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中高一貫校でのいじめトラウマからの解放

以前にもお話したことがありますが、私は神戸市の中高一貫男子校に通っていた当時、発達障がい(ADHD分のあるASD)により一部の同級生・担任教師・後輩からいじめ、もしくはそれに類する行為を受けていました。

具体的ないじめ行為の内容としては、無視、仲間外れ、暴言(気持ち悪い、お前には友達がいない、お前は弟に家を継いでもらうのだろう、お前の味方は誰もいないなど)、嘲笑、因縁、威嚇などがあり、その都度過敏に反応すると加害者は面白がって加害行為を繰り返し、また傍観者も「過敏に反応するお前がうるさい」と、加害者の行為を止めないばかりか私を責め立てました。
「いじめられるお前の方が悪い、お前にこのようなことを言う人間の方が正しい」と言われるのが日常茶飯事でした。

高校卒業からかれこれ22年が過ぎてはいますが、今も時折当時の嫌な思い出がフラッシュバックし、職場での人間関係やSNSの人間関係にまで支障をきたしているのが実情です。

いつまでも繰り返されるフラッシュバック。
いじめの傷は一生涯消えないのか・・・最近までは私も正直なところそう考えていました。

ところが、ここ4年ほどで状況がある程度変わってきたのではと思わされることがありました。

昨年秋のこと。
10年以上前から長く患っていた同級生が亡くなり、親友からの連絡を受けて通夜に参列したところ、在学中は反りが合わなかった学年担任の教員と再会し、少しお話することができました。
過去のことを蒸し返されるのかなという不安はありましたが、普通に笑顔で挨拶をして前向きに話すことができて、一つ長年のわだかまりが解けたのかと思いました。

また、いじめのトラウマもあり、卒業以来20年以上学年単位の同窓会には頑として出席していなかったこと、大学生時代に数名単位で会った時もコミュニケーション能力や就職のこと、いじめ正当化などで不快な思いをしたことなどがあり、同級生約160名の大半と卒業以来全く会っていなかったのですが、この通夜の席上で何人かと久々に会って話すことができました。

そもそも、この再会劇のはるか以前、大学在学中より、かつて私をいじめた者の一部とは卒業後に同じ部活や委員会の誼で意気投合し、定期的に集まって飲む仲になってもいます。
職場で嫌な思いをした時などは、まず彼らに悩みを聞いてもらい、その時に得たアドバイスや励ましを糧に職場や家庭に戻っている感じです。

さらに言うと、高校の関係者とはSNS上でもつながっています。
定期的にASDの二次障がいによるトラウマや抑うつで愚痴を撒き散らしてしまい、皆に心配や迷惑をかけているのは心苦しいですが、たまにInstagramで見せる前向きな投稿を見て反応してもらうことがあるとホッとします。

よくよく考えてみたら、彼らの大半は私の中学・高校時代のコミュニケーションの不得手をよく知っており、なおかつ現在は父親なり夫なり管理職になっており、家族や部下を守る立場になっています。
ひょっとしたら、職場の年配の方や大学の学部・サークルのメンバーの大半より、彼らの方が発達障がいに理解があるのかもしれません。
少年時代はコミュニケーションの不得手で苦しみ、大人になってからは二次障がいで苦しんでいるという流れだけでも、うすうす感じ取っている者もいるかもしれません。

もう一つ、明るい材料があります。

我が校の同窓会の総会は、40代半ばの年齢に達した学年が持ち回りで幹事を務める形で毎年春に開催されており、2025年には委員会活動で私を可愛がってくれた2年上の先輩の学年が総会の幹事を務めることになっています。
これまで、同窓会の総会には参加費が無料となる卒業直後の春を含めて一度も参加していなかったのですが、親しい先輩方の学年が幹事を務める節目の回以降は定期的に出席するつもりで考えています。

2026年はこれまた委員会活動や部活動で私を可愛がってくれた1つ上の学年が幹事。そして、2027年はいじめこそあったものの、現在同窓会の幹事を務める面子とは何だかんだで仲良くやっていた自分の学年が幹事となりますが、いずれも今から楽しみです。

久しぶりに多くの同級生と再会することになる2027年の同窓会総会。
Facebookで見る限り、未だに発達障がいに起因する20年以上前の言動を根に持ち、私のことを誤解している者、もしくは嫌っている者は多々いると存じ上げております。
また、在学中は仲が良かったのに、私が発達障がいの二次障害や職場でのパワハラによる心労によりFacebook上で暴言を吐いてしまったため、やむなく私を友人から外した者も数名確認しています。

それでも、二次障がいや心労による暴言については何らかの形で謝罪しようと思います。
在学中の言動のことについて多少変なことを言われても許すし、そもそも加害者側は大抵の場合自らのいじめ行為を忘れていることと思いますし、そこまで場は荒れないのではという認識です。

長くなりましたが、今も定期的に会っている友人との関係を大切にするとともに、仲間内の飲み会か、来年以降の同窓会総会になるかは分かりませんが、20数年前に不幸なことで誤解が生じた同級生とも良い形で再会できればと思います。


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