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人麻呂が見た「炎」の真実⑦

東野炎立所見而反見為者月西渡
               柿本人麻呂

「炎」は朱と水銀を生産する煙

 人麻呂が見た「炎」の真実を探し求めた旅も、いよいよ最終回を迎えます。
 前回には、宇陀が水銀の産地だったこと、神武東征は水銀を求める移動だった可能性があることを述べました。
 この記事の最初に、人麻呂が冬猟歌を詠んだ場所を阿紀神社と仮定しました。それはもちろん、天照大神や伊勢神宮とかかわりのある古い神社だからです。神社の南には高天原と名付けられた丘もあります。
 この場所に人麻呂が立ち、東の方角を見ると、そこには大和水銀鉱山があります。辰砂を加熱し、朱と水銀を分離する工房があったはずです。きっと何本もの煙が立ち上っていたことでしょう。もしかすると、人麻呂が見た東の野の「炎」とは「けぶり」であり、その「けぶり」は朱と水銀を産出するための煙だったのではないか。水銀は不老不死の秘薬であり、軽皇子の長寿を願うにふさわしい。また、朱色は炎の色でもあります。
 あくまでも想像の域を出ませんが、この土地の歴史をたどるほどに、その想像は確かなものに思えてきます。

宇陀水分神社の神は水銀を分ける神

 大和水銀鉱山のすぐ隣に、宇陀水分神社(うだのみくまりじんじゃ)という立派な神社があります。鎌倉時代の拝殿は国宝に指定されています。水分神社というのは地域に水を分配する神を祀る神社だと言われています。祭神は天之水分神(アメノミクマリノカミ)と国之水分神(クニノミクマリノカミ)です。
 以前、宇陀水分神社を訪れたとき、ふと違和感を抱きました。神社の目の前には芳野川という川が流れています。かつての水量は今よりずっと豊かだったことでしょう。水の豊かな土地だという印象です。そんな水に恵まれた土地で水を分配する必要があるのか。もしかすると、水分(みくまり)とは、水を分配するのではなく、何か他のものと水とを分けているのではないか。
 隣には水銀鉱山があります。水銀で汚染された水は、そのまま飲用できない上、農作物の生産にも向かないでしょう。そうであるならば、汚染させた水と安全な水を、きちんと分けなければなりません。それには知識と技術をもった集団の力が必要であり、その人たちが祀った神が水分神社の神だったのではないでしょうか。古事記にも、神武天皇が水に「あめ」を流すと魚が浮いたという記述があります。「あめ」は水銀を指すと考えられます。神武天皇(一族)は、水銀を操る人(集団)だったのです。
 天之水分神は天から降ってくる雨水を司る神です。それに対して国之水分神は、土地より湧出する水を司る神です。この二柱の神を祀ることで、安全な水を確保することを願ったのではないでしょうか。

水銀鉱山の今

 今、大和水銀鉱山は閉鎖されています。その跡地には野村興産という会社の事業所があります。野村興産は、有害廃棄物を分析したり処理したりする会社です。なんと、水銀も分離して処理する事業も行っているのです。千数百年の年月を隔てて、今なお同じ場所で水銀を分離している人たちがいる。この偶然には驚かされました。

 ここまで、人麻呂が見た「炎」の真実を探ってきました。阿騎野冬猟歌は、これまでにも多くの人たちが研究しています。白川静もその一人です。しかし、なぜ阿騎野でなければならなかったのかについて、深く調べた人を寡聞にして知りません。人麻呂が見た「炎」の真実①~⑦は、私の探究の足跡です。長くお付き合いいただきありがとうございました。

東野炎立所見而反見為者月西渡

柿本人麻呂が詠んだ情景をみなさんはどのように思い描くでしょうか。

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