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【め #13】「たまたま目が見えなかっただけ」

前田 茂伸さん(前編)


 前田さんは、生まれたときから「光や目の前の指の数がわかる程度で、測れないほど」の視力だった。色の感覚も「濃い色は黒っぽく、薄い色は白っぽく」見える程度だ。小学校から盲学校に通って寄宿舎生活を送り、普通科卒業後あん摩マッサージ指圧師・鍼師・灸師(通称『あはき師』)の資格を取った後、同資格を養成する『理療科』の教員として盲学校に勤めて「来年3月で25年になる」という人生を歩んでこられた。

 もしかして狭い世界のように聞こえたかもしれないが、とんでもない。


 前田さんは、高校3年生の時に米国のフィラデルフィアにある私立盲学校である『オーバーブルック盲学校』に留学された。当時、世界中から視覚障害のある同世代が集まり、英語とコンピュータを学ぶ。授業ではマイクロソフトのMS-DOS(注:Windowsの前身)を英語の点字で習得し、生活では寮でクロアチア人のルームメイトと過ごし、週末には地元にホームステイ。米国に留まらず隣国カナダやヨーロッパにも足を伸ばした。


 何でもそうだが、世界を見ることで初めて日本の位置がわかる。

 視覚障害者の仕事に目を向けると、当時、日本の『あはき師』の資格を例にアジアでは自ら仕事に就いて生計を立てられる道筋がある一方で、欧米だとパソコンやオフィスソフトが使えても一般企業の障害者枠がない限りは就職が難しいという現実があった。

 生活環境に目を向けると、日米で配慮の感じ方が異なる。当時、日本では点字ブロックの設置が進んでいたが、米国に点字ブロックはなかった。でも「アメリカで困ったことはない」。恐らく宗教の違いなのか、誤解を恐れず言えばドラッグをやっているような人でも「信号に行けば渡ることを手伝ってくれた」。社会インフラが、ハードなのかハートなのか。

 政府の制度に目を向けると、米国ではアクセシビリティ対応がなされている製品でないと政府調達の対象にならない。現在ではiPhoneに音声読み上げソフト『VoiceOver』が標準装備されていることが日本でもよく知られているが、当時から『30年前でも力が入っていた』。


 ただ、そうした配慮について、前田さんは「視覚障害者のために!と言いたいわけではない」と念押しされた。そういう色がついてしまうことで、企業からすれば「費用対効果が悪い」市場や投資になってしまう。政府への要望も視覚障害者として「困っているから対応してくれ」だけではなく、双方で「歩み寄ることが大事」と話された。

 例えば、家電製品でも点字が付記されることは普通になったし、音声で話してくれる機能も出てきた。「“視覚障害者や高齢者のために”ではなく、商品開発などの段階から“どんな人でも使いやすく”が当たり前になったらいい」だけ。

 前田さんの奥さんは車を運転できるが、方向音痴だそうだ。冗談で「それも立派な障害だね、なんて話すんです」。でも、カーナビの地図データを毎月アップデートしたり、iPhoneにもカーナビのアプリを入れて同時に起動したり、「できることはしている」。続けて、ご自身について「障害だからという気持ちは全くなく、たまたま目が見えなかっただけ」と話された。晴眼者と同様に「SNSから情報を入手するし、文字入力もできるし、OCRによる文字認識技術も進んでいるし、最近はカメラで信号や紙幣を識別するアプリもある」。

 障害は本人ではなく社会環境によってつくられるとする『障害の社会モデル』という考え方があるが、まさに商品開発やテクノロジーの利用を通じて社会環境側から障害を無くすことができることを示唆されたように感じた。


後編に続く)




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