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孤独に苦しむ73歳男性を救った都心の居場所

(*この原稿は、毎日新聞WEB「医療プレミア」で筆者が連載する「百年人生を生きる」で2018年12月21日に公開された記事です)
老後の暮らしを想像したことがあるだろうか。すでに老後の生活を迎えている人は、若いころに想像していたような日々を過ごせているだろうか。いま、「人生100年時代」の到来がいわれている。100歳以上の人口は約7万人。老人福祉法が制定された1963年には153人しかいなかった100歳以上の高齢者は、81年に1000人、98年に1万人を超え、その後も急速に増え続けて2050年には53万人になると予測されている。国が17年に設置した「人生100年時代構想会議」がまとめた中間報告には、「ある海外の研究では、07年に日本で生まれた子どもの半数が107歳より長く生きると推計されており、日本は健康寿命が世界一の長寿社会を迎えています」と記されている。「人生100年」は絵空事ではない。

1人暮らしの増加といった家族関係の変化もあり、私たちは一昔前の高齢者とはまったく異なる「長い」老後を過ごす。状況が変わっているのだから、変化への対応が必要だ。怠れば、長い老後は長い苦しみになりかねない。

なかでも大敵は「孤独」。孤独は心身の健康を損なう重大な社会課題だとして、英国では18年1月、「孤独担当相」を新設した。高齢になると多くの人は仕事がなく、社会から孤立しがちだ。周囲の人や社会とつながりをもち、できるだけ楽しく健康に過ごすにはどんな対処が求められるのか。「つながり」をキーワードに、さまざまな動きを紹介していきたい。まずは、地域の中で気軽に立ち寄り、いろいろな人たちと交流できる場として注目される「居場所」について。

使われなくなった部屋を「居場所」に

東京都文京区にあり、ツツジやしだれ桜で有名な庭園・六義園(りくぎえん)のすぐ近くの雑居ビル9階に、「キーベースのしごと部屋」がある。文京区社会福祉協議会(社協)などが区内各所で開設を支援している居場所の一つだ。住民から、使わなくなった部屋の提供を受けて17年12月にオープンした。

毎週金曜日、社協などが集めた使用済み切手を紙からはがして金額ごとに分類し、販売して運営費にあてたり、希望者にパソコンの使い方を教えたりする場所。キッチンもあるのでお茶も提供できる。

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ここの設立からかかわり、毎週のように参加しているのが今宮眞幸さん(73)だ。キーベースでボランティアのスタッフをしている稲葉洋子さんは「周囲の人にここに来てくれるように呼び掛けてくれたり、誰よりも早くいらして話をして場を盛り上げてくれたりして、なくてはならない存在」と今宮さんを評する。

深い孤独に苦しんだ過去

今宮さんは、自宅からここまで徒歩900歩というご近所さん。参加者同士で時に冗談を言いあいながら、明るくおしゃべりする様子からは想像できないが、実は自死まで考えるほど深い孤独に苦しんでいた。

「どれだけ苦しんできたのか周囲の人にはわからないでしょう。入退院を繰り返して仕事にも就けず、負い目を感じながら生活保護を受けている。でも、いまはいろいろな人たちが助けてくれている。そうした人たちに迷惑をかけたくないから踏みとどまれる。今年5月、急な入院があった。ちょうどここに来るといっていた日で、姿を見せないからと社協の人が心配してウチを訪ねてくれた。そういう人たちがいる限り自殺はしない。いま、ここが私の大切な居場所です」と、今宮さんは語る。

今宮さんは若いころから心臓弁膜症や腸閉塞(へいそく)、十二指腸潰瘍などの手術を受け、30回以上の入退院を繰り返してきた。取材期間中にも1度、10日間の入院をしている。そんな病気がちな体のため、大学卒業後に結婚式場のカメラマンとして5年ほど働いたものの、退職せざるをえなかった。以来、体調が落ち着いた時期にはデスクワークをしたこともあるが、やはり長続きせず、自宅に文字通り引きこもるようになった。

