ジブリっぽいサムネ

ジブリで学ぶ昭和の歴史

何かをきっかけに知ってゆくというのは楽しく勉強をする一つの手だ。興味があることが書いてあれば苦手だと思ってたこともスッと入ってきたりする。苦手なものというのは自分からは遠いものだと考えやすい。だから自分が見たことがある景色と繋がったり、登場人物に親近感を抱けると知りたいと思うきっかけになる。

とはいえ分かりやすさと正確さ、どっちも押さえて解説することは簡単じゃない。先日読んだ『昭和戦争史講義 ジブリ作品から歴史を学ぶ』という本は、歴史学者がアニメ映画の巨匠、宮崎駿の作品と世界観を解説しながらしっかりと歴史について学ぶことができる刺激的な一冊だった。

ナウシカ、トトロ、千と千尋の神隠しetc...。宮崎駿と言えば独自の世界観でつくられたファンタジー作品の数々が真っ先に浮かぶが、一方でリアルな現実世界について、またはそれとなく現実を暗示したような作品も多い。
風立ちぬ、火垂るの墓、平成狸がっせんぽんぽこ、そんなリアル路線の映画を題材に、著者が登場するシーンを使って歴史の解説をしている。冒頭で紹介されているのはかつて日本が作り出した戦闘機、ゼロ戦を設計した堀越二郎という人物を主人公にした「風立ちぬ」。

実は映画公開時にこの映画を見に行ったのだが、当時の感想は「なんだかよくわからないなぁ・・・。最近のジブリはやっぱりパッとしない。」そんなかんじだった。宮崎駿は戦闘機が好きな、いわゆるミリオタと聞いていたけど、戦闘機が活躍するシーンがカッコよく出てくるわけでもないし、かといって反戦平和ということを強く主張する映画でもない、当時よくわからないと感じた理由はそんなところだろうか。

松任谷由実の「ひこうき雲」がエンディングで使われた事が話題になったくらいで、そこまでヒットした作品ではなかったはずだ。わかりやすさからは遠い映画だと思う。

この映画がどうにも掴みづらいのは、設定として堀越二郎という実在の人物の生涯と、堀辰雄という小説家の「風立ちぬ」という作品、さらにドイツ文学の古典ゲーテの「ファウスト」をミックスさせた上で、さらにさらに(!)宮崎駿自身の心情やロマンを登場人物に投影させているといういろんな要素を混ぜすぎてしまっている事が理由ではないだろうか。
そして舞台は日本の大正から昭和前期という実際の歴史。これでは出てくるシーンや人物、セリフが本当にあったことを描いているのか、宮崎駿ワールドの創作なのか普通の人が見極めるのは困難だ・・・。

先ほど、映画を見に行った時はよくわからなかったと書いたが、実は僕にとって「風立ちぬ」は後から歴史を勉強していくにつれてじわじわと好きになってきた、なんとも不思議な体験をした映画だったりする。

そういう意味でも、専門の先生がシーンを切り取りながら歴史学の視点で解説してくれるこの本は、映画を楽しむのに絶好の一冊だと思う。ジブリで歴史を学べるだけじゃなくて、解説からジブリ映画をより楽しむこともできるはずだ。印象的だった部分をいくつかピックアップしてみると

主人公を誘惑するカプローニ博士とは何者か?
→素直で優秀な二郎を誘惑し、飛行機を作らせて多くの街を焼き払いたい。正体はファウストという悪魔
この映画がどうして大正時代に起きた関東大震災からスタートするのか?
→群衆のうごめき、大衆社会の出現と不穏な時代の予兆
戦闘機を飛行場まで運ぶために、なぜ牛が使われているのか?
→飛行機は作れても、満足なインフラの無い日本
なぜ空腹な少女は二郎の差し出したシベリア(お菓子)を食べないのか?
→現在にもつながる日本の「貧困=自己責任論」。他人からの情けを拒み、笑われまいと生きる日本人の姿。
背景に浮かび上がる戦艦長門、二郎はなぜ戦艦に見向きもせず、じっと前だけを見つめ進むのか?
→戦艦から飛行機への主役交代。目まぐるしい技術革新によって激変する時代

このように映画のシーンを挿絵ではさみながら、解説をして問いかけに答えていくスタイルで進んでいく。そういう意味でも物語に入り込みながらすいすいと読み進められた。

初めて観た時にもシベリアのシーンはかなり印象に残っていた。ジブリといえば登場する食べ物がどれも印象的だが、食事によって時代背景や人の心情を映し出す宮崎監督の手腕はこういう所にあるのかと気づかされた。

研究者の書く本はどれも難しくて漢字ばかり、そう思って手が遠くなってしまう事は多い。だけど伝える事に重点を置いて日々研究をされている方もいるし、そういう意味では若手の人からの方が自分たちと感覚が近いだけに話しが入ってくることがある。
当時の空気感を肌で知る監督と若手研究者の客観的な分析、フィクション(映画)とノンフィクション(歴史学)の交差。ジブリ作品のファンタジーを入口に歴史を勉強できる、高密度で刺激的な一冊だった。

#歴史 #近代 #ジブリ #宮崎駿 #風立ちぬ



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