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マッチングアプリ日記ep.6 甘やかな失望

「落ち落ち死ねないよな…」

IPAを啜りながら、ぽつりと同僚が言った。居酒屋の小さなテレビでは知床遊覧船報道がやっていて、例のラブレターが感傷を誘うように読み上げられていた。私は顔を顰めた。

「俺が死んだら、まず家族が俺のスマホのデータを漁るもんな。あの人たちは絶対やるよ。昔から容赦ねえもん。あーあ、スマホの日記、俺が死ぬと同時に消えるように実装してくれないかなあ」

この人、いつもこんな調子で本音を垂れ流しているのに、スマホで日記なんて書いてるんだ。私の中では日記って、口に出せない気持ちの掃き溜めみたいな場所だから、この人とはちょっと結びつかなかった。そんなことを思いながら、「それいいね」と頷く。

私はといえば、先ほど、アプリで知り合った人と初めましてで会ってきたものの、その後連絡が途絶えてこれはフェードアウトケースだなと察知し、甘やかな失望を味わっていた。そのタイミングで同僚から新店のクラフトビールを飲もうと誘われ、ここにいる。今日ほどビールに気乗りしたことはない。私はほんらいビールが好きではないが、この苦味、なかなか悪くないかもしれない。

最初のデートにしてはわりと気が合って面白かったかも、と思っていたのにその後フェードアウトらしいと察するときの、この甘やかな失望について、一度語り合っておきませんか?本日それをまた味わい、甘やか通り越してほろ苦さも感じるので、敢えてビールで苦さの知覚をすり替えているんですよ、私。

と語り始めたかったけれど、アプリをしていることをこの同僚には話していないし、なんだか気分的に話す気にもならず、私はちびちびとビールを飲むほかなかった。幸い、同僚はひたすらラブレター公開報道について持論を繰り広げていた。

前回、マッチングアプリで彼氏ができたのに気が乗らず別れ、その後も、たまたまその人とは合わなかっただけかもしれないという希望的観測のもと、アプリは緩やかに継続している。
この人よりはあの人、あの人よりもその人、なんてふうに取捨選択と比較検討を繰り返すアプリ的恋愛観にも、すこしばかり慣れた気でいたのだが、かの甘やかな失望を久しぶりに痛感したのが本日。映画や音楽の趣味、生い立ちもそこそこ似ていて、それなりに盛り上がったはずなのだが……?ラーメンの後ぶらりと入ったカフェでソーダで乾杯して色々話してそこそこ楽しんだつもりでいたのだが……?
タイプじゃなかったのか、あるいは合うかもと感じたのは私だけだったのか、LINEはもう続かなそうだ。

だがこんなことで失望していてはキリがない。それくらいありふれたケースだということは学んでいるし、私が相手に甘やかな失望を与えることもある手前、お互い様である。私にはもっとワリキリが必要だ。ここでいうワリキリは悲観的な意味ではない。常に一度きりのデート、と思いながら、この人も私と同じ社会で色々と思いながら生きているのねのスタンスで、せめて最大限においしくご飯を食べると言う心構えのことを言う。
その迎合において、胸キュンしたりケミストリーを感じるなんてのは稀で、もしそんな人に出会えたものなら、世の中も捨てたもんじゃないなあサプライズありがとう、くらいに思っておくことだ。
独り善がりにならないためには、相手には期待せず、自分の中で消化し切るということが必要だ。それは片想いにも至らないような出会い一つ一つにおいても言えることらしい。

「俺、このニュースでまず蘇ったのは、中1のときの苦い思い出なの。クラスのカースト上位のモテてた女の子と隣の席になった時に、何を思い立ったのか、国語のプリントの端にラブレター書いて見せたんだよ。そしたら後ろの席の奴がそれをひったくって、クラス中の前で読み上げられて公開処刑。あげくにその場でその子に振られたときは、いっそ死にたいと思ったわ。マジであの小さな社会を呪ったね…そう…晒される時にせめて死んでたら、羞恥心は感じなくて済む…死は救済ってか、この報道もだけど、社会の不条理には今でも失望させられるよ」

「甘やかな失望だ…」

「甘やか?苦すぎる失望だろ」

「IPAは苦すぎて無理だったけど、これはちょっと甘みがあるなって話」

一方的だったり、届かなかったり、そういう想いが、予期せぬ形で放り出される…ちいさな想いも、一世一代の言葉も、不可抗力で、ぽーんと。そうして気づけばもう自分の与り知らぬものとなる。世知辛い。不当だ。不条理だ。

でも、どれだけ、どれほどの失望を体感したり、見聞きしたとしても、めげずに人間に期待してしまうのがまた不合理だ。この人はきっと、次はきっと、なんてふうに思うしかないのだ。

「でしょ。お前はちょっとキャラメル感あるやつの方がいいかと思って」

この人もそうなんだな、と思った。変な話だけど、もしあなたが予期せず死んだら、あなたの日記くらい私が消去する。内容をいっさい読むことなく、だれかに読ませることもなく。恋愛にはならない関係だからこそこれからも尊敬したいし信頼されていたいし、失望を与えたりはしたくない。

そういう人間の存在に私はずいぶん助けられているのだ、本人にこのnoteを見せることは、恥ずかしくて到底できないけれど。

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