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短編小説|ナニモノ/ナニモノ/ナニモノ

ナニモノ/ナニモノ/ナニモノ


【1】
定期イベント/前日深夜/代理


アイドルになりたかった。

可愛い衣装を着て、ステージで歌って踊りたかった。

アイドルになれなかった。

可愛い衣装ではなく黒いパーカーを羽織り…明日のイベントの連絡をしている。

「あ、はい…セトリや照明演出の台本を先ほど送りました…宜しくお願いいたします」

今年で30歳の私は地下アイドルグループのマネージャーとして、月1の定期イベントの制作に追われていた。

6人組の女性アイドルグループ『TOWA』のマネージャー。

『TOWA』は地上と地下の間ぐらいに居る。

毎日毎日、私より一回り以上も下の子達のために走り回っている。

『マネージャー』と言えば聞こえは良いが…もはや何でも屋だ。

三年前…アイドルでも歌手でも、ましてやタレントでもない私は小さなLIVE&barで『歌い手』として出演していた。
やることはアイドルや歌手と同じで、《ステージで歌を歌う》わけだけれど…ハードルが下がる気がして『歌い手』と名乗っていた。

地下だとしても『アイドル』や『歌手』なんて名乗るのは私にはハードルが高かった。私にとって聖域であり神聖な言葉。

私みたいなナニモノでもない奴がアイドルや歌手になんてなれるわけがない。なっていいわけがない。

何となくそうやって誤魔化しながら…ナニモノなのかをはぐらかしてステージに立っていた。

その時に出会ったのが現事務所の社長。

彼に拾われて、このアイドルグループのマネージャーになった。

地下アイドルに詳しく…動画編集が出来て…車の運転も出来る。イベント制作もグッズ制作も何となくわかっている私は便利な存在だったのだろう。

私も昼に事務仕事をして、週末だけ歌い手をする生活よりは良いかなと引け受けてしまった。

私はナニモノで…ナニモノになりたいのだろう。

そんなことを考えながらセトリを確認していると電話が鳴った。

「おうミサキ」

社長だった。

「ルル、明日無理かも」

「え?」

「熱ヤバいらしい」

「あぁ…あんまりそういうの言わない子だからマジっすね…」

過労かな。地下アイドルとはいえ、センターの子の仕事量は肉体労働としてえげつない。

ルルちゃんの心配よりも先に『私も熱をだして倒れたい…』なんて思ってしまっている私はマネージャー失格だ。

「流石に厳しそうですね…裏方さんにセトリとか演出の変更送りますか?」

「あ、いやお前がセンター出来ないかなって」

「は?え?」

何言ってるんだこの人。

「ミサキも昔はアイドルやってたし、明日は定番曲だけだし、いけるやろ」

いけねえよ。いけるわけねぇわ。

「いやいや…アレ歌い手ですし…」

「ステージに立ってたんだから一緒だろ。そういう企画ってことでさ『マネージャーがセンターをやる』って緊急企画」

社長…チケット代を返金したくないだけだろ…。

「い、衣装は?」

「ルルのでいける?マネージャーなんだから頼むな」

「ちょ…社長」

電話を切られた。

言い出したら聞かない社長だ。

絶対にマジでやらされる…。

マネージャーなんだから頼むなって…マネージャーの業務にアイドル代理なんてあるのかよ。

メンバーから預かって洗濯して干していた衣装がすぐ後ろに干してある…恐る恐る着てみた…。

衣装を…着れてしまった。

私は衣装を着たまま…またセトリを確認した。


【2】

定期イベント/開場前/楽屋


私は子供の頃、誰でも知っているアイドルグループにベタに憧れた。

『どうせアイドルになんてなれるわけがない』と感じる冷めた子供だったからこそ、アイドルへの憧れは日に日に強くなっていった。

『私という現実』と『アイドルという幻想』は対な存在だった。

『どうせなれるわけがない』という思考が勝ち、服飾系の学校に進学した。

今から12年程前。

