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患者・家族と在宅医療チームの信頼を築く⑤

 Hさんは、70 代後半の男性です。Hさんはもともと食べるのも飲むのも好きな方で肥満があり、長く糖尿病も患っていました。
 そして4 年前に脳出血を経験。救急車で運ばれて一命はとりとめたものの、体を動かすことはできなくなり、食事も胃ろうを作ってそこから栄養をとる形になりました。
 半年ほど病院で治療とリハビリをしたあと、本人もご家族も「家に帰りたい」「帰らせてあげたい」という意向があり、在宅療養に切り替えることになり、当クリニックとのお付き合いが始まりました。

 Hさん本人は、70 代の妻と2 人暮らしです。すぐそばに長女一家が住んでいて、長女夫婦は共働きだったため、孫たちが学校帰りにHさんの家により、遊んだり一緒に食事をとったりするなど、いつもお互いの家を行き来している仲の良いご家族でした。
 Hさんの妻も高齢でしたが、この長女一家が介護のサポートをするということで、在宅療養が始まりました。

 Hさんは、身体的には全介助でしたが、意識ははっきりしており、簡単な会話はできる状態でした。
 そこでケアプランでは、月2 回の定期訪問診療と訪問看護、ヘルパーによる家事援助などを基本にしました。寝たきりで体が固まってしまわないよう、週1 回訪問でリハビリもすることに。座った姿勢を保持して車椅子に乗ることができれば、ベッドから離れられるので、車椅子に乗る練習をしようかという話も出ていました。

 ただ、全介助のHさんが終日家にいるようになり、時々医療・介護のスタッフが出入りをすることで、それ以前とは家の雰囲気が変わったようです。いつもHさんの家で遊んでいた孫たちも戸惑った様子で、心なしか前よりも元気がありません。
 そうした家族の気詰まりな雰囲気を察した長女さんが、あるとき1つの提案をしました。それは「小学生の孫たちが学校の宿題で音読をするのを、おじいちゃんに聞いてもらう」というものでした。

 Hさん夫婦もその提案を喜んで受け入れてくれ、それから孫たちは学校帰りにHさんの家に行き、おやつを食べたり遊んだりしたあとに、Hさんの横で教科書を読む宿題をするようになりました。
 孫たちは、おじいちゃんに音読を聞いてもらうことで張り合いができますし、おじいちゃんがにこにこして聞いていることがわかるとうれしそうにしています。
 もちろんHさん本人も、寝たきりになって在宅療養を始めてから、少しよそよそしくなっていた孫たちがベッドの横に来て、元気な声を聞かせてくれるのがとてもうれしい様子です。
 そうした交流を続けるうち、孫たちも寝たきりになったHさんと家族としてごく自然に関われるようになり、家族の笑顔や会話も増え、ふたたび家の中がほがらかになったようです。


【解説!】

寝たきりの人にも、家族としての役割があるといい

 この事例のように要介護になった人が、在宅療養を始めて家にいるようになると、家の中の雰囲気や家族同士の関係性が、微妙に変わることがあります。
 特に要介護度が高い人、寝たきりの人は、すべてにおいて誰かの手を借りなければ生活ができません。そのため、家族の中で自分が“お荷物”になっていると感じてしまうことがあります。
 そうなると、たとえ介護をする側は「家にいてほしい」「進んで介護をしたい」という気持ちでやっていたとしても、介護を受ける側は「家族にいつも迷惑を掛けて申し訳ない」という気持ちが強くなり、せっかく住み慣れた家に戻ったのに、心からくつろげないということにもなりかねません。

 家族というのは本来、家族のメンバーの中でそれぞれが自分の役割をもっています。そのうえでお互いに助けたり助けられたりしながら、家族という社会が成り立っています。
 しかし、在宅療養をするようになって「介護する側・される側」という関係だけになってしまうと、どちらか、あるいは双方にとって居心地の悪い環境になってしまいます。

 その点、Hさんのご家族は、たいへんすばらしい関係をつくられたと思います。
 Hさんの長女さんは介護職で、介護の現場をよくご存じだったこともあると思いますが、寝たきりでも会話ができるHさんにとって、「孫の宿題の音読を聞く」のは、まさにぴったりの役割です。
 介護を受ける側は身近な人たちに対して「悪いね、ありがとう」を繰り返すばかりになりがちなところを、逆に「(音読を聞いてくれて)ありがとう」と言ってもらえる。寝たきりの人でも、家族の中で役割があることで、自分も家族の役に立っている、家族の一員である、という感覚を取り戻すことができます。

