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ロマンティックあげるよ 古川琴音主演の異色ラブコメ『雨降って、ジ・エンド。』

「ロマンティックあげるよ ロマンティックあげるよ」

 古川琴音が主演した映画『雨降って、ジ・エンド。』には、TVアニメ『ドラゴンボール』(フジテレビ系)のエンディング曲「ロマンティックあげるよ」が挿入歌として使われている。「ロマンティックあげるよ」という歌詞そのままの、軽快なロマンティックコメディだ。また、映像ユニット「群青いろ」の17年ぶりの劇場公開作としても注目される。

 物語の主人公となるのは、フォトグラファーを目指している女の子・日和(古川琴音)。SNSに自撮り写真を投稿しているものの、写真家としては食べていけず、週4日は派遣社員として働いている。職場では上司(新恵みどり)のパワハラにうんざりする日々。怒られるのも仕事のうちと、先輩の栗井(大下美歩)と愚痴をこぼし合うことでやり過ごしていた。

 そんなある日、どしゃぶり雨に遭った日和は、買ったばかりのカメラを濡らしては大変と、近くにあった潰れた喫茶店で雨宿りすることに。店の奥には先客がいた。ピエロの格好をした中年男がぬっと現れたことに驚いた日和は、とっさにカメラで撮影。まるでモンスターのように映ったピエロの画像は、SNS上で思いがけずバズっていく。

 いいねの数が増えれば増えるほど、自分が認められているような気がして日和はうれしい。このままバズり続ければ、「写真集を出しましょう」というオファーが来ちゃうかも。そんな下心から、街で風船を配っているピエロ男こと雨森(廣末哲万)を見つけ、近づく日和だった。

 写真を撮らせてほしいという日和の申し出に、あっさりとOKする雨森。今はマンションでひとり暮らしをしているが、以前はちゃんと働き、妻と子どももいたらしい。

「世界は笑顔で包まれているべきです」

 いつもピエロのメイクをしている雨森は、風船に50円玉を結んで道行く人たちに配っている。400万円ある退職金がなくなるまで、配り続けるらしい。頭のおかしな変人なのか、それとも根っからの善人なのか。ミステリアスな雨森をカメラで追っていくうちに、日和は雨森の懐の深さに次第に惹かれている自分に気づく。

 古川琴音はNetflixドラマ「幽⭐︎遊⭐︎白書』(23年)や濱口竜介監督のオムニバス映画『偶然と想像』(21年)などに出演している売れっ子の若手女優だ。1月19日より公開中のホラー映画『みなに幸あれ』にも主演している。

 本作の撮影は2019年。まだブレイク前だった古川は、オーディションで日和役に選ばれている。彼女の持つポップさとキュートさが、脚本家・髙橋泉と個性派俳優兼監督でもある廣末哲万によるユニット「群青いろ」のシニカルさとブレンドされ、「社会派ラブコメ」とでも呼ぶべきユニークな作品に仕上がっている。

ピエロ姿の雨森(廣末哲万)はおかしな変人か、それとも善人か

「シグナルはゼロだったのか?」という問い掛け

 夢を追う若い女の子とピエロ姿のオッサンとのファンタジックなラブコメとしてのおかしさに加え、メジャー系の作品ではなかなか扱われないテーマがしっかりと盛り込まれている。

 そのひとつが、雨森が口にする「シグナルは本当にゼロだったのか?」という問い掛けだ。

 雨森のマンションで、酒盛りを始める日和。酒に酔った2人の話題は社会問題にまで及ぶ。世間では殺人事件や放火事件などの凶悪犯罪が次々と起きているが、犯人たちは犯行前にシグナルを発していたのではないかというのが雨森の持論だ。日和は「止めなかった周りの人も悪いの?」と問い返す。それに対する雨森の答えは「シグナルを出すことさえ、周り人は諦めさせていたんじゃないのか」というものだった。

 その場では納得できずにいた日和だったが、雨森の言葉はのちに重要な役割を果たすことになる。後になってから、重みを増す言葉がある。SNSの「いいね」と違って、雨森の言葉には遅効性の力が込められていた。

