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箱根駅伝に見る「強いランナー」の秘密

いやーとてつもないレースでした、箱根駅伝1日目。

箱根駅伝2区を見て

昨年、オリンピック入賞の三浦選手(順天堂大学)、世界選手権出場の田澤選手(駒澤大学)、1区区間新の吉居大選手(中央大学)、3区区間賞の丹所選手(東京国際大学)、1年生にして学生ハーフマラソン優勝の平林選手(國學院大學)をはじめ、日本インカレ5000m二連覇の近藤選手(青山学院大学)、1年時に箱根駅伝3区区間賞の石原選手(東海大学)、元5000m高校記録保持者の石田選手(東洋大学)等、例年以上にスター級の選手がそろった箱根駅伝2区となりました。

スローペースの1区が17km過ぎの六郷橋でばらけはじめ、三連覇を狙う駒澤大学が2位で田澤選手に襷を渡した瞬間、「これは駒澤だな」と思った人は私だけではないと思います。

ところが、1年生の好走により4位で走り出した中央大学の吉居大選手が、最初の1kmを2分30秒台で通過して田澤選手に追いつき、そのまま並走するどころかそのまま抜き去ってしまいました。

「どんだけ強気なん、吉居選手!」

田澤選手は動きが悪いわけではなく、2区の経験があることからも、「落ち着いて入ってるんだろうなー」と思ってましたが、ここまで強気でいくとは。

ただしその後、予想通り田澤選手は吉居大選手をかわし先頭を奪取、13kmあたりからの権太坂でもタフに走れそうな雰囲気で独走していきました。

しかし、レースの主役は中央大学と駒澤大学だけではありませんでした。レース中盤、後続で留学生2人とともに先頭を追っていた青山学院大学の近藤選手が、なんと留学生をちぎってそのまま吉居大選手を抜き去ったのです。

「どんだけ強いん、近藤選手!」

留学生が走ることには賛否両論がありますが、同じ年代で世界レベルの走りをしてくれる留学生のおかげで世界を見据えた取組みをしている選手(佐久長聖高校の吉岡選手や駒澤大学の佐藤選手など)も増えています。

その留学生をちぎっていく近藤選手の姿を見て、日本の学生長距離界から世界で活躍できる人が増えていくのではとあらためて感じました。

そのままレースは終盤、少し離れた1位の駒澤大学を、青山学院大学と中央大学が追うという駅伝ファンにとっても、テレビ的にもたまらないシーンが続きます。

そしてレースラスト、「壁」とも称される上り坂で三人の激走が続き、勝負を決めたのは吉居大選手の衝撃のスプリントでした。さっきまで苦しそうにしてたのにこれだけ切り替えれるなんて驚きです。見逃した人はそのうちYoutubeにも上がると思うので、ぜひ見てください。

「強いランナー」の秘密

こんな熱いレースを見た後なので、今のうちに感じたことを整理したいと思います。

「田澤選手も近藤選手も吉居大選手も強いなー」と誰もが感じたと思いますが、その「強さ」とはいったい何なのでしょうか。

走りのリズム(接地と腕振り)

まずは「リズムのいい走り」が挙げられます。

田澤選手と吉居大選手の走りを比べた時、フォームには大きな差が見られます。田澤選手は強い背筋で上半身を大きく前掲させて脚を大きくスイングするような走りをしているのに対し、吉居大選手は腹筋と背筋がバランスよく使われて背筋が垂直方向気味にピンと伸びたような姿勢でバネのある足さばきの走りをしています。擬音語にすると前者は「グン!グン!」、後者は「タン!タン!」という感じでしょうか。

このように両者のフォームは異なっていますが、両者とも「リズムのいい走り」をしています。

そもそも走りのリズムって何でしょう?社会人になって陸上競技に関わるようになった素人の私にとっても、これは難しい感覚でした。

一つには「接地と腕振りのタイミングが合っていること」が挙げられるでしょうか。腕振りの力を加えるピークは、接地したタイミングより早すぎたり遅すぎると推進力に繋がりません。最も力がもらいやすい(と私が考える)のは「接地と同時かその前後」だと思います。

