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怪異を訪ねる【遠野 早池峯神社】その三

 四月二十八日。いよいよ座敷わらし祈願祭を見学する為に、私は遠野駅に降り立った。遠野へは実に二年半ぶりの訪問である。

遠野駅前

(そういえば、こんなにも高いところにある線路を走って、山に囲まれた景色を見ながら、前もここに来たんだっけ)

 そんなことを思いながら、緑一面の山を切り開く線路を、列車がゴトゴトと音を打ち鳴らして進んで行き、徐々に町らしき景色が車窓に浮かび、辿り着いた。

 過去の記憶が懐かしく、すぐに思い出す景色も見受けられた。今回の滞在日程は僅か一泊二日である。前日に現地入りして、まず初日は、前回も訪れた「伝承園」や「とおの物語の館」を再訪問することにした。そして翌日、いよいよ朝から早池峯神社へ向かうという予定だ。

 時間がなくて駆け足で遠野の各施設を見学した二年半前とは違って、少しは時間に余裕がある状況で過ごすことができた初日。そちらの様子もいずれは記事にするかもしれないが、今回は記事の趣旨に従い二日目の記録をメインに記す。

「おはようございます。予約した東郷です」

「どうぞ、乗ってくださいね」

 朝九時半。遠野駅前で予約していたタクシーに乗り込み、神社へ向かう。私は車の運転免許は持っているが、もうここ数年はハンドルを握っていない。地元を遠く離れた東北の山奥へ向けての道など、カーナビがあっても進んで行く自信は皆無だ。道に迷わないように、読者の皆様も運転に自信がなければ、現地のタクシーか知人に任せた方が良いかと思う。因みに、神社近くにはバス停はない。
 今回、車で神社まで案内してくださるのは、生まれも育ちも遠野だという七十代の男性でベテランのドライバー。道中、面白いお話が聞けた。

「昔はねえ、有名じゃなかったから誰もあんな神社知らなかったんだけどねえ。ザシキワラシで有名になってから、行く人増えたよねえ。私もちょっと前までは神社の存在も知らなかったから(笑)」

 やはり新しい祭りであることがわかるワンシーンだ。

「でもねえ、神社の隣に廃校があって、そこは週末だけ学校を再利用して、昔の学校をそのまま見学できるようにして開放してるんだけど。あそこの音楽室か体育館にも何か、ザシキワラシかわからないけど、何かいるみたいなこと聞くよ」

 そんな情報はまったく私は入手していなかった。これは訪問する価値がさらに高まる、耳寄りな情報だ。霊感が弱い私に何か感じることはあるのか期待が膨らむ。

田園風景と山々

 見晴らしの良い田園風景や細い道を少しずつ進んで行くと、気が付けば標高が高いところに来ていた。駅前から四十分ぐらい経過したところで、目的地に辿り着いた。

「うわあ、やっぱり結構来てるなあ」

 思わず運転手さんが言葉を漏らす。確かに、四年ぶりの通常規模での開催ということもあってか、駐車場に停められた車のナンバープレートを確認してみると、私が見た範囲だけでも関東や遠方からの参拝者がいることがわかった。

(というか、俺は大阪やんか)と自分に突っ込む。

「ありがとうございましたー。」

「はい。じゃあまた帰るときに迎えの電話頂戴ねー」

 私は運転手さんに別れを告げて、駐車場として使われている廃校の庭に降りた。そのまま脇道から参道を通って境内に入ることもできるのだが、礼儀正しく、神社の正面である鳥居はどうしても潜りたい。そこで、一旦、庭を出て鳥居を見に行くことにした。

