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クリエイティブ・コンフィデンスが育まれた2年間-人生を豊かにする留学-

前回のnoteに続き、今回は英国アート・デザインスクール留学が「どのような意義をもつのか」について書きたいと思います。正直、この問いの答えはまだまだ自身の内で発酵させている最中で結論的なものはないのですが、現時点(発酵過程)の考えをアウトプットしておきたいと思います。

シンプルにお伝えすると、私にとって留学は人生を豊かにする機会でした。そして、これまで「クリエイティビティ」とは遠く距離のあるビジネスパーソンであった私にクリエイティブ・コンフィデンス(自身の創造性に対する自信)が育まれたことが、そのキードライバーであったと今、感じています。

グレイソン・ペリーの卒業メッセージ

"It has always been the task of creative people to imagine a better world; to prototype it; to bring it into fruition." Grayson Perry"
Grayson Perry

上記のメッセージはロンドン芸術大学の学長、グレイソン・ペリーが卒業式で学生へ贈ったメッセージです。ターナー賞受賞者であり、著名なコメンテーターであり、女装家としても知られる人物。自ら様々なアート活動を通じて、"Masculinity(男らしさ・男性であること)"を痛烈に批判してきました。既存の価値観・ルールを再構築するためのメッセージを送り続けてきた、という意味で先のメッセージを誰よりも体現している人間と言えます。

卒業式でのグレイソン・ペリー(ロンドン芸術大学学長) 


「より良い世界を想像し、試作し、実現することは、常にクリエイティブな人間のタスクである」。

このシンプルなメッセージは、自身の留学の意味を考える上でとてもしっくりとくるものです。それは、冒頭で留学は人生を豊かにする機会であると述べたこととつながります。

「人生を豊かにする」とは

あなたは「人生を豊かにする」ことをどのように定義されていますか?これはその人の生き方や価値観に根差し、定義の幅はとても広いものだと思ます。私の場合は、イタリア在住のビジネス+文化のデザイナー安西洋之さんが仰る「自分の関心のある領域を広げ、そこをより深く知りたいとの欲求に素直に従うこと」という定義に近い考えを持ち、2年前留学の選択をしました。(当時のnoteはこちら

セントラル・セントマーチンズのキャンパス
「スポーツを通じて社会価値を創造する」という自身のコアをそっとポケットにしまい、スポーツからできるだけ遠く、異なる場所に身を置こうと考えました。自分が知らない、まだ触れたことのない領域にある知を幅広く取り入れることで、新たな知の創造に没頭したい。」
2022年10月の筆者noteより

2020年秋から2年間の海外留学。コロナ真っ只中、家族を日本へ置いて単身英国へ。スポーツから遠く距離を置き芸術大学へ。バックグラウンドや価値観、専門性・ケーパビリティが全く異なる人間ばかりに囲まれながらイノベーションを考える日々。違和感や居心地の悪さを覚えることも数知れず。しかし、不思議なことにそんな中でも、好奇心の灯は消えることはなく、「自分の関心のある領域を広げ、そこをより深く知りたいとの欲求に素直に従うこと」に夢中になっていました。だからこそ、私は素直に留学は人生を豊かにする機会であると振り返ることができます。

自身の創造性に対する自信の芽ばえ

留学から1年ほど経った頃でしょうか。クリエイティブシティであるロンドンに身を置き、セントラル・セントマーチンズで「人生を豊かにする」ことに没頭してきた中で、ふと自身の創造性に対する自信が芽生え始めていることに気づきました。

それは、大学院の1年目でイノベーションマネジメントの分野を研究するのに必要な知識やリサーチスキルを身につけていったこと。関心領域を広げながら、アート・デザインが主導するイノベーションの文脈で自身の立ち位置を測り、見定めていったこと。そして、グループワーク・プレゼンテーションなど様々なプロジェクトワークに取り組む中で、自ら手を動かし、不確かなものを実験し、失敗から学ぶことを幾度となく繰り返したこと。それらの経験が重層的に絡み合いながらクリエイティブ・コンフィデンスがむくむくと萌芽していったのだと思います。