98年に母親を亡くして1人暮らしとなり、生活は行き詰まった。餓死しそうになったこともあるが、自宅があることを理由に生活保護申請は当初却下された。自宅は相続に伴う権利関係の問題があり売却もできないという。01年、心臓弁膜症の手術に150万円が必要となり、ようやく生活保護が認められた。15分歩くのがやっとという状態なので、ほとんど一日中、家の中にいる日々が続いた。

今宮さんは、入院中に感じたことがある。退院の日が近づくとだんだん看護師が自分に関心を寄せなくなってくる。そうなると、まるで自分が透明人間にでもなったようだと。そして、誰もいない家に帰るとそれが日常になるのだ、と。

自死を考えた。近くのJRの線路に今日飛び込むか、明日飛び込むかと逡巡(しゅんじゅん)して1週間。いよいよと心に決めたその日、飛び込もうとした場所に工事用フェンスが立っていた。

まだ死ぬなということか。それなら生きるしかない――。

「家の中に一人でいると、気持ちが落ち込んでくる。どこかで止めないと戻れなくなる。孤立して誰にもSOSさえ出せなくなる。一人では生きていけない」。周囲に助けを求めた。15年、民生委員を通じて文京区社協の地域福祉コーディネーター(現・地域福祉推進係長)の浦田愛さんにつながることで変化が始まった。

築60年の空き家を使った「こまじいのうち」が始まり

まず、ごみ屋敷のようになっていた自宅の掃除。社協の清掃サービスを利用した。近所づきあいを意識的にしなければいけないと自分に言い聞かせた。幸い、隣家の人が気を配ってくれ、おかずを時に届けてくれたり、様子が変だと思うと社協や民生委員に連絡してくれたり。文京区社協の「見守りサービス」は月に2回自宅に来てくれる。だが、デイサービスは肌に合わず、通うのをためらった。そこで浦田さんが提案したのが、「こまじいのうち」だった。

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「こまじいのうち」は、築60年の空き家を使ってほしいという所有者の秋元康雄さん(77)からの申し出がきっかけだった。気軽に訪れてお茶飲み話ができるような場にしようと、地域住民と文京区社協、福祉団体、地元の東洋大学が協力して13年に誕生した「居場所」だ。カフェや健康マージャン、子どもの遊びなど、月曜以外の平日はほぼ毎日のように何かしら催しがある。

「最初は日時を決めて開くつもりが、それだとなかなか利用しにくいという声が出た。だからほぼ毎日のように開けるようになった。もともとお年寄りのための場にしようかと思っていたが、ふたを開けると子育て中の人からの希望もあり、だれでもどうぞ、という感じになった」と秋元さんは振り返る。

その結果、0歳児から90代まで、子育て中の親や、近所の子どもたちなどさまざまな人たちが訪れ、多世代交流の場となった。今は年間利用者は約5000人にものぼる。居場所の先駆的事例として全国からの視察も絶えない。

今宮さんはここに通い始めた。雰囲気もいいし、強制する感じもない。行けば誰かしら話し相手がいる。最初は「そんなところ」という感じだったが、だんだんとなじんだ。週に2、3日通い、時には子ども食堂やイベントの手伝いもするようになる。「活躍の場」ができたのだ。本当はもっと通いたいとも思ったが、自宅から1400歩の「こまじいのうち」に行くのも体力的には厳しく、自らの休日を入れなければもたなかった。

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自宅からより近い場所に新たな居場所づくりの話が持ち上がる。それが冒頭に紹介した「キーベースのしごと部屋」だ。こちらに重点を移し、いまは「こまじいのうち」に行くのは月に2日ほどだ。

