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「世代の多様性」が大切なワケ

column vol.1135

今朝、スギオカカズキさんが、先日私が書いた記事をご紹介くださったのですが、スギオカさんの「若い世代との感覚の違いを楽しむ」というお考えに大変共感いたしました。

私は仕事でも、プライベートでも「世代の多様性」を大事にしています。

なぜなら、若者の感性から時代の気配を学び、先達の理性から物事の本質が学べるからです。

その心は?

本日は、そんな話をさせていただきます😊


「邪道」はいつか「王道」となる

調べ物をインターネットで行うなんて邪道だ!

私が、20年以上前、前職で新卒コピーライターとして働き始めた時に、当時30代の先輩から言われた一言です。

まだ、ようやくパソコン全員に支給されているか否かの時代。

その頃の先輩コピーライターたちは、「調べ物は図書館」でというのが常識でした。

大学時代、普通にインターネットを使っていた私からすると、「えっ!?何で、そんな非効率なことするの…?」と、「変な常識」と思ったものでした…😅

そして今の私はというと、先輩が放った一言大切な本質があると捉えています。

…まぁ、その話は一旦置いておいて、今の時代はどうでしょう?

コピーライターのみならず、インターネットを一切使わず、調べ物をしている人はどれほどいるでしょうか?

きっと、今でいう「chatGPT(生成AI)を使うなんて邪道だ〜!」という意見も、20年後には笑い話になっているような気がしています😊

つまり、時代の変化によって最初は「邪道」と思われていたものも、月日を積み重ねることで変化が社会全体に浸透すれば「王道」になる。

その邪道をいち早く取り入れられるのが、若者たちの真新しい感性と言えます。

若者との対話で時代の解像度を上げる

時代の気配をすっと飲み込む力は、まるで新品のスポンジのようです。

もなるべくスポンジでいたいのですが、やはり油にまみれ、使い古されたスポンジなので吸収率が悪くはなっています…(笑)

私はよく若者との対話や、意識調査を積極的に行っているのですが、それは時代の変化の先端を感じたいからです。

もちろんその変化は、私たち中高年にも影響を与えているのですが、一番色濃く生活の中で体現しているのが若者たちだと思っています。

例えば昨年、当社のインターンシップに参加したに、「他の生徒とLINE交換したの?」と聞くと、「えっ??LINE交換なんて、重い子だと思われるから、みんなしないよ」と言われて、驚いた私…(汗)

今はSNSでフォローし合うなど、まずは緩やかにつながるわけです。

ここから「つながり過ぎの時代」が色濃く伝わってきます。

実際、昨日の【「脱スマホ」ムーブメント】で、アメリカの若者の間でガラケー(最低限の機能の携帯)が人気という話をしましたが

素直に「ガラケーいいじゃん!」と思って買っちゃう若者たちと、「何か一つ前の時代に戻っちゃうような気がしちゃう…」と、スマホ疲れ&離れに理解しつつも、「ガラケー=古いもの」と感じてしまう私たち大人世代の感覚は、ちょっと違う。

(もちろん、若者でもガラケー愛用者はまだまだ少数ではありますが…)

いずれにせよ、素直に時代の変化を吸収している若者たちを見つめることで、時代の解像度を上げるようにしているのです。

中高年は「理性」を磨く

そして、先達からいつも学ばせていただいているのが「理性」です。

物事の「道理」、つまり「本質」を見抜く力(経験値)が大人世代にはある。

それはきっと、長い人生の中で酸いも甘いも嚙み分けてきたことによると思います。

例えば、「正論は時に人間関係を崩す」とか、「現状維持は衰退」など、人生経験を積み重ねてきたからこそ分かることもあるわけです。

20年以上前に、先輩から言われた「調べ物をインターネットで行うなんて邪道だ!」という言葉も、利便性だけを追ってしまう足元掬われるという人生の本質があります。

そうした気づきを経て、最近ではこの理性の力を磨くことが、今の私に必要なことだと感じています。

最近、「若者に厳しくしてはいけない」と社会全体でセンシティブになっている風潮がありますが、この問題の本質は何なのでしょう?