アイドルブームの影響でじわりじわりと東西で地下アイドルが増えていた。東京や大阪以外にもチラホラと大手ではないアイドル文化が根付き始めていた頃。

『もしかしたらアイドルの衣装をつくる仕事が必要になるかも…』とアイドルを諦めるため…また別の難しさがある夢に私はシフトした。

後に『アイドルの衣装をつくる仕事』が求められる時代が来たから読みは合っていた…が食えるほどでもなく、いわゆる開店休業…。

今では、その頃の経験を活かしてメンバーの衣装は私がつくっている。なんてコスパの良いマネージャーなのだろうか。いやマネージャーの仕事なのだろうか。

そんな事を考えながらルルちゃんのカラーである赤にマネージャーである私のカラー…なんてないけれど黒のワンポイントを足してみた。

割と良い感じ…。ギリギリまで細かな衣装の修正をしながら、セトリを覚える。ダンスも歌詞も間違えたくない。

「ミサキさん、今日お願いします!」

メンバーのリナちゃんだ。

「あ、うん。お願いします」

何て言って良いかわからないから、堅苦しくなってしまう。

「緊張しないで~笑顔笑顔」

「緊張するよ~オタクの皆に嫌われるよ…私きっと」

「そんなことない~、物販の時にマネージャーさん可愛いねって良く言われるもん」

「え?そうなの?」

「うん!昨日の夜ね、生配信で明日はマネージャーが出るって告知したら盛り上がったよ~。ルルちゃんも配信で見るって言ってた!」

告知もしないで欲しかったし…ルルちゃんもみないで…。

「そ、そっか。頑張るね」

リナちゃんは純粋に声をかけてくれたのだろうけれど緊張は増した。

会場の400キャパの会場。

地下と地上の間ぐらいの世界…。

オタク達がゾロゾロと入ってくる気配がしている。

満席…。

「もうすぐ開演だぞ~」

と普段なら私がやる役を社長がしてくれている。

舞台袖でマイクを渡される。

一気に緊張が増す…。

オープニング曲が流れ…私はメンバーと共にステージに飛び出した。

「ミサキ!ミサキ!」

私の名前を呼んでくれている…ナニモノでもない私を眩しすぎるライトと声援がナニモノかになったかのように讃えてくれている。

無我夢中で身体と喉を震わせた。

そこからの記憶は全くない。

気がついたら楽屋にいた。

「ミサキお疲れ。ナイスファイト」

「あ…お疲れ様です」

「お前~チェキの列すごかったな」

「あ…ありがとうございます」

「物販売上げは給料に足しとくから安心しろなぁ」

そんな心配はしてなかったけれど、ここでやっと…ホッとした。

何とか無事に定期イベントは終わった。


【3】

定期イベント/3ヶ月後/事務所


「ミサキ、ちょっと良いか?」

事務所で作業をしていると社長に呼び出された。

「あ、はい」

「ルルの代役で出てくれた定期あったやん」

「はい」

「ありがとうな、助かったわ」

「いえ…」

「ちょくちょくメンバーも忙しくなって、来れない時に代役して貰ってるやん?」

「なんとか、はい」

「んで新衣装つくるから、ミサキ用の衣装も作ったらってメンバーも言うから、ノリでつくったやん」

「はい、つくらせて貰いました」

「あれ…お前のだけ、スカート短くて胸元ザックリなのナニ?」

「え?」

「え?やないねん。目立とうとしてんの?」

無意識だった。

いや、年寄りの私なんかが出来ることは脚を出すことだと言う頼まれてもいないサービス精神かもしれない。

「ほんで、この間6人全員揃ってる時もステージ出てたけどナニ?」

「あ、いや、メンバーが出ようって言ってくれて…」

「お前からやなくて?」

「あ…いやどちらからともなく…」

「ミサキさ、個人のSNSはじめた?」

「あぁ…はい」

「そう…なんかアイドルの代役をするマネージャーとして売れようとしてる?」

「別にそんな…」

「ちゃんとマネージャー業もしてくれてるならええんよ…俺はグループが売れたら何でもエエし、特殊なマスコットみたいな感じでお前が第七のメンバーみたいになるのもええし」

