見出し画像

怪異を訪ねる【遠野 早池峯神社】その五 完結編

 場所を移動したり、建物から出たりして執拗にタクシー会社に電話を掛けてみる。しかし、繋がらない。さて、どうするべきか・・・。そうだ、先程、受付で少しお話をさせて頂いた女性の係員さん、「ヘルプ!」との思いでその姿を探してみた。すると、校舎の入り口すぐ左手にある事務室にいらっしゃったので、すぐさま声を掛ける。

「すいません。見学させて頂きましたが、懐かしく思えて、楽しかったです。ところで、今、帰りのタクシーを予約しようと思ったのですが・・・」

 斯々然々、私は事情を説明してみた。災害時は固定電話の方が繋がりやすいだとか、電波が入りやすいだとかいう出所不明の説もあるが、そんな話をしていると、

「じゃあ、私のスマホから連絡してみますね。ドコモだと繋がるとか、auだと入りにくいとか、いろいろあるみたいですねー」

 そうか、そんなこともあるのか。また一つ知識が増えたような気がした私。すると、電話が繋がったようで、そのまま女性に配車の依頼をして頂いた。

「一時間後ぐらいに来れそうだと仰ってますが、大丈夫ですか」

「大丈夫です!それまで待機しておくので!ありがとうございます!」

 早めの対応が功を奏した。どうにかして難を逃れた私は、もう少しこの空間で時を過ごすことにした。

 小腹が空いてきた私は、少し休憩しようと思い、校舎入り口近くの廊下に面した休憩スペースに入った。いくつかのテーブルとパイプ椅子があり、空いている椅子に腰かけた。部屋には先客で数名の男性が寛いでいた。同じく祈願祭に来られたのだろう。校舎前では軽食を販売しているとのことで、一度、玄関を出て、お握りとお茶を購入して再び休憩室に戻った。

今も学校の風景が残る廊下

 校内で食事を摂るのは何年ぶりだろう。まだ若いとは言っても、すぐには記憶がはっきりと数字で遡れないほど、時間は経ったのだと痛感する。そんなことを考えながら、お握りを頬張っていると、後からまた一人男性が入って来て、空いている椅子に座られた。これで室内は私を含めて四人になった。
 それぞれが昼食を食べたりまったりと時間を過ごしていると、私の左手と左斜め前の男性が、虫の対処法だか何かの話がきっかけで会話を始めた。仮に、左手の男性をAさん、斜め前の男性をBさんとしておこう。聞こえてくる話に依れば、お二人は県内から来られたようだ。県外から訪れた私ですら、座敷わらし祈願祭に惹かれてようやく辿り着いたのだから、地元の方々であれば、猶更、この場所は気になるスポットであろう。
 話はザシキワラシそのものの存在に及び、俳優の原田龍二氏がテレビ番組の取材で訪れた場所などについてお話が進んでいた。すると、私の正面に座っていたCさんも加勢する。

「私は埼玉県から来まして」

 やはり、駐車場でナンバープレートを見た通り、県外からも沢山の参拝者が訪れているらしい。その事実に私は改めて驚いた。このような展開になると、私も話に混ざりたくなる。タイミングを計り、しばらく私は気配を消して、大人しくお握りを食す。

「ザシキワラシってのは、六、七才とか、十二、三才ぐらいとか、いろいろありますよね」

 Cさんが続ける。ここだ。大縄跳びに飛び込むように、話に参加してみた。

「私は大阪から来たんですが、皆さん、ご自宅は近いのですか?東北にはいろんなザシキワラシが出ると言われる旅館や場所があって面白いですよね」

 ザシキワラシのファンや追っかけのような、つまり同志であれば、小さな話題から話は広がるものだ。

「宮城のスーパーマルセンとか!」

「テレビで紹介されてましたね」

 AさんとBさんが声を揃えた。一瞬、ピンとこなかったが、そういえば、原田龍二氏の調査シリーズで訪れていた記憶がある。思い出した。
 さらに話は、とある場所でオーブが撮れたとか、人形を所有しているかなどに及んだ。皆さんやはり物好きなようで、各々でスポットを訪れているらしい。ちなみに、御三方は人形は持っていないとのことで、その場にいる全員がいつかは手に入れたいという願望を持ち寄った恰好となった。

「この学校も、音楽室とか体育館に居るって言いますよね?それじゃあ、四人で偵察しますか」

 誰が言ったか、そのような流れで私たちは部屋を出た。廊下を真っ直ぐに進み、先程、見た場所を再確認する為に部屋へ向かう。まずは手前にある音楽室から。

「ここで遊んでいたザシキワラシが、走って奥の体育館に逃げたんですかねえ(笑)」

 確かに、そんな風に思えるぐらい校内は穏やかな空気が流れており、幼い声や御茶目な足音が聞こえてくるような気がした。体育館へ向かう。

「ここは何か、感じるんですよねえ。」

 Aさんは少し霊感の類が強い方のようで、各地でザシキワラシの存在を感じることがあるという。しかし、四人で講堂を隈なくゾロゾロ歩いてみるが、特に目立った反応は感受できなかった。