「いや、それって当たり前やん」って思う方もおられる方もいるかもしれませんが、少し説明させてください。

大前提として、「推進力を得るには接地した足が骨盤の真下を通り過ぎるタイミングで地面に力が加わること」が大切です。この考え方に従うと、各ランナーの走り方

例えば吉居大選手のようなバネ感を大切にして膝がよく上がるランナーは「接地よりもやや早めの感覚」で腕振りすることで力をもらいやすいように思います。このタイプの選手は骨盤のほぼ真下(実際にはわずかに前方)で接地するので、地面に力を加えるタイミングが接地とほぼ同時になります。接地してからの待ち時間がないので早めに腕振りをすることで「次!次!」みたいなピッチ感のある走りができます。

それに対し、田澤選手のような脚のスイングが大きな走りをするランナーは「接地よりも遅れて」腕振りをすることで力をもらいやすいように思います。というのも、脚をスイングする選手の多くは、骨盤より前気味に足が地面につくので、足が骨盤の真下に通過するまでに少し時間がかかります。その「待ち時間」とタイミングを合わせるには「接地よりも遅め」に腕振りをするとタイミングが合いやすくなり「グイ!グイ!」とます。このタイプの選手は、吉居大選手のようなタイミングで腕振りをすると早すぎて「すかぶった」ようになり、まったく推進力が得られなくなります。

二人とも共通して、自分のタイプに合った腕振りのタイミングで、しっかり地面からの反発(これも陸上競技独特の感覚です。いつかまとめたいと思います。)をもらえているように思えます。ゆえに脚がしっかり引き付けられ、スムーズに回転するので、リズムよく感じるのではないでしょうか。

駆け引き(攻めるか守るか)

次に「駆け引き」が挙げられます。

レースの勝敗をわける大きな要因に「どこでライバルを引き離すか」というものがあります。トラックレースやロードレースの経験者ならわかると思うのですが、レースには必ず「苦しい場面」があります。勝敗を決めるのは、それまでにいかに余裕を持ち、「苦しい場面」でリズムを崩さず、力を使い切らずに走るか、そしてライバルが「苦しい場面」でいかに差をつけて、気持ちを折るかです。

そう考えた時に、吉居大選手は駆け引きが上手だったと思います。レース序盤では田澤選手を早々に抜き去り好調をアピールし、苦しくなり始める中盤では無理をしすぎないよう後ろから来た近藤選手の後ろで脚を残し、終盤では苦手そうな上り坂を近藤選手や田澤選手を精神的支柱にして耐えきり、残すことができたスプリントで先頭を奪取して走り切りました。

「攻め」と「守り」で分析すると、体の動く序盤は「攻め」、苦しくなり始める中盤と終盤を「守り」、最後の最後で「攻め」という風に、レースに勝つために自分のパフォーマンスが最大限発揮される状況を作り出していたように思います。

もちろん田澤選手も近藤選手も勝つための駆け引きをしていました。

例えば田澤選手は2区の経験があるがゆえに、終盤の坂に備えて序盤は自分のペースで刻んでいる(=守り)ように見えました。先頭の吉居大選手のペースが落ち着き始めると一気に抜き去り(=攻め)、リズムよく終盤の坂を迎えます。誤算としては、想像以上に上り坂の単独走で消費してしまい、最後の最後で動かなくなってしまったことでしょう。もし東京国際大学のヴィンセント選手が走っていればリズムをもらって後半に脚を残せたかもしれませんね。

近藤選手は、序盤から留学生を上手に使い力を貯め(=守り)、中盤にその集団を飛び出して先頭を追える位置まで上げていき(=攻め)、終盤にかけて吉居大選手を引っ張りながら田澤選手を追い上げました(=攻め)。

