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「死の体験旅行」に参加して「死」が怖いものではなくなった


「あなたも一度死んでみる事をおすすめします。」



突然失礼しました。

昨年末に東京都 金剛院で催されている「死の体験旅行」というワークショップに参加しました。

このワークショップでは仮想的に「死」を体験することができます。

一風変わったイベントではありますが、自分の「人生」に対する考え方に強いインパクトを与えられたイベントでもあったので、所感を含めてご紹介させていただきます。


僕自身、もともと「死」については肯定的に受け入れていましたが、やはり漠然とした不安は抱いていました。

「自分が死ぬ時はどんな感じなんだろう」

怪我や病気に冒されたり、年齢を重ねる程、自分の「死」について考える時間が増えて行く人は多いと思います。
もちろんそれ意外の人も含めて、これまで多くの人が「死」を想像した事があるかと思いますが、それを教えてくれる人はもう既にこの世にはいませんよね。


詳しい内容は書けませんが、下記の内容で死の疑似体験をしました。

自分の大切な人や物事をポストイットにそれぞれ書き出します。
お坊さんによるナレーションで、自分が一歩ずつ死へ近づいて行く物語をとても生々しく語ってくれます。
死に近づき身体が弱って行く事で、徐々に多くの物や望みを所有できなくなって行くのを実感しながら、ポストイットに書いた大切な物を、ひとつずつ自分の手で手放して行くのです。

意外にも、いつも必死で握りしめているものをアッサリ捨てることができたり、捨てることが苦しくて苦しくて悶絶する物もありました。

絶対に泣くことはないと思っていたのに、あるポイントで亡き父に向き合い涙が止まらなくなってしまったり、苦しくて悔しくて過去に戻りたくて激しく後悔したり。

そして最後にすべてを手放し、そして死にます。

その後、また蘇る所までを体験できますのでご安心ください。



あくまで個人の感想ですが、死は「とても穏やかなもの」でした。

これまでは漠然とした不安や恐怖を感じていましたが、
予想に反して、死は穏やかで、温かく、優しいものでした。
そして、究極の自己信頼でもありました。

まるで、暑さも寒さも感じない適温の中で宇宙空間に漂っているような。
まるで、お母さんのお腹の中にいるような。


「死」は「生」の対局にある物ではなく、「生」と同じ流れの中に並んでいる物のひとつです。

生きていると、心に訴えかけられる様々なライフイベントが発生しますよね。
その数々のイベントの中の最後のひとつ。
あなたにイベントを持ってくる人が目の前に一列に並んでいるとしたら、その列の一番最後にいる人です。

生は善、死は悪ではありません。
生も死も、同じ並びの中にあり、同じく尊い物です。

死があるから今を大切に生きる訳ではありません。
死が穏やかで優しい物だと知る事ができたおかげで、この「人生」をさらに自由に生きる事ができると知りました。


いずれ死ぬ。
そして今を自由に大切に生きる。


ぜひ、あなたも(仮想的に)一度死んでみる事をおすすめします。


鈴木天尋


このイベントは金剛院で定期開催されているようなので、ご興味のある方は下記のURLからどうぞ。
https://kongohin.machitera.net/


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