あせ

一番死ぬかと思ったときの話

とにかく病院へ。「からあげを拭かなくなる薬をくれ」というニーズに答えてもらった。

医者にいろいろ事情聴取的に聞き出されたから、いろいろ思い出してしまった。とにかくフックになったのは「最ヤバだった話」だ。忘れないためにもここに記しておく。

僕もそこそこ長めに人間をやっているけれど、一番「死ぬかと思った」ときの話になる。

僕はそのむかし、躁鬱の地雷を踏んでしまった。そして、その症状は薬でなりをひそめた。
だが病気が寛解してからもアルコールは止まらなかった。一応薬も量は減れど飲み続けていた。これはもうラリって気持ちいいからだった。正直なところ、音楽もたくさん作れた。

しかし徐々に寛解したうつが戻ってきてしまった。0か1かというより、徐々に戻ってきたような感覚だった。薬に耐性ができてしまったのか、なんなのかは分からない。でもジリジリと、少しずつ、気付かれないように「脅威」は接近してきた。

視界は狭くなって、暮らすのも大変になってきた。移動に時間がかかるようになり、間に合わなくなることが増えた。

結果から見ると、薬による寛解は結局一年ほどしかもたなかった。

しかもやっかいなことに、今度は躁も連れて来てしまった。敵が増えているのだ。そしてどちらかと言えば、うつよりも、この躁の方がキツかった。

諸々マズイのだけど、一番困るのは何でもかんでも約束をしてしまうことだった。おまけに次の瞬間にはそれらを忘れてしまう。忘れる、という表現が適切か分からないが、なんというかいらなくなってしまうのだ。なぜそれを守らなきゃいけないかが、分からなくなって、優先順位が恐ろしく低くなるような感じだった。

仕事にせよ、遊びにせよ、結婚にせよなんにせよ約束しまくった。
とにかくやたらめったら確約と約束をしていた。ひどいときは何故か山口県に新幹線を飛ばして、初めて会った人間4,5人に50万円を貸す念書を書いたことがある。

当然、こんなことを繰り返していては社会的信用を無くす。まわりのひとは少しずつ僕と距離を置くようになった。
しかも物理的に働くこともできない。「出勤する」ということが、僕にはできないのだから話にならなかった。
それなのに、なぜかしょっちゅう新しい面接も受けに行ってしまっていた。もちろん、その事実も次の瞬間には忘れている。

飲み屋でたらふく飲んで、支払いをしないこともザラだった。何故か僕は「なんで俺が金を払わねばならんのだ!」と信じ込んでいるのだ。

ついには警察を交えての言い合いになるが、僕は自分の言い分が正しいと思い込んでいる。理は無いからどうしようもない。しまいにはブチギレて仕方なく払うという、店からしたら、もう災害でしかなかった。

さらに恐ろしいのが、僕は次の日に店に平然と現れるのだ。「入れるー!?」とか言って、出現する。店からしたら災害を超えて悪魔だったと思う。あっちは顔を覚えているのだから、そりゃ出禁だ。

そのころになると僕は、自分がどこで働いていて、どうやって何をしている人間なのかが分からなくなってしまった。
だけどそんなことはささいなことだ。躁の最大の問題はすべてに対して「大騒ぎするような問題ではない」と思っていることだ。

また反対に、落ち込み出すと信じられないほどの落差でバッドトリップしだす。めんどくさい。上がっている状態とのコントラストがひどくなるからだろう。

僕は次第に建物に入るのが急に怖くなるようになった。
「あそこに入ると二度と生きて出てこられないのでは」という、謎の脅迫観念にかられるようになった。

頭の中で「死ね」が鳴る日が増えてきた。これまた何故かは分からない。しかしリアルに聞こえるのだ。友達や親、女たちの肉声で「死ね」、「早く死ね」と鳴りまくる。

当時9階に住んでいたのだが、ある夜、落ち込みがひどくなって、「死ななければならない」という気持ちになってきた。鳴り響く「死ね」という罵倒は「死なないと大変なことになるぞ」という忠告、アドバイスに変わってきた。

3時間も4時間も「死んだ方がいいぜ」と「死なないとやばいヨ」が頭の中にバンバン反響した。僕はもうへとへとになってしまい、よし、わかった死のうと決めた。

死ぬと決めたはいいが、問題は方法だ。切腹は痛いし、手首を切るのは成功率が低い。スピリタスによる急アルもうまくいくか分からない。「首吊りかぁ・・・」と思うが、なんだか絵にならない。糞まみれになるらしいではないか。

包丁で頸動脈を切る、というのはなんだかラクそうだ。包丁を持って鏡の前に立つが、なんとなくしっくりこない。短刀やナイフならいざ知らず、「包丁」というのがダサイ。最期が家庭用というのは、ちょっとかっこわるい。ラストダンスぐらいきっちりクールにキメたい。

僕は「よし、高いところから飛び降りよう」と思った。9階なら大丈夫だろうが、念のため最上階にしておこう。14階からなら間違いなく死ねるはずだ。

僕は立ち上がって、部屋を出ようとした。よし行くぞ、いや逝くぞ、と。

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