group / Getty Images

15分間で16人を殺した女性スナイパー「レディ・デス」
この戦争で、狙撃兵養成所を出た女性兵士たちが殺したのは、ドイツ兵約1万2千人(1個師団

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ギヤ・カンチェリ

10月2日、ソ連・グルジアの作曲家ギヤ・カンチェリが、トビリシで死去した。享年84。旧ソ連圏ではなにより、数多くの映画に楽曲を提供したことで知られる、ソ連映画史のビッグネームだ。

 ギヤ・カンチェリが楽曲を提供した映画の中で最も名高いのは、1977年の「ミミノー」、そして日本公開もされコアなファンの多い「不思議惑星キンザ・ザ」(1986)であろう。いずれも、ソ連映画界きってのヒットメーカー、ゲオ

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【歴史から学ぶ】組織が前に進むには

故きを温ねて新しきを知る

この言葉を信念とし、「歴史」を仕事に活かすことを自分の中で忘れないようにしてきました。

今回仕事で活かしている「歴史」は・・・

『ソビエト連邦』

『1922年から1991年までの間に存在したユーラシア大陸における共和制国家』(※ウィキペディア抜粋)

帝政ロシアを打倒して成立した世界初の社会主義国家ですが、その歴史の中で感じたこととして、以下のようにまとめます。

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ソ連のスポーツ 第3章 その他

ソ連で最もポピュラーだったスポーツは、サッカーとアイスホッケーで間違いないだろう。本章ではそれ以外のスポーツについて、雑多にごった煮、略述していく。

 60年代には、フラフープやバドミントンが流行し、手軽かつどこでも楽しめる運動として定着していった。スキーは30年代にサンドスキーも含めて大いに奨励されたが、手軽さという点ではスケートに及ばなかった。

フラフープ

 (フラフープはスポーツなのか

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2019.9.21 「あいつは普通の日本人じゃない…」満州を動かした天才外交官

「交渉前から、貨車がいくつもロシア(ソ連)領に入っては消えている。それに、駅や線路が爆破される事件まで起きている。これはロシアの仕業ではないですか」
「いや、違う!鉄道を安く手に入れようとする日本(満州国)の策略だろう!」

怒鳴り声が部屋中に飛び交う。
ロシア人 vs. 日本人…。
ロシア語での欧州にも拘らず、日本人は一歩も引けを取っていない。

1932年、日本は軍部の影響で満州に新国家『満州

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京都から帰って、はてなの茶碗ならぬ、はてなのレンズをゲット🐥9/9🐥

またやってしまいました、とかくとレンズ交換マウント1000日回峰行大阿闍梨伊藤さんを思い出してしまうな。私はレンズはほとんど買いませんよ。3泊4日の撮影でホビージャパンの人気のムックカメラホリックの松下さんと落語の話をした。私は人形町末広に行ったことがある人間である。松下さんのおじいさまが落語好きで古今亭今輔のごひいきであったそうだ。

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Thank you。田中長徳
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若い人に『ソ連』と言っても通じるのかな

メッセージに書いてくれているのは『ソビエト旅行ポスター』

確かに上には飛行機、下にはヨットが描かれています。

でも、真ん中に書いてある "DIE NATUR" をGoogleさんに翻訳してもらうと「自然」と翻訳されました。
それもドイツ語で!?

「なぜにソ連のポスターにドイツ語が?」

考えても分からないのでココは分からないままで通り過ぎます。

メッセージ面には大きなステッカー(?)が貼ら

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1. ソ連との出会い②

1980年代の後半、当時まだまだ「鉄のカーテン」は健在で、「ソ連人は冷血人間」という意識が多くの日本人にあったと思う。とくに封建的で男尊女卑、古臭い考え方の実家のある地方では、自民党であらずんばひとにあらず、という意識が浸透していた。わたしが誰かに傾倒すると無意識に嫉妬して批判していた母親なぞ、高校生の頃わたしが慕っていた先生について「あの先生はおかしいわよ!共産党かもしれないわよ!」と、いま考え

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Большое спасибо !

1. ソ連との出会い①

「東京特許許可局」とならんで、「朝鮮民主主義人民共和国」や「ソビエト社会主義共和国連邦」などの国名を覚えるのはたのしかった。

小学校~高校は抑圧的な母親のもと、ほぼ学校と家の往復しかしておらず、箱入り娘というより、閉じこもり娘だった。大学のために地方にある実家から遠く離れ、京都にでてきてはじめて解放された反動でこんなことになってしまったけれど。
中学校を卒業するまで住んでいた広い平屋建ての一軒家

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「保育園落ちた日本死ね」から3年、子供と親は安心できるのか?

「保育園落ちた日本死ね」
この言葉が流行語となってからもう3年だ。

そう思うと年月の過ぎる速さに頭を抱えたくなるが、この、待機児童問題に直面している親たちはもっと悩ましいと感じているに違いない。2019年に厚生労働省が発表した待機児童の数は4万8235人であるが、潜在的にはその倍以上の数がいるという意見もある。

そもそもこの待機児童という問題はなぜ起こるのだろうか?

まずその問題を考える時に

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またいらしてください
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