言い換えると、グレイソン・ペリーのメッセージ「より良い世界を想像し、試作し、実現すること」の楽しさに気付いたことであり、自分はクリエイティブな人間であると自覚したタイミングとも言えます。

セントラル・セントマーチンズはクリエイティブ人材の坩堝

クリエイティブ・コンフィデンスを育む3つの種

クリエイティブ・コンフィデンスを育んだものに関して、もう少し分解してみたいと思います。先に述べた経験の中で磨かれた要素のうち、とりわけ大切だと感じているものは ①Creativity (創造性) ②Critical Mindset(批判的精神) ③Resilience (レジリエンス)の3つです。

①Creativity (創造性)

一つ目はCreativity (創造性)です。これが育まれた要素として主観の大切さ、多様な視点の獲得、"クリエイティブシティ"ロンドンの環境の3つをあげたいと思います。

まずは、主観の大切さです。セントラル・セント・マーチンズはアレキサンダー・マックイーンやステラ・マッカートニーなど著名なデザイナーを数多く輩出している芸術大学です。人間性(ヒューマニティー)が核にあり、「あなたはどう思うのか?なぜそう思うのか?」が常に問われました。正解を教えるのではなく、自分の中に在る想いや考えを炙り出す。このアプローチは、Material DesignやFurniturer Design、Narrative Environmentなど他コースで学ぶ知人に聞いても同様のことを話していたので、学部を超えて通底するセントラル・セントマーチンズが大切にする文化なのだと理解しました。

続いては多様な視点の獲得です。創造性を育む上で、多様な文化や価値観との接点を持つことは有意義であると言われていますし、視点の多さはイノベーションの源泉となりえます。以前のnoteにも書きましたが、MAIMは多様性を重視するクラス構成でデザインされていました。

今年度のClass2022は、39名というMBAなどに比べると比較的小さなクラスで、欧州・アジア・中東・アフリカ・オセアニア・中南米の22か国から集まりました。バックグラウンドも非常に多様で、自己紹介を見聞きするだけでもデザイン/クリエイティブ系とビジネス系バックグランドの人材が50:50程度のバランスで構成されています。

この多国籍で多様なバックグラウンド、ケーパビリティを持った人間との対話は多様な視点の獲得に大いに役立ちました。

もう1点は、創造性を刺激して止まない"クリエイティブシティ"ロンドンの環境です。様々なクリエイティブ都市ランキングで常に上位にランクするロンドンは、大小様々なミュージアム・ギャラリーが街の中に存在します。アートが身近で手の届くところにあり、アートやアーティストに対して思ったり、考えたりする機会が日常にあります。私自身も、研究や仕事で息詰まるとクリエイティブな要素に触れたくなり、ふらっとミュージアムやギャラリーを訪れました(余談ですが、英国では子供たちに週5時間、意識的に文化に触れる時間をつくっているそうです!)。

Tate Modern, Tate Britainは特にお気に入りで何度も足を運びました

また、ロンドンは世界有数の緑豊かな都市でもあります。市の面積の47%が緑地と言われていて、緑豊かで美しい公園の景色を見ながら散歩することもクリエイティビティの醸成に心地よい環境でした。文化・芸術や自然から心を揺さぶられるようなインスピレーションを感じ取る機会があったことは、Creativity (創造性)を育むことに一役買ってくれたと思います。

②Critical Mindset(批判的精神)

2つ目はCritical Mindset(批判的精神)です。批判という日本語はネガティブな印象を持ちがちな言葉ですが、「議論を洗練させる姿勢」と捉え直すと私のイメージにより近づきます。これが育まれた要素としてイノベーションマネジメントが扱う領域の広さ、プロジェクトベースの学習アウトプット機会の多さの3つをあげたいと思います。

これが磨かれた磨かれた要因の一つは、イノベーションマネジメントが扱う領域の広さです。非常に抽象度が高い領域であることは、コース名からお察しいただけるかと思いますが、カリキュラムで扱うテーマは非常に多様でした。コロナ禍における旅行・食事・移動領域のサービスイノベーションを考えたり、フーコーなどの文献をもとに哲学対話を繰り広げたり、スペキュラティブな視点から50年後の都市の在り方を考えたり、HumanityとTechnologyの優位性をディベートしたり。専門外の領域・テーマに関して、自分のオリジナリティ・クリエイティビティをアピールしながら、議論を重ねる。こうした中でCritical Mindset(批判的精神)が磨かれたと感じます。