これは立場が上の人がその権力を行使して、下の立場の人に圧力をかけてはいけないですよ

という話ですね。

一言でいえば、「パワハラは良くないよ」ということが本質。

でも、一方で「叱る」ことは必要ですよね?

理性によって本質に到達する

叱る怒るはよく混同されがちですが、日本経営心理士協会代表理事の藤田耕司さんはこのように整理してくださっています。

『怒る』とは自分の中で生じた怒りをぶつける行為、つまりその目的は『攻撃』です。でも叱る目的はあくまでも部下の行動変容。そこに怒りの感情は本来、必要ありません」

〈AERA.dot / 2024年2月8日〉

あくまでも、叱るというのは、部下がより成果成長を手にするための行動変容を促すことに本質があります。

つまりは「教育」ということなのですが、そこはプロの世界

厳しさは伴うものになりますが、この教育(厳しさ)がなくなるというのは、若者にとっても不幸です…

実際、「ホワイト(ぬるま湯)過ぎて、会社を辞める若者」も増えていると聞きます。

〈東洋経済オンライン / 2023年1月23日〉

これは、まさに教育(叱ること)が組織で欠落していることで起きている若者の不安心理

元プロ野球選手のイチローさんが昨年、北海道の旭川東高校での指導の際、学生野球を取り巻く指導の環境について

「今の時代、指導する側が厳しくできなくなって。何年くらいになるかな」
「これは酷なことなのよ。高校生たちに自分たちに厳しくして自分たちで上手くなれって、酷なことなんだけど、でも今そうなっちゃっているからね」

などと仰っていることからも、教育の現場でも本質への解像度が下がってしまっていると感じます…

若者に教育(厳しさを教える)ことは大切だけど、パワハラ(怒る)はしちゃいけないよ

と、改めて人財育成についての本質を整理することが必要なのでしょう。

そして、その本質に到達するために、理性の力が求められるわけです。

世代間対話が組織を強くする

こちらも叱るのであれば、部下からも「叱ってもらう」

私はそういう組織が理想だと思っています😊

最近、一橋大学名誉教授の野中郁次郎さん「野生の経営」というお考えに大変感銘を受けました。

〈Forbes JAPAN / 2024年2月8日〉

この中で「知的コンバット(格闘)」というお言葉が出てくるのですが、それについて、このように仰っております。

ブレイクスルーをもたらすイノベーションの種が生まれるか否か。それは、忖度や妥協を許さない知的格闘(コンバット)とも呼ぶべき率直な対話ができるかどうかにかかっているという。「ホンダの競争力の源泉となっている、徹底的な議論を行う『ワイガヤ』は知的コンバットの場であるが、本田宗一郎とクリエイティブペアだった藤澤武夫が、天才なき後のホンダを憂えて、つくったもの。年齢や役職、部門を超えて、一人ひとりの潜在能力を解放し、知恵を結集する全員経営そのものだ

忖度や妥協を許さず、年齢や役職、部門を超えて、知恵を結集する。

そんな時にパワハラなんてしていちゃダメなワケです。

そして、世代の上下を超えて、お互いに敬意を持ちながらも「叱り合う(成果・成長を促す)」

私も

「池さん、もっとこういうことに取り組んだ方がビジネスチャンスが広がるんじゃないですか?」
「こうしたことを導入した方が、生産性が上がるのではないですか?」

など、たくさんの意見が欲しいと思っています。

若者の高い時代の解像度と理想論を組み込みながら、大人世代の人生経験に紡ぎ出された理性の力で研磨する。

私の理想の組織とは、そんなイメージです😊

〜というわけで、今後も世代間対話を続けていきたいと思います!

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