短編ファンタジー小説『夢のハワイ、ハワイの夢』#3カミガムの森へ
#3カミガムの森へ
バスは小さな駅の前に停まった。
救援のドライバーはここまでで、後は列車で移動する、ノープロブラム!と、現地のガイドが声高に告げる。
単線の鉄道で、駅は列車の行き違いのために造られたようだ。平屋建ての小屋のような駅舎の前に、とってつけたような小さなロータリーがあって、そこから短い駅前通りがある。いかにもひなびた家屋の一軒は雑貨屋で、SevenStars Martとペンキの禿げかけた看板が見えた。
プラットホームでしばらく待っていると列車が入ってきた。見るからに立派な列車だ。が、これはリザーブド・エクスプレスなので、私たちは乗れないとガイドに言われた。激安ツアーだからだ・・。
リザーブド・エクスプレスの列車は豪華で2階建てだ。1階は大きな窓があって、中はビュッフェスタイルのレストランになっているのが見える。キラキラしたシャンデリアがぶら下がって、白いテーブルクロスがかかったテーブルが並び、真ん中に様々な料理が大皿に盛られている。何を取って食べてもいいのだそうだ。
2階はコンパートメントで、客船のキャビンのようにベランダがあってデッキチェアが置いてある。景色を見ながら山盛り食べ放題しながらお泊まりしながら移動する豪華列車の旅・・。
列車の最後尾は展望車で、手すりに「JTBツアー御一行様」と金のプレートがついていた。
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豪華列車と行き違う線路上には、どこから来たのか貧相な手漕ぎのトロッコが集まってきている。
トロッコ台車の上に板を渡して、その上に籠が何個も積んである。籠の中にはバナナか何かの果物やら、葉っぱに包んだ食べ物のようなもの・・、それら得体のしれないものを豪華列車の乗客に売りつけようとしているのだ。
「喰らわんか舟」のようなものだな、と思う。
千円!千円!安いよ安いよ!社長さん!・・、というような意味のことをトロッコの売り子が叫ぶ。
売り子はプラットホームにいる私の姿も見えているはずだが、こっちには目もくれない。千円も出さないし社長さんでもないことが分かっているのだ。商売人は勘がいい。
しばらくして豪華列車が出発し、物売りのトロッコも去り、私たちの乗るべき列車が来た。
先ほどのトロッコよりはましだが、天井は幌で、壁はなくて、木のベンチが並んでいる。床板もなく、はしごのような枠組みだけなので足下からレールと枕木が見える。足先がスースーする・・。
列車が走り出した。今乗った小さな駅の名はMEZAKで、カミガムの森に行くには次のAYABで乗り換える。ガイドが配ってくれたイラストマップに、そう書いてあった。
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駅を出てすぐ、両側が崖の切通しを過ぎると、パッと視界が広がった。
水郷地帯だ。大きな湖、沼か? の真ん中をまっすぐに線路が続く。列車は水面に浮かんでいるようだ。床板がないので(ついでに壁もないのだが)、足下すぐに水面が迫っていて時々しぶきが上がる、思わず足を上げる。
水面は鏡のように光り、私が乗った列車の影を映している。速度が上がり、湖面を渡る風がほほをなでる・・。気持ちいい・・、と無理やり思うことにする。
遠くの山並みの中腹あたりに高速道路が見える。時々走っている車が、太陽の光を反射してきらりと光る。車で行けばよかったのに・・、とも思う。
線路が右にほぼ90度カーブする地点を過ぎると、鉄橋が見えてきた。
もとは赤い色だったらしい鋼鉄を組み合わせた錆びたトラス橋だ。川幅は割とある。中州を2つ3つ越える。ガタンガタンと車両が揺れる。
鉄橋を渡り終えると、民家が線路に迫ってくる。AYABの街に入った。
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カミガムの森に行く乗り換え列車まで、2時間ほど待たなくてはいけない。
その間、市内観光をせよとガイドが言う。
さほど魅力的な街とは思えないので、知らん顔をしていたら、「無料だ、ツアー料金にインクルードだ」と睨まれ、駅前に停まっていたタクシーに押し込まれた。
タクシーはあっという間に市街地を抜け、小高い丘に差し掛かった。
「給水塔の丘」に行くらしい。しばらく上ると道が行き止まりになって、そこから先は歩けと言われた。
低い木と芝生の丘をぶらぶら登る。
丘の頂上に確かに「給水塔」があって、AYABの小さな街が見渡せた。それだけのことだった。
>>第4話『#4カミガムの森の入口』へつづく
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