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アフリカで中華思想を広げ中国との同化を求める「アフリカの少年ブッダ」という宣伝のドキュメンタリーを見たら、青春ドキュメンタリーだった。本編には存在しないバイアスの強化をする予告編は、許容されるのか。

忙しいひとのための要約

・中華文化 と 中国文化 は違うよ

・そもそも台湾の団体だから中国関係無いよ

・ミスリードにならないように映画本編はかなり気を遣った作りになっているよ

・日本配給の予告編でバイアスが発生しているよ

▼はじまり

2020年夏、Twitterを流し見していると、一つのツイートが目に入った。
「アフリカの少年ブッダ」というドキュメンタリー映画の宣伝ツイートだった。
いったいどんな映画なのか?中国がアフリカでブイブイ言わせているとか、良くも悪くもかなり大好物なトピックだ。そしてツイートには予告編の動画が。早速観てみると「中華思想をアフリカ全土に広めるために」という宣伝文句が現れた。その1行のコピーが僕の興味に火をつけた。

映画のサイトには次のような紹介文があった。

マラウイなどアフリカの国々で孤児たちを支援する施設が根づきはじめています。中国語で中華思想をたたきこむ全寮制の学校です。貧しい農村部で、家族が養えない子どもたちを集めて中国名を与え、徹底した中国語教育を行っているのです。カリキュラムは、数学などの基礎学習に加え、仏教や少林拳など徹底して中国文化を修練させることを実践しています。指導では、アフリカ的な価値観は排除され、当然のように中国への同化が求められます。生徒たちは、学校側の思惑と自らのアイデンティティとの板挟みに悩みながらも成長していきます。
https://asiandocs.co.jp/con/345?from_category_id=5

中華思想、それは皇帝を持つ帝国主義的思想で、中国皇帝こそが唯一絶対で世界の中心であるという思想だ。そんな中華思想をアフリカ全土に広めるだって!?中華思想をたたき込むだって!?中国への同化を求められるだって!?なんてことだ。21世紀にそんなことが行われて良いのだろうか!?

▼予告編から感じた違和感のまとめ

予告の内容を簡単にいうと、アフリカのマラウイ共和国に仏教寺院があり、そこでは、中国語教育、中国文化教育が行われ、職員と孤児との間に衝突もあり、ああだこうだやっているドキュメンタリーのようだ。

ただ、予告編を観て気付いたことがいくつかあった。

・出てくる漢字が簡体字ではなく繁体字
・台湾のみで使われている発音記号の注音文字が映り込んでいる
・話し方も台湾っぽいなあ
・検索したら、台湾の団体が運営している孤児院の話だということが判明

あれ、これ中国じゃ無くて台湾の話!?

はて、何故台湾と中国が区別されていないのだろうか?
仏教寺院では、台湾と中国を区別せずに教育をしているのだろうか?
しかし、21世紀現在の台湾人のアイデンティティからいうと、台湾と中国の違いを教えないはずがない。台湾を独立した国と見るか中国の一部と見るかに関わらず、である。

ではなぜ、ドキュメンタリーの中で中国と一括りにされているのだろうか。
このドキュメンタリーの監督がスウェーデン人で、制作がマラウイ人だから台湾と中国の違いがわかっていない可能性もあるのだろうか。

気になる。

とても気になる。

好奇心に火がつく。

その答えを探るべく、早速、サブスクサービスに課金登録して本編を観てみた。

▼映画の内容

全体のざっくりした内容としては、貧困、教育、異国の異教徒、さらに、文化の衝突、少年たちの葛藤、そして成長と青春、といった内容だ。
台湾の阿彌陀佛關懷中心(ACG)という組織がマラウイで仏教寺院を建設し、そこは孤児院でもあり、子供達に教育もしている。マラウイの教育が充実していないことから、国外への大学進学もサポートしている。おそらくその費用も全てACGが負担していると思われる。
ACGの活動の重要な資金源は寄付であり、その寄付を募るために武術の講演を世界中で行っている。
このような生活を通していく中で生まれる少年たちの葛藤や青春。成長。選択。
まさにドラマだ。

