やっぱり皮がスキ 28

J⑩

 く、苦しい。腹がグイグイと締め付けられていく。
 オレは拘束具で椅子に縛り付けられ、眼にはアイマスク、口にはビットギャグを咬ませられている。涎が顎を伝って落ちていくのを感じる。
「ジェファーソン・ジェンキンス曹長、貴様には機密情報を他国のスパイに売り渡した容疑か掛けられている」
 ガチョウの声が反響した。ホプキンス旅団長か。
 知らない。オレはやっていない。と訴えようとしたが、その声はギャグを通してモガモガというノイズにしかならなかった。
「フォートスチュワート陸軍駐屯地の資材調達に関わる重要な秘密をロシアの息が掛った女スパイに売り渡したな?」
 ロシアだと? オマエが放ったスパイだろうが!
「どうだ? 異論はあるか?」
「モガモガモガ・・・」
 反論しようにも何も云えないじゃないか。せめてギャグだけでも外してくれ。
「見返りに何をもらった? イカした女だそうだな? 愉しい夜を過ごせたのか?」
 違う! いや、全く違うワケじゃないけど、でもオレが喋ったのは、コリアンドラマオタクの調達部隊長のことだけだ!
「貴様はこれから24時間の監視下に置かれる。自殺の恐れがあるため、拘束されたままだ。食事の時だけビットギャグは外してやる。いいか、弁護士を雇うことも認められないぞ。これは軍法会議ではなく、旅団長権限による裁定事項だからだ」
 何だと、自由の国アメリカで、そんな横暴が罷り通るのか?
「では、ハヴァ、ワンダフォーライフ!」
 待て、待ってくれ! オレはただ、調達部隊長がパン屋からパクだかキムだかのサイン色紙を貰ったと云っただけだ!
「モガ、モガモガモガ・・・」

 そこで目が覚めた。
 なんだか日本に来てから、おかしな夢ばかり見るな。
 最初に視界に飛び込んできたのは、マドカが大きく口を開けて、何かを食べようとしている光景だった。
 そうだ、旅の途中だった。クルマは停まっている。口元をそっと拭うとベットリと涎が付いていた。
 マドカは何かを食べた後、舌を出して手でパタパタと扇いでいる。辛いのだろうか? そのコミカルな動作に笑みを浮かべた時、目が合った。
「Good Morning」
 そう云ってから翻訳期のスイッチを入れた。
「何を食べてるの?」
「鶏皮の唐揚げ。食べる?」
 皮だけ? 日本人は変なモノを食べるのだなと思いながらもチャレンジしてみることにする。
 「いただきます」と云って一切れつまんでみた。
「ウマい! アサヒが飲みたくなるね」
 と、もう一切れいただいた。
「辛いものは大丈夫ですか?」
「メチャクチャ辛いのはダメだけど、これくらいの辛さはちょうどいいよ」
 クルマはコーナーストアのパーキングに停まっていた。どうやらハイウェイは降りたようだ。
「もう着いたの?」
「うん。残り20分ほどですが、集合までまだ4時間以上あります」
 オレはどのくらい眠っていたのだろう? ヨコハマのサインを通過したのは覚えてるんだけど、マドカはその後もずっと運転していたのだろうか?
「マドカ、疲れたろう? 少し眠ったら?」
「辛いものを食べたら目が覚めた。暇つぶしになれる場所があるのかな。まるで観光です。探してみよう」
 そう云ってマドカはスマホを操作し始めた。
「いいとこある?」
「えっと、寺社とか、株式会社クジテックとか? 注射針の工場見学も。そして、どこでUFOを見つけましたか? それは何ですか?」
 注射針とかUFOとか、急に何を云ってんだ? もしかして、近くにUFOが見られるスポットでもあるっていうのだろうか?

 どうやら、有名なUFO画像の撮影場所が近くにあるそうだ。あの有名なジャパニーズUFOの画像は、もちろんオレも知っている。菜の花畑の上空に浮かんだアダムスキー型UFOで、どこかほのぼのとした印象だ。まるで、ギブリ・スタジオのアニメーションの1コマのよう。しかし、実際に行ってみたその場所は、大して広くもないパーキングになっていた。
 そこで記念写真を撮って、レストランへと移動した。目覚めたばかりのハヤトは、寝起きだからか何だか機嫌が悪そうだ。そういえば、アレのことをすっかり忘れていた。クレーンゲームで取ったガンガルのフィギュア。ハヤトにプレゼントしようと思っていたのだ。
 レストランに到着して、オープンまで数分の時間があるというので、ハヤトをクルマの外に連れ出した。
「ハヤト、プレゼントだよ」
 ディパックから取り出したガンガルを差し出す。
「おぉ、ニューガンガル・フルバーストだ!」
 そう叫んだハヤトの表情が一変した。
「これの何が問題なのですか?」
 いや、問題とかってことじゃないんだけど。
「クレーンゲームで取ったんだよ。 一発で。ハヤトにあげようと思って持ってきたんだ」
「くれませんか?」
 だから、あげるって。
「もちろん。ここまで来られたのは、ハヤトのおかげだからね」
「ありがとう!」
 良かった。ハヤトに元気が出てきた。
 ガンガルを翳していろいろな角度から眺めている。よっぽど好きなんだな。そこまで喜んでもらえると、こっちまで嬉しくなってくるよ。
「レストランがオープンしました。行こう」
 マドカの声に促されても、ハヤトは手を一杯に伸ばしてガンガルを眺めていた。

