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美形俳優の岡田将生には犯罪者役がよく似合う 金子修介監督の傑作サスペンス『ゴールド・ボーイ』

 実績を残し、溢れる才能を持ちながらも、充分に評価されているとは言い難い現役の映画監督として、金子修介監督が挙げられる。『ガメラ 大怪獣空中決戦』(95年〕をはじめとする平成「ガメラ」三部作(95年~99年)は日本の特撮映画を新時代へと導いた。『デスノート』二部作(06年)は現在も続く人気コミックの実写化ブームの火付け役となった。

 若い俳優たちの魅力を引き出すことでも定評のある金子監督は、40年におよぶ監督キャリアを娯楽作品づくりに捧げてきた。作家性を打ち出した作品を発表すれば、もっと高い評価を得て、より多くの映画賞を受賞していたかもしれない。

 だが、金子監督は作家性を打ち出すことよりも、観客を楽しませる娯楽映画を撮り続ける道を歩んできた。日活時代の先輩にあたる那須博之監督が急死した後を引き継ぎ、楳図かずお原作のホラー映画『神の左手 悪魔の右手』(06年)を完成させた。超低予算の時代劇『信虎』(21年)の依頼を断らず、遊び心を交えた好編に仕上げている。もっと条件のいい、メジャーな作品を撮ってくれればと思いつつも、そんな金子監督の職人的仕事ぶりに、ファンは魅了されてきた。

 演出力のある金子監督なら、死神デュークの出てこない『デスノート』的世界、よりリアルなサスペンス映画も撮れはずだと思っていたところ、ようやく期待どおりの作品が誕生した。2014年に刊行された中国のベストセラー小説『悪童たち』(ハヤカワ文庫)を原作にした、岡田将生主演の犯罪映画『ゴールド・ボーイ』こそ、待ちかねていた作品だ。

中学生の朝陽(羽村仁成)たちは、殺人現場を撮影してしまう

次々と犠牲者が増える『デスノート』的な世界

 原作小説ではバブル景気によって拝金主義になってしまった中国の国情が赤裸々に描かれていたが、金子監督は『MOTHER マザー』(20年)や『正欲』(23年)などの社会派サスペンスで知られる脚本家の港岳彦氏を起用し、沖縄を舞台にした物語に置き換えている。沖縄という舞台装置が、物語とうまく噛み合っている。

 主人公の東昇(岡田将生)は、貧しい小さな島の出身。島で過ごした少年時代に数学コンテストで準優勝し、「神童」と呼ばれた輝かしい過去を持っている。だが、数学コンテスト準優勝の肩書は、実社会で生きていくのには何の役にも立たない。沖縄本島で羽振りのよい企業一家のひとり娘・静(松井玲奈)と結婚した東は、義父母を事故に見せかけて殺害し、財産と地位を手に入れようとする。ところが、殺人現場をたまたま中学生たちがデジカメで撮っていたために、東の完全犯罪は大きな狂いが生じてしまう。

 殺人事件を目撃した中学生3人組のひとり、朝陽(羽村仁成)は、昨年の数学コンテストの優勝者だ。朝陽は殺人動画をネタに、東に6000万円の大金を要求する。家庭環境に問題のある朝陽たち3人が大学を卒業するまでに必要となる金額である。少年法が適用される14歳まで、朝陽たちはまだ少し時間がある。もし事件が明るみになっても、罪には問われない。

 かつてゴールドボーイと呼ばれた東と、現役のゴールドボーイである朝陽たちが、頭脳戦を繰り広げる。デスノートの代わりに、夏休みの日記が重要なアイテムとして登場する。まさに死神デュークの登場しない『デスノート』的な世界ではないか。その結果、東や朝陽の周辺では次々と犠牲者が続くことになる。

殺人鬼・東昇(岡田将生)の妻を演じた松井玲奈も好演

『太陽がいっぱい』のイメージが投影された岡田将生

 沖縄本島を舞台にした本作を撮影したのは、金子監督とは初タッグとなる柳島克己キャメラマン。北野武監督の人気作『ソナチネ』(93年)や深作欣二監督のヒット作『バトル・ロワイアル』(00年)を撮った柳島キャメラマンの手による映像が、作品にミステリアスな雰囲気をもたらしている。朝陽たち中学生の背後には、フェンスに囲われた米軍基地が広がり、空には戦闘機が飛んでいる。