非常にドラマチックではあるが、ドキュメンタリーとしてバランスが取れている印象を感じた。

ドキュメンタリー作品の醍醐味は、新たな価値観や物の見方を人々にもたらしてくれることだ。だからこそ、作り手は自分自身の価値観・ステレオタイプ・主義主張を表面化するようなことを軸にはせず、可能な限りニュートラルに努めることが多い。この作品に於いても、もちろん西洋的な視点ではあるものの、極めてニュートラルに伝えようと勤め、バランスを取っていることがわかる。

「中国の悪行を暴いて告発するぞ!!!」というような姿勢は全く感じない。極めて中立な立場(であろうとしている)から作成された作品だった。

▼事実と確認出来ない部分

さて、全編を観終わった後に強い違和感が残っていた。
予告編にも出ていた「中華思想をアフリカ全土に広めるために」という一文は、この映画のどこから出てきたのだろうか。中華思想をたたき込んだり、中国への同化を求めるシーンはどこにあったのか。

結論から言うと、本編の中では、”中華思想”を叩き込むような描写や場面はない。そもそも中華思想とは中国皇帝こそが世界の中心だという思想だ。この孤児院では、仏教に基づいた教育が行われているし、広い意味では東洋哲学的な教育もあるだろう。異文化の国からしてみれば、それをCHINAの思想、つまり”中華の思想(Chinese Philosophy)”と思うかもしれないが、それは”中華思想(Hua–Yi distinction、sinocentrism)”のことではない。
そして制作発表時の英語版のプレスキットを確認しても中華思想に関しては何も書かれていない。

つまり、日本の配給側で意図的に付け加えられた情報だ。

もちろん、映画を観た人の意見は色々あっても良いと思う。
中国の支配と感じる人もいるだろうし、これは中華思想だろうと思うのも自由。

ただ、本編中に於いて中国語で中華思想を叩き込んでいる事実は確認出来ない。そのように読み取れる描写がない。にも関わらず、「中華思想をアフリカ全土に広めるために」という結論ありきの価値観で予告編が制作され、作品紹介にも書かれてしまっている。

また、作品の中で僧侶は「中華文化を教えている」という発言があるが、それは中国文化と翻訳されている。「中華文化」が英訳で「Chinese Culture」となり、それを日本語に再翻訳する際に「中国文化」にしたのだろう。そして、「中国文化」を教えているという点を、紹介文の中にある「アフリカ的な価値観は排除され」という表現につなげているのだろうが、それはさすがに飛躍しすぎだ。そもそも台湾の団体が運営している寺院なので、中国とは無関係なので・・・。

▼どのような解釈をするかは見る人の自由だが、配給側で結論ありきのバイアスは発生させないで〜

映画の感想を検索してみると、中国に対するネガティブな感想が目立つ。先ほども触れたが、作品の中では中国、台湾と明確にされていない。原題は「Budda in Africa」というタイトルなので、あえて細かい部分を説明しなかったのかもしれないが、余計なバイアスがなければ、「これって台湾の話じゃない?」と気づく場面がいくつかある。しかし事前に「中国に支配されつつあるアフリカの自問自答」と誘導されてしまうと、このトピックに精通していない人が台湾のことだと気づくのは難しいのでは無いか。

また、ややこしい話だが、中華民国(つまり台湾)とマラウィーには2007年まで正式な国交があった。この仏教寺院による教育支援は、中華民国政府による重要な外交の一部だったのではないか?また、中華民国政府は、台湾を自称せずに「自分たちがこそ正式な中国の代表」として対応していた可能性は無いか?いずれも憶測の域を出ないが、台湾と中国の関係は複雑なため、色々な見方ができる。

いずれにせよ、このようなドキュメンタリー映画の配給会社の役割としては、なるべくニュートラルであってほしい。「中華思想をアフリカ全土に広めるために」なんて本編内で誰も言っていないし、オリジナルのプレスキットにも書かれていない。これは「個人の感想」だ。映画配給会社が事実を無視して「個人の感想」で誘導するような予告編を作ることは、果たしてありなのだろうか。

もちろん、衝撃的に、ドラマチックに訴求したいということは理解出来る。
かくいう自分も、「中華思想をアフリカ全土に広めるために」という印象的なコピーがなかったら、本編を視聴するほどの興味は持たなかっただろう。
でも、見る人が増えたならそれでいいよね、というのは、まとめサイトの煽り記事と一緒だよなあ・・・。