オンライン・オフラインのハイブリッド型ディスカッションの様子

プロジェクトベースの学習もあげたいです。以前のnoteで触れたように2年間のカリキュラムはプロジェクトベースラーニングが中心で、4-6名程度のチームを組んでプロジェクトを実践する機会が数多くありました。世界中から集まった多様性に富むメンバーが、オープンマインドに意見を交換して、ひとつのアウトプットにむかい切磋琢磨する。クリエイティブな共同作業というと聞こえは良いですが、フタを開ければケンカあり・涙あり・笑いありのドタバタ劇が繰り広げられます。しかし、こうしたプロセスの中で様々な方向から物事を洞察し、「議論を洗練させる姿勢」が育まれていくのだと感じます。

3点目は、アウトプット機会の多さです。MAIMの特徴として、プレゼンテーション・ライティングが非常に重視されている点があげられます。先のプロジェクトベースの学習とも連動する部分ですが、毎セメスターのアセスメントでは必ずグループでのプレゼンテーション、エッセイ提出が求められました。とにかく、書く・話すアウトプット機会が多いです(自身の英語力が足りないことを痛感する機会が多々ありました・・・)。

そして、その内容は、WHAT to do(デザイン)をクリティカルに探求することが必要となります。HOW to make(エンジニアリング)の要素が弱く、表現手段の幅が限られるからこそ、プレゼンテーション・ライティングというシンプルを表現を通じてアウトプットされる内容・コンテンツの質に対して強いこだわりを持つのかもしれません。この要素もCritical Mindset(批判的精神)を磨くことに役立ったと感じます。

余談ですが、NY在住のクリエイティブディエクターであるレイ・イナモトさんが「技術を持たない人が身につけるべく3つのスキル」というテーマをポッドキャストで話されていました。技術を持たない人間は「プレゼンをするスキル」「文章を書くスキル」「人とつながるスキル」の3つを身につけるべきだと、指摘されています。

③Resilience (レジリエンス)

最後は、Resilience (レジリエンス)です。これは「いかなる苦境でも突破する力」と解釈しても良いかもしれません。個人としてもプロジェクトとしても、大切なこの要素を磨いたものは、デザインアプローチ、コロナ禍のカオスな環境をあげたいと思います。

まずはデザインアプローチです。このテーマは書籍や関連記事が山ほど存在しますので詳細は省きますが、コースを通じて体に染み付いた「頭で考えるより、プロトタイプをつくる」「仮説を立て、小さく半歩を踏み出す」「不確実性をあらかじめ考慮する」といったデザインアプローチのエッセンスは、Resilience (レジリエンス)を養うのにとても有効なマインドセットだと思います。不確実性が高いプロジェクト、正解のないテーマに対して立ち止まるのではなく、素早く動き出し、プロトタイピングを通じて得た気づきをブラッシュアップしていく姿勢。これは変化に対する柔軟性を高め、苦境を突破する道を切り拓くことに繋がると実感しました。

そして、英国・ロンドンにおけるコロナ禍のカオスな環境をサバイブした経験もレジリエンスを磨くことに繋がりました。2020年秋にオンラインとオフラインのハイブリッドでコースが開始。冬には英国・ロンドンがロックダウン。クラスメイトとの関係性が構築されていないうちに、100%オンラインの授業へ移行。結局、100%オフラインとなり全員がキャンパスに揃ったのは2年目の卒業を控えた最後のセメスターでした。

コロナ禍カオスな状態に多くの人が翻弄されましたが、そんな環境下でも、いかに楽しさを見出しながら、学びを止めないか。教授・スタッフ・生徒が創意工夫を重ねながら前進していった経験を通じて、いかなる苦境でも突破する力、Resilience (レジリエンス)が磨かれたことは貴重な機会だったと、今なら言えます。

今回は2年にわたる英国デザイン・アートスクール留学が「どのような意義をもつのか」について書いてみました。次回は、「今後どこへ向かっていくのか」に関して記してみたいと思います。

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