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【序文小説】手羽先唐揚げと強引な共通性についてのアレゴリー

金曜の午後七時。

大阪梅田東通りを二人の男が歩いていた。

冬の終わりとも、春先とも言える三月上旬は、湿り気のある生暖かさと、粉っぽさ(花粉によるものだろう)が入り混じり、粘りこい空気感だ。

梅田東通りは、様々な看板たちで彩られている。

あかあかとした焼肉屋の電飾看板、控え目に沈んだパープルのホテルの看板、黒くちりちりと光る下着屋のサイン、壁に取り付けられたパイプ状の細く青いネオンはモダンな中華料理屋のもの、見慣れた某居酒屋チェーン店の電飾…その中を二人の中年男性が横並びで歩く。

ひとりは大山。ふとぶちの眼鏡が似合う彼は、発色の良いみどり色のスプリングコートに身を包み、グレーのニューバランス996(おそらく限定品だろう)とともに、やや小股歩きで、ある店に向かっていた。

もうひとりは小山。かなり痩せ型の彼は少し大きめのベージュ色のバルマカーンコートに着られ、沈んだ赤茶色(茶赤ではなく、赤茶だ)のローファーとともに、少し大股で、ある店に向かっていた。大山よりやや背があるようだ。

彼らは職場の元同僚で、アメリカ系企業で働いていた。現在は別々の職場で働いている。

大山はデータ関連を扱う仕事をしている。彼はデータから特徴や関連性、共通性を見つけ出すことを得意としている。

小山はマーケティングをしている。現在は「苦くてまずい、のどごしがどろりとして食べにくい、ただ(彼が言うには)健康にいいはず」というケミカル風ストロベリー味の健康食品(それが何に良いのかはよくわからない)を様々な手段を駆使して販売している。

二人の「山」が歩を進めるその先は手羽先の「世界の山ちゃん」だ。

苗字に「山」を持つ二人は「世界の山ちゃん」へも謎の共通意識を持ち「山ちゃん会」を定期開催していた。

今日は四半期ぶりの「山ちゃん会」だ。それぞれの歩幅は違うが、二人は同じ目的を目指して、やや急ぎ目に歩く。

※※※

二人の目的は、手羽先唐揚げとビールだ。

黒胡椒と白胡椒のスパイスを身に纏い、カラリとした油であげられ、サクリとした歯ざわりが心地良い手羽先唐揚げと、中ジョッキのビールである。ビールジョッキは汗をかいていることが彼にとって必要最低条件だ。

大山と小山は、前を歩く若いカップル(彼らは何やら知らないアニメのキャラが骨付き肉をほおばっているフィギュアをかばんから下げていた)を追い越し、かなり年上に見える沈んた服を来たアベック(ごましおの男性の赤みがかったスーツは金がかかっていそうではあるが、くたびれていて、歩くだけで骨が折れるような雰囲気だった)とすれ違い、不思議と威勢が良く肉付きの良い案内所の客引きの男性(彼は力士のようにパンパンと手を叩き注目をひこうとしていた)に目もくれず、酒屋の前掛けをつけた若い男性の「居酒屋お探しですか!」(彼は断らない限りどこまでもヒヨコのように着いてくる勢いだ)をやりすごした。

そして、約十分歩き続けると、二人を不思議に愛嬌がある鳥人間の看板が出迎える。

いつもの山ちゃんだ。引き戸を開けた。

※※※

席に着くとすぐに、二人は手羽先から揚げを五人前、生ビール二杯、そして生キャベツを店員に告げた。

生キャベツは大山のお気に入りで、にんにく風味の醤油タレがざくぎりの生キャベツにたっぷりと絡んでいる。口にするとキャベツの新鮮さと、歯ごたえに加えて、にんにくの風味がたまらない。これがビールの爽やかさと非常に合うのだ。

テーブルには骨を捨てるための銀のツボが置かれていた。

手羽先唐揚げが来るまで、二人は次の注文に備えてメニューに目を通す。

「あ、キムチチャーハンが無くなっている」とか「じゃあ台湾焼きそばというのが変わりにあるのでそれを」などと話をしていると、そこに「遅れてきてすいません」と中山が合流した。

※※※

中山も彼らの同僚だった。彼女は現在職場を離れ、美術史を研究している。

つまり、偶然にも三人の山が同じ職場で働いていたことになる。いや実はもうひとり本山も同じ職場で働いていた。彼が最も手羽先を愛していたが、痛風がちでこの日は参加が難しかった。

手羽先唐揚げ五人前が届かぬうちに、生ビールをもう一杯注文し、三人は生キャベツをぱりぱりと楽しみながら主役を待った。

「記憶にも残らないような会話」を楽しんでいると、ふとした流れから「美術を研修していると、無理やり何か共通性を見つけて特徴づけてるなと感じることがある」と言った。

こんな内容だ。

例えば、西洋絵画である時代の裕福な家庭の風俗画があるとする。仮にニワトリが裕福な家庭の絵で集中して登場するとニワトリは富の象徴とみなされるようになる。反対に、お金が無い人々の家庭の絵に肉を食べ終わったような骨が集中していたとすると、それは貧しさの象徴とみなされる。

それを聞いた小山が「無理矢理、共通性を見出す点で言うと、子供とポケモンに王貞治の共通性を見つけた。」と言う。

※※※

王貞治のイニシャルは S が入っているだろ?そのサトシの最初のライバルはシゲル。これは長嶋茂雄なんだよ。シゲルとサダハルは同じチームの仲間だから、切磋琢磨した結果、仲良くなった。

そして最新のシリーズは、ゴウとコハルがでてくる。僕は決定的な共通性に気がついたんだよ。

ゴウとサトシとコハルを続けて読むと、音がさ、オウサダハルに聞こえるんだ。

そして三人がそろって初めてライバルの王者ダンデに勝つ。王者ダンデは”ダンデライオン”から名前が取られていると思ってる。ライオンは王貞治が巨人の監督だった時のライバル、西武ライオンズの象徴だ。

※※※

山盛りの手羽先唐揚げ五人前が三人の前に運ばれ、話はそこで遮られた。

三人がほぼ同時に手羽先唐揚げを手にとると、指にダイレクトに手羽先唐揚げの熱さが伝わってくる。揚げたてであることがすぐにわかる。贅沢だ。

口に近づけるだけで、湯気とともに香る胡椒が鼻を刺激する。

前歯を上手に使い骨を避け、唐揚げを口にする。バランスの取れた黒胡椒と白胡椒の風味が舌を刺激し、その香りが口から鼻に抜けると、からりとした油と鶏肉の味わいが一体となり、冷たいビールが欲しくなる。まだしっかりと冷たくジョッキに汗をかいたビールを流し込むと、彼らの「山ちゃん会」の目的は達成だ。五人前の鶏肉はすぐに無くなるだろう。追加を注文する。裕福な時間だ。

ニワトリとともに、映る三人の姿はおそらく裕福に見えるだろう。

※※※

彼らが食べた手羽先唐揚げの骨が、銀色のツボに一杯になると、「山ちゃん会」の終わりを意味する。彼らは席をたった。

銀色のツボと、骨だけが残った。

(終)

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