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ここはオアシスだね

近所の川。

それは、それは、汚い緑色の川なのだ。

藻が無数に川面を彩り、匂いも芳しくない。

川の底など見えるはずない。

週1回、近所の店でタバコを買う。

その為には、この川を渡る必要がある。

橋の途中で別の音楽に切り替えようと

スマホをポケットから取り出す。

スマホを持つ手がいつもより緊張した。

この川に落とせば

二度と戻らないであろう。

人が溺れていれば

躊躇なく飛び込めるだろうか。

勝手にこの川を汚いものだ。と決めつけた。

帰り道。

藻が浮かんでいる川を眺める。

水中はどうなっているのだろう。

魚の家族がいるのかなあ、なんて考え始めた。

「お母さん、この川いいよね。」

「誘拐もないし、安心するね。」

「プランクトンも美味しいね。」

「そうね。ここはオアシスみたい。」

僕が汚いと思った場所にも

誰かの豊かさが存在しているように思えた。

自分が持ち合わせている思想であるが

別の角度で言葉を得た気がした。

疏水。

滋賀の琵琶湖から京都に水を運ぶ川。

幼い時の思い出が蘇る。

両横には反り立つように傾斜がある。

びっしりと緑色の苔がひばりつき

川面は藻で覆われている。

藻と藻の間を眺めていると

魚がゆらゆらと泳いでいる。

鯉はたまに浮かんでは口をパクパクしていた。

ごめんね、僕は何も持っていないんだ。


幼いとき、父は落ちて、死にかけたらしい。

イタズラに魚を手掴みしようと。

両横の傾斜に住む苔で滑り、這い上がれず。

ただ、流れるしかなかった。

叔父さんが棒を使って助けてくれた。

魚のオアシスに踏み入れるべきでなかった。

帰省すると、疏水は浄化されていた。

苔や藻は綺麗に排除され、川底がくっきり。

遊覧ボートが音を立てて、前に突き進む。

乗船されている人達。

川を眺めている僕に手を振る。

僕はぎこちない笑顔で、手を振り返す。

魚のオアシスはもうなかった。

街。

街は長い間で見れば

期間限定を繰り返す。

何度も繰り返す、再開発。

街をより活発に。美しく。

同じ土地を掘り返し

街は永続する。

立ち退き。

汚いと見做された川の水中に竦む

人や生物は移動を余儀なくされる。

再開発のおかげで

新しい人が流入、新しいオアシスが出来る。

再開発をしなくとも

誰かのオアシスで在り続けたと思う。

喫煙所。

魚が泡を吹いている。

随分遠いところまで来た。

場所があるだけいい。


僕が汚いと思う川は
誰かのオアシスかもしれない。

僕のオアシスは誰かにとって
汚い川に見えるかもしれない。

全員のオアシスって
存在しないのだろう。

父が疏水で死にかけたように。

人が疏水を綺麗さっぱりしたように。

再開発で人や生物が追いやられるように。

川面で決めつけるのではなく
汚い水中まで想像すること。

さすれば各々のオアシスの間に
少しずつ水が繋がるかもしれない。

インターネットの世界も
余り変わらない気がする。

オアシスに特別はないが安らぎがある。

空虚をパクパクせずに

足るを知るを食べる事で見つける。

ここはオアシスだね。

誰れもがどこかで感じられるように。

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