早池峯神社

 迂回して正面に辿り着くと、千年以上の歴史を背負ったシンボルがそこに現れた。事前に鳥居の写真をインターネットで拝見したことがあったとはいえ、実際に目の前に立つと、木造で簡素ながらも威厳を感じた。石造りのそれとは異なり、丈夫には見えないがどこか力強い。
 通常、私が抱く神社のイメージは、鳥居というものは神社のあらゆる建物のなかで最も大きいか、目立つものだという認識だ。しかし、こちらはすぐ後ろに階段があることも手伝ってか、鳥居より奥にさらなる聖域が広がっていくイメージが正面から醸し出されている。左右の柱にはやや細身の注連縄が渡されており、紙垂が下がっている。遠くで既に祭りの御囃子が聞こえる。一礼して歩みを進める。 
 鳥居を潜ってすぐに神門が構えていた。庇の下は造りが緻密に段組みされており、左右の仁王門は寺院の意匠を感じさせる。

神門。陽の光を受けて神々しい

 神門を出ると、拓けた長い参道が拝殿まで続いている。両脇には天高く伸びた幹の太い木々が根を張っており、どっしりと参拝者を迎えている。空を見上げると、息吹きを感じる新緑から木洩れ日が差していて、澄んだ空気が美味しい。マスクを外して自然を嗅ぐことが如何に幸せなことか。

参道

 五〇メートルほど進んだであろうか。参道を抜けると、僅かな階段を昇り、拝殿に出る。すると、拝殿入り口に祭りの装束を纏った踊り子の皆さんが、こちらに背を向けて待機していた。どうやらこれから本殿に向かうとこらしい。この辺りからは御囃子もさらに大きく響いていた。左右に建てられた石の灯籠を抜けて、拝殿を潜る。そして、いくつかの階段を昇れば本殿はすぐそこだ。

拝殿

 ようやく辿り着いた。「奉納」と書かれた紺色の垂れ幕には神紋が記されており、私にとってそれは、ここが早池峯神社であるという証明の印のようだった。そして、稽古を積んだであろう舞を、愛らしい子供たちや熟練の技術を身に付けた大人たちが、鮮やかに披露しており、祭りに華を添えている。

本殿。舞が行われている

 その背後の本殿では、既に始まっていた座敷わらし人形の里帰り、魂の入れ替えが行われていた。人形を持参した参拝者たちが、入れ替わり立ち替わり、本殿を行き来する。人形を保有していない私は、その景色を羨望の眼差しで見届けることしかできなかった。本殿には近づけない為にお賽銭を入れることはできなかったが、遠くから参拝を報告した。

人形の魂の入れ替えが行われている様子

「パコン!・・・・・・パコン!」

 何やらカスタネットの音色を重たくしたような音がした。本殿から目を逸らすと、端で獅子舞を纏った男性が、次々に参拝者の頭を甘噛みしている。

甘噛みをする獅子舞

 獅子舞には無病息災や厄払いの御利益があるとされており、全国の祭りでよく見られる光景だ。こんなところで遭遇するとは。せっかくなので、私も希望して頭を噛んで頂いた。健康に過ごせますように。そんなことを思い、境内を散策することにした。

 次に向かったのは社務所だ。お目当ての御朱印と座敷わらしの御守りを戴くことも今回の目的である。早速、社務所に行くと、私は係りの方に御朱印帳を渡した。

「こんにちはー。少々お待ちくださいねー」

 御朱印を書き終えるまでの間、しばし五、六名の受付係の方々とお話させて頂いた。

「みなさんは、地元の方ですよね。いつ頃からこうやって、お祭りに参加されてるんですか」

「いつ頃だろう・・・。私が小学生とか、子供の頃から、気が付いたら始まってて協力するようになってましたねー」

 そう話してくれたのは受付のある女性だが、他にも七十代ぐらいと思われる年配の男性が数人おり、皆さんは社務所を所狭しと動き回って、御朱印を記すなど参拝者に対応していた。

「宵宮などは七月なんですけど、夜は幻想的な雰囲気になって綺麗ですから、また機会があればお越しくださいねー」

御朱印
御守り

 そんな会話を交わして、しばらくすると、御朱印が完成したようで、御朱印帳を受け取った。奉納料を納めると同時に、座敷わらしの御守りも在庫があったようなので購入した。神社に訪れた証明となる品が、これで二点、揃った。

「ありがとうございましたー」

 社務所の皆さんにお礼を伝えて、私はさらに境内を散策することにした。(続く)

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