キーベースに通い始めて、こんなことがあった。

あるとき、不登校になった高校生の男子が来るようになった。男子に、今宮さんは自身の体験を話した。男子は感じることがあったようで、ほどなくして学校に戻った。「本当の引きこもりになると、人に会うことさえできない。そのつらさを感じたのでは」と今宮さん。

地域を支援し、声上げられない人を支える

今宮さんはいま、平日は出かけたり、見守りの人が来てくれたりして誰かしらと話ができる。だが、土日や休日は自分以外に誰もいない家で、寂しさが募る。つらい。ときには民生委員に電話をしてしまうこともある。いまでも心の奥に「楽になりたい」という思いがくすぶっているのを感じる。それだけに、誰かとつながっていないと不安になるのだ。だから、何かあったときは連絡できるようにと携帯電話も買った。それだけ、人とのつながりの大切さを身に染みて感じている。

文京区社協で12年、最初の地域福祉コーディネーターとなった浦田さんは「制度のはざまにいる人たち、声を自らは上げられない、上げにくい人たちの存在を早く把握するには、地域の力が不可欠です。課題を抱えた人への直接支援ではなく、地域の活動がうまくいくように支援することで、結果として課題を抱えた人を支えることになっていく。そのひとつの方法が、地域のつながりを生かす居場所づくりだと思います」と話す。地域で孤立しがちな住民に、つながりの輪にゆるやかに入ってもらう。その手応えを感じている。

「結婚せず、子どもいない」はライフスタイルの一つ

今宮さんのように、結婚しない、子どもがいないことはいまや当たり前のライフスタイルの一つだ。50歳までに一度も結婚しない人の割合「生涯未婚率」は、15年の国勢調査で男性23.4%、女性14.1%だった。国は、35年には男性が29.0%、女性が19.2%と、男性の3人に1人程度が生涯未婚になると予測する。

また、高齢社会白書によると、子どもと同居する高齢者は減っている。65歳以上の高齢者が子どもと同居している割合は、80年にほぼ7割だったが、15年には39%と大幅に減少。高齢者の1人暮らしと夫婦だけで暮らす人は80年には3割弱だったが、15年には57.8%へと増えた。夫婦だけの暮らしは、やがて一方が亡くなることで1人暮らしに変わる。

こんなデータもある。内閣府によると、1人暮らしの男性高齢者の15%(女性は5%)は会話の回数が2週間に1回以下。また、「日ごろの簡単な手助けを頼れる人がいない」と回答した人も男性で30%、女性で9%いる。特に男性の高齢者が社会的に孤立した姿が浮かび上がる。それだけに、社会とのつながりの場の大切さが注目されている。

そこで、各地で「居場所づくり」が盛んだ。インターネットで「居場所づくり 補助金 高齢者」と検索すると、多くの自治体が居場所づくりの住民活動に対して補助金を出している。

国が11年、全国の市区町村を対象に実施した「高齢者の居場所と出番に関する事例調査結果」によると、市区町村が主体となって実施している居場所としては「趣味の集まり」(47.3%)、「憩いや語らいの場(たまり場)」(44.9%)などが目立った。また、市区町村以外(社協や自治会、NPOなど)が実施しているものとしては「憩いや語らいの場」(59.8%)、「食事会・お茶会・コミュニティカフェ」(59.5%)、「趣味(スポーツを含む)の集まり」(54.8%)が多かった。それなりに「場」は増えている。

だが、参加率が低い男性の高齢者が参加できるような工夫をしているかという質問に、「はい」と答えたのは1割にも満たなかった。高齢者といっても一人一人の事情は異なる。その人が置かれた状況、ニーズをどう把握し、実際に足を運んでもらえる居場所にするかが問われている。同時に、高齢者自身、特に男性は自らが地域で「つながる」という意識をもって行動しないと、孤立しかねない。そんな自覚も必要だろう。

(*この原稿は、毎日新聞WEB「医療プレミア」で筆者が連載している「百年人生を生きる」で2018年12月21日に公開された記事です。無断転載を禁じます)

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