「短編」さよならの前の神様。14
キツネの嫁入り。
キナコは目を覚ますと神社へ向かった。
息を切らせながら階段を駆け登るとふーっと大きく息を整え境内を進んだ。
見ている光景は白のキツネの方。
キナコは恐る恐る近づいた。
自然と目があう白いキツネ。
キナコはキツネの左側にある桜の木を見た。
老木。どれくらいここにいるのだろうか。
桜の木にしては幹が太い。
桜の花びらは弾けそうなくらいの蕾や、少し開きかけているものもあり、平均して六分咲き程度。
「お願い。もう少し。もう少しだけ待って下さい」
キナコはそう心の中で呟くと振り返り走り出した。
ばっちゃのいる家へ走る。やだやだやだやだ。足をもつれさせながら全力で走った。
「ばっちゃ。多分六分咲き。桜六分咲きやった」
「そうかい。なら後二日か三日くらいかね。天気予報も明後日、明々後日は雨やしね」
「ばっちゃーーうち、どうなるんやろか」
「どうもならんよ。普通じゃ。普通。さてご飯の支度をしようかね」
ばっちゃは慌てた様子もなくご飯の支度を始めた。
ご飯を食べ終わり、キナコは少しだけ夜の散歩に出かけた。落ち着いていられなくなり街を見て回った。
気づけばとぼとぼとぼとぼ学校まで歩いていた。
施錠された校門の脇を歩き校庭のフェンスの前。
自分の教室は3階の角のクラスで席は後ろから2番目。
「あの辺か…」
キナコはボーッと学校を見ながら沢山のことを思い出していた。
電球が切れかかった街灯がバチバチと音を立てながら点滅している。
「楽しかったな。沢山話したし、沢山遊んだし、恋もできたな。でも、後ちょっとだけいたかったな。あやのちゃんうちがいきなりおらんくなって大丈夫やろか?他にも心配かける人おるな…」
…。
「白川先輩。心配してくれるかな?」
心に押し込めてた思いが口を裂いて出てきた。
ずっと我慢していた思いが、溢れてくる。
「だめだ。だめだ。思い出しちゃだめだ。しまわなきゃ。これはしまわなきゃ。」
涙に鼻水。キナコはフェンスを握り泣いた。静かに泣いた。
鼻水を啜ると同時に自分の気持ちも心の中にしまい直した。
「帰ろうかね。後の時間はばっちゃと過ごしたけ。最後はお小遣い叩いてばっちゃに最後の親孝行せな、神様のくせに罰のあたる」
きた道をとぼとぼ帰る。
畦道を歩いた突き当たり、オレンジの光が灯っているのが、ばっちゃのいる居間。
「そっか。ばっちゃとも離れてしまうんか」
とぼとぼとオレンジの光に向かう。
夜なのに太陽みたいに明るい我が家。
引き戸を開ける。
「ただいま」
「おかえり。キナコ冷えたやろう。お風呂入り」
「なーばっちゃ…」
「なんね?」
「うちのおらん様になったら寂しい?」
「寂しいよ」
「後少ししたらばっちゃの前からおらん様になるとよ?寂しくなかとね?」
「キナコのおらん様になったら寂しいよ。でも、心配せんちゃよかよ。ほれ、お風呂に入らんね」
「うん…」
少し熱めのお湯。でも慣れたら温もりが芯まで届き悲しい気持ちを暖かく和らげてくれる。
「ばっちゃはうちの神様やね」
お風呂を上がると、居間に大きく寝転んだ。
畳が冷たくて気持ちいい。
部屋を見渡す。
柱に彫られた自分の成長記録。
五歳キナコ。六歳キナコ。
柱の横に並ぶ。
柱にあたる尻尾を前に持って来て両手で抱える。
「腰あたりかな?チビやったね。今頃はばっちゃの方が大きくて悔しくて、魚の骨も良く噛んで食べよったっけ?」
ばっちゃがお風呂から上がってくるとキナコはばっちゃに「ばっちゃ。今のうちばここに掘ってくれんね」っと柱に体をくっつけた。
ばっちゃは台所から椅子と油性マジックを持って来ると、椅子に上がり印を付けた。
キナコ15歳。線の横にそう書いた。
「ばっちゃの身長も越えたね」
「すぐ越えたの。キナコは好き嫌いなく食べたけ、大きくなったんよ。偉かったね」
椅子の上からばっちゃは頭を撫でてくれた。
頭から生えた耳が萎れた。
ばっちゃに褒められると本当に嬉しい。これが嬉しいけ何でも頑張れた。
「なー。ばっちゃは本当うちの神様みたいな人やね」
「そんな事なかよ。ばっちゃはキナコのばっちゃたい」
「ばっちゃ、もう何も怖くなかよ。ありがとう」
「いんや。よかとよ」
ばっちゃは頭を撫で終わると抱きついてきた。
ばっちゃの洋服は太陽の匂いとぬか床の匂い。畳の匂い。少しだけシャンプーの匂いがした。全部ばっちゃの匂いで小さな事から知ってる匂いで小さな頃から好きな匂い。
「ばっちゃもキナコとずっと一緒やけこわくなかけんね。約束やけね」
ばっちゃの体温が暖かくなった。
ばっちゃの涙は静かだった。
初めて見たばっちゃの涙は悲しかった。
少しだけの嬉しさを隠して。
「うちもばっちゃとはずっと一緒やけね。何回も何回も約束したけ」
ばっちゃの頭の後ろに手を回した。
その日は夜遅くまでばっちゃとおしゃべりをした。
全部ばっちゃと私の思い出話。
続く
tano
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