ファンランではなくレースの醍醐味は「パフォーマンスを最大限発揮するためにどう攻めてどう守るか」にあるように思います。そのために集団を上手に使ったり、ライバルを利用したりするかが大切になります。

結果的にこの駆け引きが最もうまくハマったのが吉居大選手だったのでしょう。大舞台で力を最大限発揮できる選手というのは「強い!」と感じますね。

メンタル(信念とメタ認知)

最後に「メンタル」が挙げられます。

「メンタルが強い」とはどういうことをいうのでしょう。ここでは「信念」と「メタ認知」という二つの点で分析してみましょう。

まず信念について、トップアスリートは共通して高い目標を持っています。例えば田澤選手は大八木監督の「世界で戦える選手にする」という心意気で進学を決めたとのことですし、吉居大選手はレース中に藤原監督から「お前は世界で戦うんだ」という旨の激励を受けています。

現状に満足せずより高いレベルに至りたいという信念は、自分に限界を作りません。私たちが「無理だ」と思うようなことも、信念を原動力に達成してしまいます。また、信念があるからこそ、何をすべきで何をすべきでないかを選択することができます。

心理学の理論の一つに「自己決定理論」(Deci & Ryan, 2000ほか)があります。これは3つの欲求(自律性・有能感・関係性)が満たされていくことが行動を起こすうえで重要だという理論です。

誤解を恐れず端的に言ってしまえば、「友人や家族に恵まれ、自分ならできると感じられ、自分で決断しているから、頑張れる」みたいな理論です。

この理論に従うと、信念というのは特に自律性と有能性に強く関わっているように感じます。いや、もしくは逆に「自分ならできると感じられ、自分で決断してきた」からこそ信念が生まれているのかもしれません。

ここらへんの因果関係はよくわかりませんが、「信念を持ったランナーは強いな」と感じるのは間違いないと思います。「アナニアとサッピアかよ」(堀元, 2021)なんてツッコミを受ける選手は強くないですよね。

次にメタ認知について、これは「自身の認知を認知する」ということです。

はい、意味わかりませんね。要は「今こんなこと考えてるなー」とか「最近の自分ってこう見えてるだろうなー」みたいな、自分を客観視する能力のことです。

このメタ認知が優れているとどんなことができるようになるでしょう。

一つには「自分の行動を調整することができる」というのが挙げられるでしょう。「今日の調子は良いからしっかり前半から攻めていこう」とか「万全とは程遠いから集団を利用して脚を残そう」とかそういった判断ができるようになります。また、このような短期的な調整だけでなく、「1月に箱根駅伝でチームに貢献するには、12月のこの練習にまず力を示す必要がある。そうすると…」のような目標を見据えた長期的な取組みができるので、故障のリスクを下げつつ、地力を着実につけていくことができます。

もう一つには「集団を代表したり、けん引したりする行動がとれる」というのが挙げられます。強い選手というのはチームを象徴します。その一挙手一投足は、無意識の領域にまで刷り込まれ、集団の構成員は知らず知らずその行動に影響を受けます。ビジネス書なんかで「リーダーの在り方」や「職場の風土」なんかの大切さを説かれるのはこのためですよね。「こういう行動をとればチームが強くなる」「ここで仕掛けたらチームに勢いがつく」というマインドセットを持つ選手は強いです。

終わりに

以上ここまでわかったようなことを書いてみましたが、私は陸上競技未経験者です。おそらく間違いだらけでしょうし、ご意見がある方もいらっしゃると思います。そういった方はぜひご批評をお寄せください。私自身の認識を改めるきっかけになると思いますし、誤解を持った人を一人でも社会からなくせるという意味で皆様にとっても有益なことだと思います。

参考文献

  1. 堀元見(2021). 『教養悪口本』. 光文社.

  2. Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.

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