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【記憶より記録】図書館頼み 2312#1

 いよいよ今年も終わりが近づいてきましたね。
 とは言え「終わりは始まり」なのだから、悲観する必要はありません。何しろ、人生は諸行無常で万物流転。ここまで来たら、河童よろしく流れに身を任せ、年の瀬と言う岸辺に漂着できれば御の字と・・・。

 とかなんとか言っておりますが、今日はクリスマス・イブでしたよね。
 我が家は、極々質素に済ませてしまうので、クリスマス気分もへったくれもないのですが、件のおばちゃま手作りのシュトーレンで、ほんの少しだけ祝祭気分を味わいました。うん、それで充分(微笑)。

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 それでは、クリスマス・イブに更新する記事にしては無粋に過ぎるかもしれませんが、12月の「図書館頼み」を備忘して参りましょう。

1:熊楠と幽霊
  著者:志村真幸 発行:集英社インターナショナル

 私が敬愛する人物の一人に南方熊楠みなかたくまぐすがいる。
 同時代を生きた学者(官僚)柳田国男と比較しても、より繊細で、且つ人臭を感じさせる存在として、不遜ながらも親近感を抱いている。

 しかし、熊楠が歩んできたキャリアの中で、如何せん共感し難い点があった。それは、彼が神秘的・超自然的な分野に執心していたことである。この事実は、熊楠の人物像や来歴に触れている本の中にも記されることが多いので、ご存知の方も少なくないだろう。
 もっとも、熊楠のこうした気質かたぎや傾向は、彼を育んだ環境(和歌山県)や英国・米国での生活に闘病体験(スペイン風邪)、そして彼の幅広い研究対象やバリエーション豊富な成果を鑑みれば十二分に理解できる。
 さわさりながら、彼のオカルティズムに対する没入の度合いに違和感を禁じ得ないのである。この点が、熊楠と真正面から向き合おうとした時に、ある種の精神的な境界を感じてしまう要因になっていたのだ。

 閑話休題。そろそろ本書の感想を綴らねば。
 つまるところ本書は、私の感じていた「精神的な境界」幻影であったことを示してくれたように思う。

 やはり、熊楠は冷徹なまでの客観性をもった研究者であった。
 彼がオカルティズムに興味を持ち、研究に至るだけの下地が十分に備わっていたことに違いはない。けれども、妄信に誘うようなバイアスが働くことを抑制する意思(信条)を有していた。
 
熊楠は、オカルティズムの実験や研究に関して「大家の保証すら信用するな。」「他人の手配など当てにならない。」と語っている。
 即ち、熊楠の研究態度は、懐疑的といってもよいほどの冷静さを内包していたと言えるだろう。それは、研究の対象が神秘体験であれ、超常現象であれ、幽霊であれ、妖怪であれ・・・何であれ。常に突き放したような姿勢で研究していたことが分かった。

 外遊から帰国した熊楠は、那智を経て田辺に居を構える。そこで落ち着いた生活(妻帯・子育て)を始めると、神秘体験や超常現象、幽霊や妖怪といったテーマから離れていく。
 これは人として自然な変化であろう。
 そんな熊楠の人間臭い変遷が、私に深い安堵をもたらしてくれた。長い時をかけて固まりかけていた違和感が融け始めたことを感じている。


2:心にひびく 小さき民のことば
 
 著者:谷川健一 出版:岩波書店 

 2023年の読書を締め括るのに相応しい一冊だった。
 それが、まずもっての感想だ。

 何を隠そう、現在に至るまで避けてきた谷川健一である。そんな彼の著作にリトライすること2冊目の本で、谷川健一の民俗学に対する姿勢を垣間見ることができたように思う。(きっと選んだ本が良かったのだろう。)
 あくまでも私的見解に過ぎないのだけれど、本書を読みながら感じたのは、谷川の柳田国男に対する敬意と同時に、自身もまた西日本における柳田国男的存在になりたいという欲求、若しくは柳田民俗学を乗り越えたいという強烈な意欲であった。
 それは、あからさまでない分、心に染入るように伝わってきた。

 本書は「かつての日本」に数多存在した小さき民の「ことば」に溢れている。谷川は、本書の「序」にイエス・キリストの言葉を挙げている。

私を信じているこれらの小さき者の一人を躓かせるくらいならば、大きな石臼を首に懸けて、深い海に沈められる方が、まだましだ。(マタイ伝18章)

序「小さき者」に寄す より引用

 本書には、イエスの慈愛にも似た谷川の想いが込められている。
 水俣(熊本県)に生まれた谷川の九州や中四国地方に寄せる想いは強い。それは、柳田国男が遠野に寄せた想いよりも純粋で無垢だったのではあるまいか。特に、隠れキリシタンや西日本の離島に暮らす人々対する取材は、微に入り細を穿つ様な印象を放っている。
 谷川が拾い上げた「ことば」は、平易なだけに悲痛で、長閑なだけに苦渋に満ちている。そして、その多くが奥ゆかしいのである。

 2023年最後の「図書館頼み」の締め括りとして、アイヌに出自をもつ知里幸恵ちりさちえが遺した「ことば」を引用して終わりたい。

時は絶えず流れる、世は限りなく進展してゆく。激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも、いつかは、二人三人でも強いものが出てきたら、進みゆく世と歩みをならべる日も、やがては来ましょう。それはほんとうに私たちの切なる望み、明け暮れに祈っている事で御座います。

第4章:無告の民に寄りそう/ウタリの叫び より引用

 来る2024年もまた、実り多き本に出会えたら幸いです。
 各地域に設けられた図書館の本は、市民・県民の共有財産です。これからも積極的に活用していきたいと考えております。
 拙サイトの稀有で酔狂で賢明なる読者の皆様の「読書ライフ2024'」が充実することを切に願ってやみません。

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