▼蛇足コーナー

1)
https://asiandocs.co.jp/con/345?from_category_id=5
配給会社の紹介文は、Twitterで様々なツッコミを受けたことで、沢山の注釈が増えています。参考になります。

2)
異国の異教徒たちに教育されることによって揺らぐ、少年たちのアイデンティティ。地元に残るのか、台湾に留学するのか、少年たちの葛藤など、「青春ドキュメンタリー」として、強くおすすめできる内容。青春、いい。

3)
映画の中で少年と寺院側との対立も描かれているが、そもそも思春期で反抗期なんだし、衝突するのは成長過程に於いてごく自然なことではないか。想像するに、仏教孤児なので厳しい生活だっただろう。朝からお経を唱えたり、正座させられたり、辛いでしょう。そういう生活が嫌だなと思うのも普通。見えないところで悪態をつくのも普通。

もちろん、「衝突して苦悶する少年」を見て、支配者vs被支配者の対立を感じ、中華の侵略と少年たちの抑圧と感じる人もいるだろう、とも思う。個人がどのような感想を持つかは自由。

4)
作り手の認識不足なのか意図的なのかは不明だが、この寺院が中国では無く台湾の団体だということは映画では明言されていない。マラウィー共和国は2007年まで中華人民共和国ではなく、中華民国(つまり台湾)と国交があった。そして中華民国が「TAIWAN」として現地での存在感を強めたかったのか、「Republic Of CHINA」して存在感を強めたかったのかは、謎である。とはいえ、数年台湾人から教育を受けていれば、現地の子供達は台湾と中国が違うことは認識しているはずである。

5)
実際に出演している少年が最終的に台北に留学するシーンがあるのだが、どうやらまだ台北にいる可能性が高い。日本でこのように発信されているけど、どう思います?って本人に質問してみたい。

6)
そもそも、配給会社のアジアンドキュメンタリーさんは、「中華思想」という言葉を正しく理解していないで使っちゃった感がある。「中華思想」という言葉は強い意味がある。皇帝を持つ帝国主義的思想で、中国皇帝こそが唯一絶対という思想。仏教団体がそんな「中華思想」を広めるわけがない。

8)
中華系仏教寺院が他国で教育を行うことを侵略と認識する人は、国語の教科書に載っていたルロイ修道士(戦後の貧しい時期に児童養護施設を運営していたカナダ人)も侵略者なのだろうか。

9)
監督はスウェーデン人だが、この作品からは中国や台湾に対する特別な意図は感じない。むしろ、印象操作にならないようにニュートラルにしようとしていることを感じる。

10)
「中華思想をアフリカ全土で広めるために」は日本の配給会社のオリジナルの言葉なんだけど、作り手の意図を変えてしまうだけでなく、見る人にバイアスをかけてしまっているな〜と思う。
中華は得意なトピックなので疑ってかかることが出来たけど、自分が慣れ親しんでいるネタでなければ、知らない間にそのバイアスの影響を受けてしまいそう。

11)
ついでに色々と調べてみたが、この台湾のお寺は世界中に拠点があるお寺。台湾の人たちがアフリカに行き教師をする。10年もその場所で教師をするのはすごい。
台湾の人にも是非観てもらいたい。どんな感想を持つのだろう。普通に台湾の僧侶が外国で頑張っている話に見えるかもしれない。配給会社の変なバイアスがかからなければ。

映画内に登場するマラウイで活動する阿彌陀佛關懷中心のサイト

映画内で中心的に密着取材されるアル(阿魯)の紹介

12)
予告で本編と異なるバイアス掛けたい配給側の意図 という点では、韓国映画のポスターが日本公開の際にゆるふわガーリィーポスターになる問題に近い?

13)
この記事を書き始めたのが2020年の8月で、公開したのが2月。その間になにか変化があり、この記事に修正すべき箇所があれば、親切な方教えてください〜。

14)
阿彌陀佛關懷中心(ACG) という団体名があるけど、中国語でACGと言う場合、Anime Comic Game をひっくるめた意味になることの方が多いかも。



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