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真夏より眩しい。夏の香りに思いを馳せて用。

夏。夏最高。田辺夏樹。この名前で冬が好きだ、なんて言えれば会話の掴みとしてはバッチリなのだろうけれど、夏樹が最も好きな季節は誰もが予想する通り、夏だった。しかも夏の中でも真夏が一番だった。

真夏は全てを許してくれる気がして好きだった。鼓膜が何枚も破れてしまいそうな爆音を撒き散らかしながら愛車のSUVで疾走しても、真夏なら許してくれる気がした。

冬なら17時には1日の終わりを予告するが、真夏はギリギリまで1日の終わりを太陽で隠してくれた。そのお陰で、気の知れた連中といつまでも遊ぶことが許されている気がした。

梅雨の時期に雲や雨に主役を奪われていた鬱憤を晴らす為に八つ当たり的にギラギラと光線と熱線を撒き散らかす太陽。

この太陽が沈みゆく様を眺めながら連れたちと海辺でビールを飲んだ。焦げた肉を食べることを試みるが、炭と化した物体は苦いだけで、すぐさま砂浜に吐き捨てた。バイト先の社員の愚痴、彼氏彼女の愚痴も好き放題に吐き捨てた。

太陽が粘りに粘って、最大限この地球を光らせてくれたにも関わらず、まだ光を求めた。真夏の太陽が寝静まった後の闇に、花火という光を灯した。未来への希望、願望、夢も同時に灯した。

話に夢中になっている時って、実は寝てしまっているのだろうか。そう錯覚してしまうくらいあっという間に時間は経ち、さっき沈んだはずの太陽がもう昇って来ようとしていた。

真夏の太陽が今日も本領を発揮し出した頃、爆音まみれだったSUVをサイレントモードにし、後部座席で心地良く眠る仲間たちを起こさぬように、それぞれの住まいまで送り届けた。

そして今日もまた誰かしらが招集をかけ、同じことを繰り返す。同じことの繰り返しだったけれど、夏樹はこの日々がたまらなく好きだった。


あれから10年。あの時と同じように、毎日は同じことの繰り返し。そこは変わらない。なのに今の日々は何故こうも楽しくないのだろう。あんなに大好きだった真夏が、一番苦手になってしまったのはいつからだろう。

勢いを増す太陽の光はサングラスを掛けさえすれば防げる。しかし、あの時と同じ歳の後輩が放つ光はどうやっても防げない。あの時は気づきもしなかったのだ。夢を語ることがこんなにも眩しいことだとは。後輩は堂々と宣言する。

「僕はここで経験を積んで故郷で夢を叶えるんだ。その為に今があるから、今大変なことなんて一つも無いんです」

あの時の夏樹たちもそんな事をよく言っていた。それがいつからだ。できないことを語ることをダサく感じ、できることを実直に成し遂げていくことこそがカッコいいと思い出したのは。

できることだけを成し遂げていき、できないことをしなくなったのはいつからだろうか。

正論ばかり並べ出したのはいつからだろうか。

正論でいくなら、真夏が好きだなんてありえない。真夏の太陽は人を殺す程に熱いし、干からびさせるし、森も燃やす。真夏だからって爆音を鳴らして良い訳も無い。ほら見ろかき氷だってすぐ溶けてやがる。

でもな、後輩は言うんだ。僕は真夏が一番好きですって。夏樹の周りだけだろうが、夢を熱く語る奴は決まって真夏が好きだと言いやがる。

だから夏樹は今、うんざりするほど真夏が苦手だ。

終わり

#夏の香りに思いを馳せて



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