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『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』ーー数珠つなぎ読書

発売した当初から評判がよく、小林秀雄賞を受賞したこともあり、存在は知っていたけど、なかなか読む機会がなかった。

たまたま本屋の文庫コーナーに並んでいるのを見かけて、何となく手に取り読んだ。小林秀雄賞を受賞したのも頷ける、面白い本だった。

東大文学部教授の加藤陽子先生が高校生を相手に講義したものを本にまとめたもの。テーマは戦争と日本近代。この二つのテーマは切っても切り離せない。戦争を考えることは日本近代を考えることであり、日本近代を考えることは戦争を考えることである、それくらい密接に関わっているテーマだ。

戦争とは何か?というところから始まり、日清戦争から太平洋戦争までが扱われる。高校生に問いをなげかけつつ、また、実際の史料を紹介しながら講義が進められる。

この本を読みながら考えたのは、戦争にはハード面とソフト面があるということ。ハードとは、例えば、戦車や戦闘機が使われ始めたことにより、戦争のあり方が変化したみたいな話。ソフトな面とは、どのように戦争を正当化するのかなど、情報やプロパガンダを含めた、イデオロギーに関連する話。

本書は両方ともバランスよく扱っているが、どちらかといえば、ソフトな面を強調しているように感じた。

例えば序章において、憲法学者、長谷部恭男先生の『憲法とは何か』(岩波新書)をひきつつ、ルソーの戦争観が紹介されていることなどにも、その傾向が表れているように思う。加藤先生は以下のようにまとめている。

戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の憲法に対する攻撃、というかたちをとるのだと。(加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』[新潮文庫、p.49])

思想や考え方のようなソフトなものに対する戦争という考え方をあまりしたことがなかったので、この観点にはとても新鮮な印象を持った。

そういうソフト面での戦争という観点から、個人的になるほどなぁと思ったのは、アメリカのウィルソン大統領のくだり。

高校で世界史を習うと、「十四か条の平和原則」の提唱者として登場するウィルソン。その思想が国際連盟へとつながったという話が有名だが、結局、その提唱者のアメリカは国際連盟に加盟しなかった。

高校のときからこの部分が解さなかった。普遍的で理想的な理念を掲げたにもかかわらず、その現実化したものとしての国際連盟に、なぜ加盟しなかったのか。高校の世界史の授業では、議会の反対で実現しなかったのだ、と説明がなされていて、一定の理解はできたものの、なんとなく釈然としていなかった。

今回、その部分に対して、違う観点から理解が進んだ。

学者であり、プリンストン大学の学長も務めていたウィルソン大統領。私は「平和原則」とこの経歴を繋げて、彼を「理想主義者」なんだと考えていた。しかし、現実は少し違うようなのだ。

加藤先生は、ウィルソン大統領の「平和原則」の背景には、戦争の正当化という思惑があったことを指摘している。

その背景にはどのような時代背景があったのか。

連合国の一員であったロシアが国内の革命のために連合国から脱落し、ロシア革命を率いたボリシェビキのレーニンとトロツキーは、帝政ロシア時代の秘密外交文書などを暴露します。連合国のイギリスやフランスや日本が、いかに帝政ロシアとの間で、戦後の植民地の再分割などについて、えげつない取り決めをしていたのかを暴いてしまったのです(同上、p.271-272)

つまり、連合国側の戦争の正当性が揺らいでいたということ。そのような時代背景から提起されたウィルソンの平和原則について、加藤先生はさらに以下のように指摘。

そのような状況を目にしたウィルソンは、連合国の戦争目的をあらためて理想化しなければ世界の人々を幻滅させてしまう、あるいはボリシェビキの理想にまけてしまう、との危機感にとらわれます。(中略)しかし、民族自決とウィルソン大統領が述べたとき、その念頭にあった地域は、かなり限定された地域だったのです。このことはあまり知られていませんね。(同上、p.272)

ウィルソンの平和原則を知った高校生のときは、この原則が普遍的で理想的なものとして提起されたのだと私は考えていたのだけれど、事態はもう少し複雑なようだ。たしかに、理想を述べたことには違いはないのだが、諸外国に対して自分たちの正当性をアピールするという「現実主義」の手段として、この平和原則の「理想」が語られたというのが、より歴史的な現実に近い。この微妙な違いを認識していなかったので、国際連盟への非加盟に違和感も持っていたが、「現実主義」が通底していたのであれば、納得がいく。これは本書を通して得た、発見だった。

さて。ひとつの本から、関心をどんどん広げていくというのは読書の醍醐味のひとつ。この本を起点にして、次にどのようなテーマにつなげるか。(数珠つなぎ読書)

①戦争という憲法というテーマはとても面白かったので、長谷部先生の本も面白いかもしれない。

②戦争と情報・イデオロギー、あるいはプロパガンダのようなテーマもよさそう。

③高校世界史では政治史が中心だったけれど、本書を読むと、戦争の経済的な側面の重要性がかなり伝わってくる。戦争とその背景にある経済というのも面白そう。


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