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照明を売って、燭台を買う

まぁ人生は色々と予期せぬことが起こるものだ。いや、予期せぬ事が大半と言って良いだろう。こんなに大きなカラダになるなんて予期していなかったもの。年を重ねるにつれて、予期せぬことが起こるのだということを予期できるようにはなり、加えて、その9割方があまりよろしくない出来事だろうと予期できるようになった。

これも予期せぬ出来事だが、訳あって今は実家で居候生活。気づけばもうこの生活を2年も続けているではないか。一度出た家というのは手放しで居心地の良いものではない。実の家のはずなのに。出た家はその瞬間から実の家として殿堂入りのようなものを果たし、どこか遠い存在になる。

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たまに帰るには良いものだが、居候をせざるを得ない状況というのはまぁそんなに良くない状況なわけで、羽を完全に折りたたんで休めるわけではない。なんとなく羽が常に半開きなのだ。もちろん羽などないし、肩甲骨剥がし方法を時折リサーチするほど凝り固まってはいるのだが。

居候になる申し訳なさ的なものを感じつつ、だからと言って家事や家の諸々のことに積極的に取り組むのも照れくさく、家賃めいたものを振り込むこともせず、ただ血が繋がっているのだからの一点張りで盛大に甘える自分に嫌気もさしている。

半ば強制占拠してしまった納戸に、要不要の判別がつかず、雑多に転がされた前家の荷物がある。もはやどれがたたき台段階の案なのか、最終のものなのかわからないから全部取ってある生命保険の書類や、飲み残した薬、腱鞘炎になった時に作った手首の装具などが元はクリアだったであろう黄ばみ茶ばみを帯びた衣装ケースの引き出しに格納されている。何故か衣装ケースの枠はなく、引き出しだけがある。

そもそも生命保険は、担当のおばさんがやたらエロい雰囲気で馴れ馴れしくボディタッチしてくるのがうざったくて解約した。電話して担当に繋ぎますと言われても困るので、わざわざ窓口に出向いて解約したのだ。「エロさが暑苦しいので担当を代えてください」なんて言えないもの。

私の名誉のために言っておくが、色仕掛けで契約したわけではないからね。契約までは別の人だったのに、契約後の担当が急にエロかったんだから。契約後の担当がエロいことも予期できていれば良かった。枕営業ならまだ理解できるが、アフターサービスがエロいという画期的なシステムを採用している。

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そんなごちゃごちゃっとした中に照明が3つ埋もれている。LEDのシーリングライトに、インダストリアルな雰囲気のライト、真鍮とガラスのきれいなライト。どれも新居に移り住むためにワクワクした気持ちで新調したものだ。

取り付けられる場所を失い、コードをざっくりまとめられた状態で不憫にも天井ではなくだらりと地面に横たわっている。光り輝ける場所を奪ってすまない。場所が変わっただけで、ただの自立しない邪魔塊に変わり果てる。そんな姿を自分と重ね合わせ、さぁ別のところへ行けとOFF HOUSEに持ち込んだ。ついでにそのほかの不用品もかき集めて。

結果、全部で1,650円だった。安いものだ。しかし、安いぶん価格以上の価値提供をしやすいはずだ。期待値を下げておいたから、次の場所を自分のペースで照らせ。

メルカリでちょっとでも高く売った方が良かったのでは…との気持ちが芽吹きはじめたところで、いやいやと首を横に振り、散髪に向かい、スーパー銭湯に向かい、ケンタッキーに向かう。辛いチキンサンドとクリスピーチキンとメロンソーダを買い、パク、パクとリズミカルに頬張る。気持ち良く得たお金を使い果たし、代わりに涼しくなった頭と口内のひりつきを獲得して家に帰る。

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しかし、使っていなかった照明のくせに、いざなくなってしまうとぽっかり穴が開いたようとは言わないが、一抹の寂しさを覚える。都合の良いものだ。だからと言って、新たな照明を買っても取り付けるところはない。空間の雰囲気をガラリと変えかねない照明の類に居候が首を突っ込むなんてあり得ない。居るだけに候、それが居候。変えてはいけない。

だから、私は小さな燭台をひとつ買った。ころんと丸い球体の燭台で、中央でぱかんと分かれて一方が燭台、片方がお香立てになる。

火を灯し、23時ごろにこっそり癒されるのだ。私が普段過ごしている部屋は夜は両親の寝室になる。もう少しで両親が寝に来る。早めに火を消して、窓を細く開ける。冷たい風が入ってくる。心を整えていた痕跡を外に逃し、部屋の空気を私が居た前の状態に整える。1階に降り、仏間に敷いた布団に潜り込む。

まだ湯たんぽの熱は回っていない。


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