 本作が撮影されたのは2023年6月。ウクライナとロシアとの戦争がすでに泥沼状態と化していた時期となる。その年の秋にはイスラエル軍のガサ地区への侵攻が始まった。殺人犯と中学生たちとの闘いは、現実の戦争と地続きであることを思わせる。エドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』(91年)は、日本軍が撤退した後の台湾を舞台にした少年犯罪ものの名作として知られている。『ゴールド・ボーイ』にも、それとよく似た匂いを感じさせる。

 それにしても、美形俳優ゆえに岡田将生には犯罪者役がよく似合う。金子監督は脚本段階から、パトリシア・ハイスミス原作の犯罪映画『太陽がいっぱい』(60年)や、マーラーの音楽が印象的な『ベニスに死す』(71年)などをイメージしていたという。『太陽がいっぱい』はアラン・ドロン、『ベニスに死す』はビョルン・アンドレセンの美形ぶりが話題になった。『悪人』(10年)や『ドライブ・マイ・カー』(21年)を上回る、岡田の冷血な悪役ぶりが、彼の美しさをいっそう引き立てている。自身で決めたという、岡田の作品選びも評価したい。

朝陽の母親(黒木華)は、息子が純真な存在だと信じている

本当のゴールドボーイは誰なのか?

 若手キャストの育成がうまいのも、金子監督の大きな特徴だろう。『1999年の夏休み』(88年)では深津絵里、『クロスファイア』(00 年)では長澤まさみ、『デスノート』では戸田恵梨香と満島ひかり……、と多くの実力派俳優たちが、金子監督作品からは巣立っている。だが、金子監督は自分が見出した若いキャストが、他の監督の作品で大ブレイクするのを少しばかり悔しくも感じていたそうだ
(『キネマ旬報』2024年3月号参照)。

 本作で金子監督がオーディションで選んだ3人の中学生、朝陽役の羽村仁成、夏月役の星乃あんな、浩役の前出燿志も将来が楽しみな逸材だ。今回、金子監督はリハーサル段階で新しい試みを導入している。羽村、星乃、前出の3人が演じるパートは東京でリハーサルを行なっているが、リハ段階で金子監督自身がカメラを回し、映像化したそうだ。自分たちの演技を若手キャストはしっかりとモニターでチェックし、演技修正しながら、リハを重ねたという。

 これなら、映画の完成試写を待たずに俳優は自分の演技を客観視でき、稽古場での体験を早々に血肉化することができるというわけだ。近年の日本球界が動画撮影を用いることで、投手や打者の能力が格段とアップしているのと同じような効果があるように思う。

 金子監督のもとでしっかりリハを重ねた羽村たちは、沖縄でのロケ本番でも殺人鬼役の岡田将生や朝陽の母親を演じた黒木華らを前にして、堂々とした演技を披露している。マーラーの交響曲第5番が流れる本作のクライマックスやラストシーンは、ゾクゾクする魅力がある。

 上流階級と貧困層とに分断された格差社会、少年犯罪、子どもたちに影響を与える戦争の影……。さまざまな社会問題が散りばめられた本作だが、金子監督は声高なメッセージを挟むことなく、あくまでもエンタメ作品としてまとめてみせている。

 新旧ゴールドボーイによる完全犯罪を描いた本作には、もう1人のゴールドボーイがいることに、作品を見終わってから気づいた。「金子」監督こそ、映画界のゴールデンチャイルドではないか。『ゴールド・ボーイ』というタイトルは、脚本家・港氏のアイデアだそうだが、よほどの自信作でなくては自分の名前を作品名にはできないはずだ。だが、本作はそれに値する傑作となっている。

 金子修介監督の新たなる代表作が誕生したことを祝したい。そして、金子監督の本当の黄金時代がここから幕を開けることに期待しよう。

『ゴールド・ボーイ』
原作/ズー・ジンチェン 脚本/港岳彦 監督/金子修介 
出演/岡田将生、黒木華、羽村仁成、星乃あんな、前出燿志、松井玲奈、北村一輝、江口洋介
配給/東京テアトル、チームジョイ PG13 3月8日(金)より全国公開
(c)2024 GOLD BOY

 


 


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