コドモな私

前回記事で、ゼミの体験学習についての不安を書かせていただきました。
たくさんの方に応援と励ましをいただき、なんとか無事に終えることができました。ありがとうございました・・・!
書いた不安はすべて杞憂に終わり、体調を崩すこともなく、ご飯も完食できました。

Twitterやこのnoteを始めて、たくさんの方に支えられ認めてもらっているんだと感じることができています。それが活動のなかで心の支えになっています。



さて。
今回はゼミ体験学習レポ、という建前で、私が考えた最低なことを書きたいと思います。
本当に結構最低だと思いますので、やばそうになったらいつでも画面を閉じてください。批判もお待ちしています。


今回の体験学習は、フリースクールのような場所で子どもたちとかかわるものでした。不登校の子どもや学校に適応できず苦しんでいる子どもが対象の様子。6~7人の子どもがいました。子どもとその保護者が参加していました。
午前中は各自好きなことをして遊ぶ。お昼はそれぞれ持ってきたものを食べる(ピザ窯があるのでピザやりんご、マシュマロ、さつまいも等焼いて食べていました)。午後は少し真面目なお悩み相談会。

子どもたち、はじめは緊張していたけど時間が経つにつれ心を開いてくれました。ほかの同級生に比べて早い段階で子どもに近づくことができてうれしかったです。

活動のなかで仲良くなった子どもが一人いまして。まあAさんとしましょう。性別も名前も伏せます。中学生です。
Aさんはずっとお母さんにべったりな子でした。きっとお母さんは安全基地になっているんだろうね。
関わってわかったことは
・周りの目を気にしすぎるところがある
・知り合いと友達の境目、パクリとオリジナルの境目など深いことを考える
・頭の中は自分で描いた物語でいっぱい
・絵を描くこと、歌うことが好き
・自分から話しかけるのが苦手、でも寂しいし話したい気持ちはあるから呼べば絶対来る
・できないことはやりたくない、完璧主義
・自分の考えを主張するのはうまいが、相手の話を聞く能力は高くない(すぐ話題を自分のものに変える、質問や相槌をしない)
・でも共感性は高く、相手の良いところを見つけられるしフォローもできる
といった感じでしょうか。スクールの時間はせいぜい4~5時間だしその間ずっと一緒にいたわけではないので観察にも限界はありますが、まあこれくらいはわかります。

午後のお悩み相談も、彼女の困りごとをみんなで聞きました。
「自分は遅い。はやくなりたいと思う。特に作文ができない。書くことがわからない。」というもの。
まあ話す中で本当の悩み事は「作文のイメージができていないこと」「自分を認められていないこと」にあるなあと思っていたんですけどね。

「できないならできないで良いって言ってくれる人もいるけど、できないと思われて諦められるのが嫌。本当はやりたい。」と涙ながらに語ってくれました。

思春期、そして学校という狭い社会のなかで苦しむAさんの話を聞けたことはとても満足だし、良い時間だったなあ、Aさんのためになっていれば良いなあと思うのですが。

私は何か黒い気持ちを抱えてしまっていました。抑えられませんでした。

それは、嫉妬です。
Aさんへの嫉妬なのです。
嫉妬する部分なんてどこにあった?と思うかもしれませんが。

まず母親が味方や安全基地として機能していること。
好きなことを好きだと言えること(私も物語を考えることが好きでしたが、くだらないと言われて辞めました)。
悩みを聞いてくれる場所があること。
認めてくれる人がこんなにいること。
できないことをできないと言って周りに受け入れてもらえること。
何か配慮を考えてくれること。

Aさんの環境全部全部がうらやましかったです。

「できないことが嫌」?誰だって最初はできないものでしょ。
できないことをできないとも口にできなくて、先生も親も誰もわかってくれなくて、自分の努力だけでここまでやってきた私はなんなの???無駄だったの?
私だって同じように苦しんでいたのに。この子は私よりもこんなに良い環境なのに、どうしてできないの?努力しようとか思わないの?
できないと言われて苦しかったり、逆にできないことや裏にあるとんでもない努力に気づかれもしない私は何なの????

自分がみじめで仕方なくなりました。
どす黒い感情が溢れて止まらなくなってしまって。
Aさんのことを「甘え」としか見れなくて。

目の前でこんなに苦しんでいる子どもがいるのに。共感するんじゃなくて自分本位で批判することしかできない自分に怒りを感じました。私は「教育者」、ましてや「大人」にふさわしい人間ではないと。


これ、毒親と同じ発想だと思っています。
自分がつらい思いをしたから~。ってやつ。
うちの親もそんなところがあったりなかったり。

受け継いじゃってるんだな。
私は誰かを苦しめることしかできないんだ。

Aさんに対する感情のようなものは、発達障害系の子どもとかかわった時にもでてくることがあって。
彼らに「なんでできないの?」とは思いません。だって脳の機能の問題だからね。人それぞれ違うのはわかってる。
その先。
「この人たちはこんなに支援してもらえるの?私の努力はなんだったの?私の苦しみはなんだったの?ずるい、いいなあ。」って。最低です。

本当に、教員になれなくなって良かった。

と、自分への戒めとして言い聞かせるようにしています。
(こんな奴が学校の先生にならなくてよかった~!と嫌味っぽく自分を責めます。みんなもそう思ってくれて良いからね。)

この先どんな進路を選ぶかわかりませんが、子どもにかかわる仕事に就くことになる確率が高いと思います。
本当に大丈夫?
きっと、やめた方が良いんだろうなと思います。子どものために。