 このシーンを観て、米国のドキュメンタリー映画『ブリッジ』(07年)のエリック・スティール監督が来日した際に取材したことを思い出した。『ブリッジ』はサンフランシスコの観光名所にもなっている金門橋を、長期間にわたって固定カメラで撮影し続けた異色作だった。カメラには橋から飛び降りて自殺を試みる者、いざとなると怖くなって躊躇する者、通行人から止められる者……、そんな様子が映し出されていた。

 なぜ、人通りの多い観光スポットで、自殺をはかる人が多いのか。この疑問に対し、エリック監督は「個人的な考えだが」と断った上でこう答えた。

「自殺者の多くは助けを求めているのではないか。人目につく場所を選ぶことで、誰かに止められることを望んでいるんじゃないか」

 自殺を考えている人は、実は生きたがっている人でもある。そんな逆説的な考え方があることを、映画『ブリッジ』の取材で学んだ。

 雨森がいう「シグナル」を発信している人がいても、日常生活に追われていると気づかない場合が多いに違いない。仮に異変に気づいても、トラブルに巻き込まれることを恐れて、気づかないふりをしてしまうかもしれない。

 だが、日和は自分の身の周りで起きた異変に気づくことになる。雨森の言葉を耳にしていなければ、見逃していたかもしれない、小さな小さなシグナルだった。

日和(古川琴音)は小さなシグナルに気づく

高いハードルにも、軽やかに立ち向かう古川琴音

 ここから先はネタバレになるので、ネタバレは嫌という人は作品鑑賞を終えてから読んでもらえればと思う。『東京リベンジャーズ』(21年、23年)やAmazon Prime配信ドラマ『仮面ライダーBLACK SUN』などのメジャー系の脚本も手掛けている髙橋泉だが、本作はあえて「群青いろ」によるインディーズ映画として制作している。その理由は物語後半に明かされる。

 物語が進んでいくなかで、日和は「性嗜好障害」という聞き慣れない言葉を知ることになる。性嗜好障害は「パラフィリア」とも呼ばれている。露出症、窃視症、性的サディズム、性的マゾヒズム、小児性愛など、社会通念から逸脱した性嗜好のことを指した言葉だ。

 多様性のある社会であることが現代では受け入れられつつあるが、性嗜好障害は「LGBTQ」の中には含まれていない。LGBTQという言葉からも、こぼれ落ちてしまう人たちがいる。自分の知らない世界に遭遇した日和は戸惑いを隠せない。

 性犯罪を繰り返してしまう重度の性嗜好障害者がいる一方、自分の感情や欲望を抑え込んで生きている人たちもいる。「群青いろ」の代表作『ある朝スウプは』(03年)も『14歳』(06年)も、社会の枠組みからはみ出してしまった人たちの痛みを伴うドラマだった。「群青いろ」が久々の新作を撮った理由には、今回のテーマがメジャー作品では扱いが難しいこともあったに違いない。

 このように『雨降って、ジ・エンド。』のテーマ性に触れると、かなりヘビーな社会派ドラマだと思われるかもしれないが、そんな高いハードルにデビュー間もなかった古川琴音が果敢に、そして軽やかに立ち向かっていく。ポップでキュートで、カラフルなエンディングへと向かって突き進んでいく。

 この映画を見終わった人は、日和が口ずさむ「ロマンティックあげるよ」がしばらくの間、頭の中をリフレインすることになるだろう。

もっとワイルドに もっとたくましく 生きてごらん
ロマンティックあげるよ ロマンティックあげるよ
ホントの勇気 見せてくれたら ロマンティックあげるよ

(作詞:吉田健美 作曲:いけたかし)

『雨降って、ジ・エンド。』
監督・脚本/髙橋泉
出演/古川琴音、廣末哲万、大下美歩、新恵みどり、若林拓也
配給/アルミード 2月10日よりポレポレ東中野ほか全国順次公開中
※2月24日(土)からは「群青いろ」の最新作『彼女はなぜ、猿を逃したか?』をポレポレ東中野にて公開。
https://amefuttetheend.com/

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