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【No.1 ショートストーリー】直感

なんで、あんな男と会うことを

決めたのだろう。

後悔しかなかった。

そんなことを思いながら葵は、

2階の窓から外を眺めていた。

外では自動車が忙しそうに走り回って

いるが、葵のいる2階はカフェの一角。

回りは楽しそうに友達と。

そして、彼氏と一緒に話をしている。

もう、それを見るだけで今の葵には

まぶしすぎるぐらいだった。

ため息をつくと同時に後ろから

「おつかれ~!」

と元気のある声に葵は呼ばれた。

「なに、ちょっと疲れた顔してんの?」

と言ってきたのは葵の親友である知佳だ。

「疲れたよ~。なにぶん、厄介な男だった

からね。」

「1回のしかも2時間ぐらいでしょ?

それで何が分かんのよ。」

そう言いながら知佳は店員を呼び、

珈琲を注文した。

事の発端は自分が書いていたSNSから

だった。

そのSNSに彼から連絡があった。

何回かのやり取りで彼との好みや趣味が

同じで気が合ってしまい、その場の勢い

で今日、会う約束をした。

その後。

冷静になった後、会う約束をしてしまった

ことに後悔したが、一度は、こういった

体験をしてみるのもありなのかもしれない

と自分の行動を正当化し、会ってみたもの

の・・・。

「もうさ、あの年齢であのマナーはない

んよ。」

「相手いくつだっけ?」

「今年、30だって。」

「で?あのマナーって?」

「聞きたい?」

「そりゃ、もちろん。その為に、呼ばれた

ようなものですから。」

少し冗談めかした感じで知佳は言う。

「昼間にさ、ランチを食べに行ってきたの。

その男とね。

相手が選んでくれたイタリアンでさ。

雰囲気も良かったのよ。

相手もワイン好きで?

あのワインが美味しいとか、このワインを

今度飲んでみたいとかさ。」

「いいじゃん、いいじゃん。

なにも、予兆の悪い出来事は起こりそう

にはなさそうだけどね。」

「って思うでしょ?それがさ、注文した

ときにお互いに食べたいものを頼んだの。

そのあと、お手洗いに立ったんだけど、

戻ってきたときに言われたんだよね。

頼んだ料理、どっちも大盛りにしといた

からって。」

「え?」

「え?」

この瞬間、葵と知佳の間に少しの間(ま)が

あいた。

それはそうだろう。

「それは、葵が大盛りにしておいてとか

言ったわけじゃなく?」

「まったく。」

「理由は?」

「どっちもシェア出来たほうがいいじゃん!

って悪びれもせずに言われたわ。」

「にしても、大盛りにする必要ある?」

「ないでしょ。

けど、それだけでナイってするのもなと

思ってさ。

そのまま話をしていけばしていくほど、

ナルシスト気質が徐々に表れ、挙句の

果てに、ナイフとフォークを突き付け

られるんじゃないかと思った。」

その言葉を言った瞬間に知佳の目が

見開いた。

「どういうこと?刺されそうになった

ってこと?」

私もそれをされたとき、知佳と同じ感覚

に陥ったから聞きたいことは、よく分かる。

「刺されそうな感覚になった。」

「感覚?マジ、どういうこと?」

「ご飯食べるときにフォークとナイフ

取ってくれたんだけどさ。

取ってくれたのは良いんだよ。

それは別にいいの。いいんだけど、

刃先を向けて思いっきり私の胸元

めがけて渡してきてさ。

私の胸元2cmぐらい前で止まったわ。」

そこまで言って、知佳の顔が少し歪んだ。

それもそうだろう。

一般的に『人に刃先を向けてはいけない』

と小さい頃から教わってきたのだから、

それを良い大人がなんの悪びれもなく、

やっているのだ。

「なんかさ、些細なことなのかもしれない

けど、1回目のデートで気になることが

いくつ出てきたら、この先も上手くいく

ことってないと思う。」

知佳は静かに言った。

「最初の些細な違和感って、ある意味、

直観っていうかさ。なんかあんのよ。

それって大事にしたほうがよくってさ。

判断は任せるけど、自分の直観を信じて。」

「そうだよね。

こういう状態で会えば会うほど、断りづらく

なるもんね。」

知佳の言葉を聞いて、葵はスマホを

取り出した。

そして、ものすごい勢いでスマホを

いじり始めた。

「これでよし。」

葵は、すっきりした面持ちでスマホを

置いて知佳のほうを見てにっこり笑った。

そして、2人は2杯目の珈琲を頼み、終始、

腹がよじれるぐらいの笑いあったところで、

ピロンッと音が鳴った。

画面を見たら、案の定、例の男だ。

知佳は私の顔も見て言った。

「大丈夫?」

「うん。ある意味良かったよ。

こんな罵声のメッセージを送ってくる

ぐらいだもん。

自分は完璧だったって思ってそうだし、

なにより付き合ったあとDVしてきそう

で怖い。」

葵は、スマホを知佳に渡し、そのメッセージ

が表示されている画面を見せた。

『あんなにエスコートしておごってやったのに、

 ふざけんじゃねぇよ!

 自分が可愛いとか調子乗ってんじゃねぇぞ!

 この野郎!こっちから願い下げだわ!』

知佳は葵のスマホをいじり出し、笑顔で葵に

そのスマホを渡した。

「お前に言われる前にこっちが願い下げだわ。」

その画面はさっきのメッセージが消され

ブロックされている。

葵は『えっ!』という顔で、知佳の顔を見た。

「こんなしょーもないの、さっさと忘れなきゃ

こっちが損でしょ。」

知佳は笑顔で葵に言った。

自分の違和感、直観って『チャンスが前髪に

しかないから一瞬でつかみ取らないと!』

っていうのと一緒なのだと思う。

すぐにかき消されてしまう声のようなもの

けど、あとあと振り返ってみると

『自分、あの時、分かってたじゃん!』

と、その声を無視していた自分に後悔する。

これからも、自分の直観は信じていこう。
 


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