よかった。

「でも…そのさ…ルルに来たオーディション…お前が行って落ちて帰ってくるのやめてくれへん?」

「え…」

ヤバイ。

「いや、先方から連絡あって、マネージャーさんだけ来て、なんか衣装に着替えて待ってましたって言われたんやけど。事実?」

「すみません…」

「マジかよ…」

沈黙。空調の音しか聞こえない。

ラジオに救われていた青春が時を経て私を暴走させた…。

「地域FMのパーソナリティーのオーディションというか顔合わせにさ、マネージャーが一人で衣装着て行くのはワケわからんから。ラジオやから衣装関係ないし」

「すみません」

正論過ぎる…。

「せめて受かって?」

「すみません」

「ルルも笑ってたからええけど」

「はい…あの社長…」

「ナニ?」

「私がスケジュール管理、イベントの台本制作、メンバーへの連絡、外部との連絡、YouTube撮影、衣装制作、ドライバー、グッズの発注…ほとんど私がやってます」

私の中でナニカがキレた。

「うん…ナニ?」

「私辞めたら…TOWA回らないですよ」

「うん…せやな。で?」

「アイドルさせてください」

「いや…もうなんかしてるやん」

「アイドルの代役をするマネージャーじゃなくて、マネージャーもするアイドルが良いです」

「どうちゃうんそれ?」

「気持ちの問題ですよ」

「ほな、自分でなんとかせえよ」

確かに。

「そんな本当の事言わないで下さいよ!」

正論しか社長は言わない…だから社長なんだ。

「落ち着け…ナニが言いたいの」

「30歳にもなって…一回り下のアイドルに紛れてアイドルしたいとか言うマネージャーは最低最悪だって…何で言ってくれないんですか」

「いや、だからマスコットとして、フックになるからええねん別に。俺がきっかけ作ってもうたしな。でもマネージャーとしてメンバー潰すのはちゃうやんってだけ」

「ルルちゃんにも…オタク達にも…嫌われてる」

「いや変だとは思われてるやろけど、嫌われてはないよ」

「変だとは思われてるんですね…」

だって変やん、と社長は言った。

明日の名古屋の対バンにはルルが来れないからお前頼むなと言って社長は事務所を出ていった。

クビはまのがれた様だけれど…変だと思われている事実で胃が痛くなった。


【4】

ナニモノ/ナニモノ/ナニモノ


アイドルになりたかった。

なれなかった。

マネージャーになった。

ちゃんと出来なかった。

アイドルもやるマネージャーなのか、マネージャーもやるアイドルかのか…良くわからない私が今ここにいる。

あの日…

「アイドルとしてとか、マネージャーとしてとかはエェから、普通に今まで通り皆のために頑張るミサキでいてくれ」と社長に言われてなんだかホッとした。

居場所が出来た気がした。

第七のメンバーにならなきゃと勝手に焦っていた自分に気がついたのが大きい。

私は私として『TOWA』のために居れば良いんだ。

衣装のスカートの丈を修正しながらそう思う。

電話が鳴った。

社長からだ…。

「え?社長…熱?明日来れない?うわ…対バンの前にめちゃ大事な打ち合わせもありますよね…ん~わかりました!なんとか私やっておきます!」

ナニモノでもない私は名前や立場にこだわって生きてきた。

でも、気がつけば私は私という絶妙なバランスでTOWAに必要とされている。

私はナニモノになれなくても私だ。いや…ナニモノでもない私の組み合わせがダレでもない私をつくっている。

明日の業務はマネージャー兼アイドル兼社長…あ、ドライバーもか。これが今のミサキの仕事だ。

私はミサキだ、ココに居る、ミサキだ。