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患者・家族と在宅医療チームの信頼を築く➃

 70 代のGさんは、子どもたちが独立したあとは、夫婦2 人で生活していました。
 3 年前、Gさんは自宅にいるときに脳梗塞を発症。妻が気づいて救急車を呼び、病院で治療を受けました。このときは治療が早かったこともあり、大きな後遺症もなく回復することができました。
 しかし、1 年ほどして再び脳梗塞を起こして入院。Gさんの手足には軽い麻痺が残るようになりました。本人が懸命にリハビリを続けて、杖をついて自力で歩けるまでは回復しましたが、そののちに妻ががんで他界し、1 人暮らしに。
 その後は介護保険サービスでヘルパーに家事を手伝ってもらい生活していましたが、年とともに少しずつ体力の低下が進んでいるという状態でした。

 Gさんの家の近く、車で20 分ほどの距離に住んでいるのが、仕事をもつ50 代の娘さんです。
 娘さんは、母親が亡くなったときに1 人暮らしになったGさんを心配し、同居も考えたとのこと。しかし独立心が強いGさんは、1人で自分のペースで生活するというので、そのまま近居で週に1 回程度、週末にGさんの様子を見に行く生活を続けていました。

 そんなある日、Gさんが室内で転倒し、骨折。病院の紹介で退院後から、当クリニックが在宅療養の支援に入ることになりました。Gさんは治療の末に退院しましたが、以前にも増して歩行が不安定になっています。ケアプランを考える際、以前にGさんがデイサービスの利用を嫌がったことがあるということで、とりあえずは月1回の定期訪問診療と、以前のような訪問での家事支援からスタートすることにしました。
 責任感の強い娘さんは仕事をしながら、週末に加え、平日にも何度かGさん宅に通っていましたが、徐々にトイレや入浴などの介助も増え、精神的にも体力的にも負担が大きくなっていたようです。疲れた表情でいることが増え、「職場に迷惑を掛けられない」「仕事を辞めたい」という言葉が出てくるようになりました。

 悩んでいる様子の娘さんに気づいたヘルパーからの連絡を受け、当院の医療連携室が娘さんに時間を取ってもらい、お話をすることにしました。
 医療連携室からは、「独身の娘さん自身の将来の生活のためにも、仕事を辞めないで済む方法を一緒に考えましょう」と提案。
 そしてケアプランを見直し、デイサービスを増やして通所先の施設で、食事や入浴を済ませられるように変更しました。併せてヘルパーの訪問回数も増やし、平日は娘さんが通って介護をしなくても済むかたちにして、仕事と介護を無理なく両立できるスタイルをつくりました。


【解説!】

家族だけで、介護を頑張ろうとしなくていい

 介護を始めたばかりのご家族では、まじめで家族思いの人ほど、「家族である自分が面倒をみなくては」と頑張ってしまう傾向があるようです。
 しかし、事例のGさんの家庭のように、高齢の親を介護するのは、働き盛りの世代であることが少なくありません。平日の日中はフルタイムで仕事をしていて、帰宅したあとや週末はすべて介護の時間となってしまうと、介護をする側の人が疲れ果ててしまいます。

 Gさんのような脳梗塞や心臓疾患では、介護期間は少なくとも年単位になり、平均介護期間は3~5 年とされています。認知症や老衰の場合、介護期間がさらに長く、介護生活が10 年以上続くケースもあります。
 長期にわたり、家で在宅療養を続けるためには、介護をする家族にも負担の少ないかたちを考える必要があるでしょう。


「仕事は辞めないでいい」とアドバイス

 介護する人が仕事をしている場合、私たちは「仕事を辞めないでいい」とアドバイスしています。40~50 代の人が介護離職をすると、介護が終わったあとに年齢的に再就職が難しくなるケースがあります。その結果、親が亡くなったあとに、中高年の子どもが生活に困窮してしまう可能性が出てきます。
 2015 年に安倍内閣が「介護離職ゼロ」を掲げて以来、国も働く人や職場に向けたさまざまな施策を行っています。働きながら介護をする人を守るための各種制度も充実してきています。ちなみに現在の介護休業制度には、以下のようなものがあります。

・介護休業(通算93 日まで、介護休業を取得できる)
・介護休暇(対象家族が1 人の場合は年5 日まで、介護休暇を取得できる)
・所定外労働の制限(介護が終了するまで、残業を免除)
・時間外労働の制限(月24 時間、年150 時間超の時間外労働を制限)
・深夜業の制限(午後10 時~午前5 時の労働を制限)
・所定労働時間短縮等の措置(短時間勤務、時差出勤など)
・不利益取扱いの禁止(介護を理由とした解雇などの取扱いを禁止)
・ハラスメント防止措置(介護を理由とする嫌がらせ等を防止)

 介護保険サービスと併せて、こうした制度も活用し、仕事と介護の両立を図っていただきたいと思います。


【事例7で知ってほしいポイント】

● 高齢の親の介護では、仕事をもつ40 ~ 50 代の子ども世代が介護者になるケースが多い。

● 介護は長期にわたることも。最初から家族だけで頑張ろうとし過ぎると、疲弊して介護離職につながるケースもある。

● 40 ~ 50 代の介護者が離職をしてしまうと、介護が終わったあとに生活に困窮することもある。できる限り、仕事を辞めないで済むケアプランを検討する。

● 介護保険サービスのデイサービスや訪問介護などをうまく活用すれば、多くの場合、仕事と介護の両立が可能。

● 国も「介護離職ゼロ」を掲げており、介護休業制度なども充実してきている。

引用:
『事例でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