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【読書感想】中村文則『遮光』

2020/05/05 読了。

中村文則『遮光』

恋人の事故死を周りに隠し、海外で生きていると嘘を吐きながら暮らす男の話。

私は中村文則さんの作品の中で『悪意の手記』が一番好きなのだけれど、それと並ぶくらい『遮光』はよかった。読み終わった後の自分の心の揺れや動きを記しておきたくて感想文を書いているけれど、この小説は言葉にするのがとても難しい。言葉にしたら私も「私」を演じられなくなるのではないかという不安もある。

主人公は死んだ恋人の指を持ち歩いている。ただ、その指に性的に興奮するとかではないし、どちらかというと冷めているように見える。どれくらい笑うか、笑いたくないけど笑ってみた、という主人公の難儀な性格の"本当"を探っているうちに、主人公と同化しているような感覚になっていく。この感覚は、中村文則さんの小説ならではの現象で、私はこれを味わうために中村作品を読んでいるようなものだ。

中盤から終盤にかけて、主人公が私が想像していたよりずっと恋人を想っていたことを知る。この時は既に主人公が狂気への助走に入ってしまっているので、全てを知っている読者は知りながらも傍観するしかない。読者って実に無力。 

「私は美紀と、よくある平凡な生活を、そういった典型的な生活を、ただしたかった」

私は自分にさえ嘘を吐く時がある。心は嘘を吐けないなんで嘘っぱちで、心の中だけは嘘が通用する。ただ、その部分は脆くてそこを指摘されたりなんぞされたらそれこそ私も狂うだろうな。

この小説を読んでいる間、本当に幸せだった。うまく言えないけど、主人公の思考が文字になって小説としてこの世界に存在することに幸福を感じたのだと思う。








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