 もちろん、要介護度やその人の環境によってもできることは異なります。しかし在宅療養中でも、介護を受ける側の人が介護をする側の人から「ありがとう」と言われるような、何かそういう瞬間が少しでもあると、要介護になり、寝たきりになった人でも、人としての尊厳が保たれるように思います。


家族にも「やってあげること」があることは大切

 Hさんの家庭の事例は、小学生の孫たちにとっても、学びの多い貴重な経験になっていると思います。
 少し前まで元気で一緒に遊んでくれていた祖父が急に要介護になり、寝たきりになってしまった。そういう姿を見るのは、孫たちにとってもつらいはずです。どうしても悲しい、かわいそうといった感情が先立ち、どう接していいかわからず、戸惑ったと思います。

 そこで「おじいちゃんに音読を聞いてもらう」という具体的な目標ができたことで、孫たちも祖父のHさんに無理なく接することができました。さらに音読をすればHさんがほめてくれ、喜んでくれる。それによって孫たちは「自分にもやってあげられることがある」と実感でき、家族の一員としての自信がつきます。

 私たち在宅医療チームでは、在宅医療を始めた家庭のご家族間の関係にも目を配るようにしています。介護する側・される側がどのような関係で、どういう関わりをしているか。それによって在宅医療の続けやすさ、心地よさも変わってきます。
 要介護の人と介護者がうまく関われていない家庭に対しては、声掛けや介助の仕方などをアドバイスすることもあります。
 在宅療養のなかで、家族が互いに支え合っていると感じられる自然な関わりがあると、それが将来の「良い看取り」にもつながります。


【事例8で知ってほしいポイント】

● 寝たきりなど、要介護度が高い人が家に戻り、在療療養を始めると、家庭の雰囲気や家族の関係が変わることがある。

● 要介護度が高い人は、生活すべてにおいて人の手を借りなければならないため、自分を家族の“お荷物”のように感じてしまうことがある。

● 介護を受ける側が、周りに「迷惑を掛けて申し訳ない」という罪悪感にとらわれないためにも、何か家族の中で「役割」をもてるようにするのもよい。

● 介護をする側の家族も、それぞれの立場で要介護の人に「やってあげられること」があるとよい。

● 在宅療養をしている間、家族同士の間に自然な関わりがあり、互いに支え合っている感覚があると、介護によって家族の絆が強まり、良い看取りも実現しやすくなる。


【Column】
家族とたくさん話そう。それが「人生会議」

 在宅医療や介護の現場で、ここ数年で注目が高まっているキーワードに「ACP」があります。ACP とは、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)の略です。
 急な病気や事故で命の危機が迫ったとき、約70%の人は受けたい医療やケアを自分で決めたり、人に希望を伝えたりすることができない状態になるといわれています。その結果、命の終わり際に望まない延命治療を施されるなど、不幸な最期を迎える人も少なくないのが現実です。
 そこで万一、自分の意思が伝えられない状態になっても、自らが希望する医療やケアを受けるため、日頃から自分がどんな医療・ケアを受けたいかを考え、身近な人と話し合い、共有しておこうというのがACP のコンセプトです。
 2018 年に、厚生労働省がこのACP の愛称を募集し、「人生会議」に決定しました。
 ACP 愛称選定委員会の委員の1 人でもあるオレンジホームケアクリニック理事長の紅谷浩之医師は、「(延命治療をするか否か、死ぬ場所はどこかなどを)決めなくてもいいのでたくさん話をすることが大切だと思います。あなたのことを知っているみんなで話しながら、迷いながら進んでいくこと、結論を話すのではなく過程が大切です」と説明しています。
 身近な、大切な人たちと「もしものときにはどうしたいか」「人生の終わりまでの時間を、どこでどう過ごしたいか」といったことを話し合うから“人生会議”なのです。
 在宅療養をしている方々も、家族や親しい友人、在宅医療チームのメンバーたちと折に触れ、たくさん話をしてほしいと思います。

引用:
『事例でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