 食事の後、マドカが風呂に行こうと云い出した。そういえば、昨日からシャワーもしていない。ずっと冷房の効いたクルマの中だったとはいえ、少し身体がベタついている。
「おっ、いいねぇ。オレも風呂入りたい!」
 と答えると即決して、風呂へと向かう。なんでも巨大な公衆浴場だという。いろいろな種類の風呂があるとか。お湯に浸かるだけなのに、種類があるとはどういうことだろう? ま、行ってみれば判ることだ。
 ロビーでマドカと別れ、ハヤトと共にメンズ・ゲートを潜る。翻訳機が防水仕様かどうか聞いていないが、念のためロッカーに置いて行こう。ハヤトとなら言葉が通じなくたって、なんとかなるだろう。
 うわーっ、すごい! いろんな風呂があるし、天井が高い! 明るい!
 サッと身体を洗って、まずは一番近い浴槽に浸かる。気持ちいい。風呂を発明した日本人を尊敬する。まだまだ他にも沢山の風呂がある。泡が出ている風呂や、滝のような湯を浴びるのも風呂のスタイルの一つなのだろうか。どうやら外にもあるらしい。ようし、全部入るぞ。
 風呂から上がると、ハヤトが赤い顔をしてフラフラしていたので、水分を摂らせてやろうとドリンクコーナーへ連れて行った。そこでハヤトが勧めたミルクボトルに入ったスキンカラーの不思議な飲み物を買って、ロビーへ戻ると、マドカがソファーで眠っていた。
 やっぱり疲れてたんだな。まだ10時だ。時間はあるから眠らせておこう。少し離れたソファーで肌色のドリンクを口に含む。トロみがあってかなり甘いが、フルーティな風味のおかげでなんとか飲める。隣で一息に飲み干したハヤトは、すぐにウトウトし始めた。10歳にして初めての親元を離れての旅だし、慣れないクルマでの長距離移動だ。子供なりに疲れているのだろう。
 さて、この先のことを考えておかなければ。
 ハヤトの伯父さんはケーヨー大学の研究者だというが、どこまで話して大丈夫なのだろうか? まずは、シキシマ・ラボについて、そして、Japan Robotics Societyについて。この伯父さんが、シキシマ・ラボの関係者であれば手っ取り早いのだが。そうであったとして、ドクター・ミラーの手掛かりは掴めるだろうか? ガンガル・プロジェクトのことはどこまで話して良いのだろうか?

 ふと気が付くと、眠ってしまっていたようだ。
 そして、隣で眠っていたはずのハヤトがいない。
 廻りを見渡すと、マドカはさっきと同じソファでまだ寝ているようだ。ハヤトはどこだ? 更に周囲を見廻すと、いた。窓の向こうの芝生の上で、プレゼントしたガンガルで遊んでいる。
 時計を見ると11時30分を少し過ぎていた。ぼちぼち出発した方が良いだろう。
 マドカのところへ行き、軽く肩を叩く。
「マドカ、起きて。そろそろ出発しよう」
 んん・・と可愛い唸り声を上げながら、目を擦る。
「ん・・。何時?」
「もう11時30分だよ」
「11時? 11時30分?」
 驚いた様にパキっと目を見開いた。ようやく目が覚めたようだが、すぐに落ち着いた様子を取り戻した。
「私はすぐに行かなければなりません。仲直りしますから、ちょっと待ってください。ハヤトくん?」
 仲直り?
「ハヤトは外で遊んでる」
 窓の向こうを指さした。
「じゃあそろそろ準備します。ハヤトくんを連れてください」
 そういうと、マドカは早歩きでトイレへ向かった。「トイレに行く」ことを日本では「仲直り」と云うのかな?

 涼しかったロビーから外に出ると、湿度の高いムワッとした空気に包まれた。アリゾナも湿度は高いと云われているが、日本の蒸し暑さは別格だ。その中で平気な顔で遊んでいるハヤトはタフだな。
「ハヤト!」
 後ろから呼び掛けると、緩慢な動作で振り向いた。
「そろそろ出発するよ。マドカもすぐに来るし」
 一度ロビーの方を見たハヤトが、真剣な表情でオレを見上げた。
「ねえ、ジェフ・・・」
「なに?」
「ジェフはガンガルを開発していますよね? 平和のためですか? それとも戦争に勝つために?」
 またその話か。しつこいなぁ。子供なんだからそんなこと気にしないで「ガンガル格好いい!」ってはしゃいでればいいじゃん。
「オレは軍人なので戦争になれば勝つために戦うよ。そして勝つためには、戦車でもガンガルでも強力な兵器が必要だ」
 ハヤトの円らな瞳が真っ直ぐにオレを見ている。その真剣さに気圧され、遠くの方に視線を逸らした。
「でもね、戦争は怖いから本当は行きたくないんだよ。世界は平和であるべきだよ」
 ハヤトに視線を戻すと、小さくコクリと頷いた。
 納得してくれただろうか。

『やっぱり皮がスキ 29』へつづく


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