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対話と僕①:対話との出会い

・はじめに

この3年間、毎月対話を実践してきて色んな体験をしてきた。
そろそろ対話でどんな体験をしたのか、何を期待しているのかを言語化していこうと思う。
表現を重ねていくことで僕にとっての対話がどんなものか見つかる事を少しだけ期待している。

初めに僕が対話と出会ったきっかけを書いていこうと思う。
これを書くには僕自身の体験からくる文脈と娘とのコミュニケーションからくる文脈の二つを話す必要がある。

・対話との出会い:僕自身の体験

先ずは僕自身の体験からくる文脈をまとめていこう。
仕事上マネジメントをする機会が多く、ファシリテーションという概念に興味を持って書籍を読んだりセミナーに参加したりしていた。
ファシリテーションから掘り下げていくとコーチングやリーダーシップ、ワークショップに触れることが多く、次第にワークショップに参加するようになった。
そして様々なワークショップに参加していく中で『哲学対話』に出会った。

色んな定義があると思うけど、僕にとっての『哲学対話』はお互いの思考や価値観を出し合って新しい意味を探っていくものだ。
モヤモヤが言語化されていく過程がとても面白く、テクニカルなものではない純粋な相手への興味関心が自身のモヤモヤの言語化に繋がる事を掴んだ気がする。
これを重ねていくことで自分が自分を受け入れられていく感覚も覚えた。
あと、その場でなんとなく実践されているコミュニケーションに存在する暗黙のルールの重要性も感じたけどそれはまた別のお話。

・対話との出会い:娘とのコミュニケーション

次に娘とのコミュニケーションからくる文脈を書いていこう。
話には聞いていたけど3歳くらいに訪れるいわゆる「なぜなぜ期」が僕にとってはとても衝撃的だった。
心理学的には「質問期」と言われるこの時期は(全てに答えてる余裕は全くない…)という親の思いをよそにバンバン質問が来る。
そこには多くの大人が持ち合わせている「知らないって思われたら恥ずかしいから質問しない」という妙なプライドが存在しない。
そんな事より興味関心が勝って抑えられない状態だ。

こちらの回答に対しては「そーなんだ!」とか「それってどういう事?」という素直なリアクションが続く。
キリのない質問攻めは正直かなり辛かったけど、純粋な興味と回答を受け入れる姿勢が僕にとっては新鮮だった。
大袈裟かもしれないけど興味関心と他者受容の繋がりを感じた気がする。
それと娘にはこの感覚を持ち続けてほしいとも思った。
この辺りの細かい話もまた別の機会にしようと思う。

・書籍紹介

こんな感じで『哲学対話』と『娘の純粋な興味関心』が対話をやってみようと思うきっかけになったわけだけど、最後に対話を学ぶ上で僕が読んできた書籍も紹介していきたいと思う。
・梶谷真司さんの『考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門

題名の通り『考える』という事をテーマに哲学対話について語られている。
具体的な事例もあって入門書としては最適な一冊だと思う。
興味がある方は是非。

こんな感じで対話に関することをつらつらと書いていきたいと思う。
今までなんとなく得るものがあって良さそうなツールだった『対話』を改めて言語化して自分の頭を整理していく。
まとめていく過程で新しい発見があれば楽しいし、徐々に対話を通じて目指したいものが見つかるかもしれない。
まぁ先ずは肩肘張らずに対話で感じていることを言語化していこう。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
先日実践した『匿名対話』の所感をまとめようと思ったら先ずは自分の頭を整理する必要があるなと思って書き始めてみました。
僕が勝手に始めたことだけど、継続するモチベーションに繋がるのでリアクションしてもらえると嬉しいです。
次回は僕が実践してきた対話をいくつか紹介したいと思います。

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