「この校舎もそうなんですが、僕は参道横の、大木にも気配というか、そんなものを感じるんですよねえ」

 また気になるお話を聞いてしまった。参道にそんな大木はあっただろうか。両脇に木が聳え立っていたのは覚えているが、感性が弱い私はそのまま通り過ぎたはずだ。また後で行ってみるか。そんなことを思い、踵を返す。ふと、腕時計を見ると、時刻は午後一時。もしかすると、既にタクシーが駐車場に到着しているかもしれない。私は玄関で靴を履き替え、校舎の外に出た。
 玄関を出ると、すぐ目の前の駐車場脇にタクシーの姿が確認できた。ほっとした私は、タクシーに駆け寄り、運転座席の窓を覗き込む。すると、運転手は往路でお世話になった方と同じであった。

「ありがとうございます!ちょっとお世話になった方に最後に挨拶したいので、待っててもらって良いですか」

 運転手さんにそう告げると、私は校舎に戻り、タクシーを手配してくれた律儀な女性に御礼を言った。

「本当にお世話になりました。祭りも学校も見学出来て良かったです。遠野での生活、素敵ですね。またいつか来たときは、立ち寄らせてもらいますね」

「遠いと思いますけど、また覗きに来てくださいね、来年も祭りはありますからねえ」

 こちらの女性は関東から遠野へ移住してきたらしい。やはり遠野は自然豊かで、美味しい空気を肌で感じることができて、人を惹き付ける要因はいくつもあるのだろう。

 校舎を出ると、丁度、私のすぐ後に続いてAさんとBさんも出てこられた。残念ながらCさんはいらっしゃらなかったが、せめてお二人にだけでも最後の御挨拶をさせて頂こうと思い、歩み寄った。

「今日は楽しいお話をありがとうございました。良かったら、不思議を集めるという名目でふざけた名刺を作ったので、宜しければインスタなどで連絡下さい。」

Bさん「ええー、戴きますね(笑)」

Aさん「そういえば、さっき話した気配を感じる大木ってあれのことです」

 Aさんがそう言って指差した先には、参道に面した大木があった。駐車場は参道横に位置しており、鳥居を潜ってすぐの神門を抜けて、参道の右側に大木があった。つまり駐車場からも見える位置にある。最初に通った時はまったく気が付かなかったが、確かに何かが潜んでいても可笑しくない程の太い横幅のある木だ。私は何も感じなかったが、最後に貴重なスポットを教えて頂いた。今後、訪問を計画されている読者は、ここにも注目して頂きたい。

「ありがとうございました。来年以降は来れるかどうかわかりませんけど、また機会があればお逢いできればと思います!」

 お二人に最後の別れを告げて、私はタクシーに乗り込んだ。

 少しずづ低所に進むにつれて、神社が遠ざかってゆく。窓の向こうでは樹木が少なくなり、次第に田園風景が目に付くようになる。拓けた一本道をたった一台の車が走っていく。後にも先にも車はない。他の参拝者は、あの空間でまだもう少し時間を過ごすつもりなのだろう。

「でもねえ、私はそういう・・・霊感みたいなものは感じないけど、あそこ行くと、やっぱりスッとするというか、スッキリした感覚あったんじゃないですか」

 運転手さんがそう言った。境内には確かに、清らかな空気が流れていた。勿論、それはザシキワラシの存在によるものではなくて、単に自然がそのまま綺麗な状態で残されている澄んだ空気のせいということもあるかもしれない。しかし、私が痛感したことは、真相不明の存在であるザシキワラシという「モノ」が、こうして日本中から参拝者を呼び寄せ、決してカルト的な危険性を孕むことなく、地元の人々をはじめとした人間によって大切に護り護られているという現状は、大いに参考にするべき一つの娯楽や信仰の完成形であるということだ。

遠野駅前の交差点

「それじゃあ、また来てくださいね。駅から南に下ったところに、神社と博物館がありますからね」

 タクシーは遠野駅に着いた。ガイドして頂いた運転手さんに御礼を言って、私は車から降りた。昼食を摂ってから、もう少しだけ残された遠野での時間をゆったりと過ごすことにした。

「ヒュワーン」

 駅のホームから古いタイプの汽車の汽笛が聞こえた。振り返ってみると、そこにはSL銀河が停まっていた。列車にはあまり興味のない私ではあるが、どうやらこの春でSL銀河は運行を終了するらしい。ラストランが迫る汽車を拝見できる貴重な機会に私は恵まれたわけだ。どこまでも遠野は邂逅を与えてくれる。

偶然にも停車していたSL銀河

 名残惜しくなってくるまでの僅かな時間を、私はもう少し、歴史を踏みしめ過ごすことにした。(終わり)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?