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2024.01 本のはなし(上)

昨年より急に純文学にハマってしまったことで、とあるタスクが一つ増えた。半年に一度の「芥川賞の発表をリアルタイムで確認する」というタスクのことである。
今まではなんとなくチェックする程度だった芥川賞だったが、今では気になって仕方ない。

今回も候補作が発表されてからはカレンダーを見てはカウントダウンなんかして、なんとなく毎日ソワついた行動言動が目につくくらいに発表の日が待ち遠しかった。
まるで自分がノミネートされてるかのような入り込み具合、不思議なものである。

勿論芥川賞が全てではないと思う。しかし、無二の小説を書いてきた作家さん方が集まって審議を行いここ半年の傑作を決めるこの賞は、やっぱり文学界隈の一大イベントであると思う。
今年は気になってる三島賞や野間文芸賞などにも範囲を広げたいところだが、芥川賞は素通できない。

今年は九段理江さんの「東京都同情塔」が受賞した。受賞作は未読だが、九段さんの小説は「Schoolgirl」「悪い音楽」と2本を既に読んでいる。これらは最高に面白く、いつか受賞してほしい方の一人だったのでとても嬉しい。

他の候補作も面白そうで早く読みたいのだが、今年は「せっかちさの自制」を目標に掲げてしまったので、マイペースに行こうと思う。
早食い、早読、早歩き、それら全て辞めたい気持ちでいっぱいなのだ。
どうにもせっかちすぎる、生き急いでしまっている。でかい海とか山とか草原とか、そういう壮大で寛容な心持ちで、読書を楽しみたい。

1月前半に読んだ本

1/1〜1/15 9冊

・神様のいない日本シリーズ/田中慎弥
・乳と卵/川上未映子
・百年泥/石井遊佳
・影裏/沼田真佑
・家庭用安心坑夫/小砂川チト
・がらんどう/大谷朝子
・水たまりで息をする/高瀬隼子
・春の庭/柴崎友香
・火花/又吉直樹

いつくかピックアップして感想を。個人的に最も打撃受けた「影裏」はまた追って書きたい。「百年泥」も凄まじかったな。


家庭用安心坑夫/小砂川チト

濃厚なのに疾走感があるという超高カロリーな小説。圧倒的な何かに揉まれまくった。

根底にこびりついた負の感情を陽に出来るチャンスをガッチリ掴み離さなかった小波の強さは、まさに弱さそのもの。これぞ、苦しくても生きていくという生命力なんだと、こちらまで励まされたような、あんぱんでも分けてもらった気分だ。

“強くて弱い存在”というのに、私はずっと弱い。その切実さがたまらない。

水たまりで息をする/高瀬隼子

風呂に入るのを拒む夫と妻の物語。

社会で生きてると、自分が思っている以上にちゃんと息ができてない。しかも大概それに気付けないか、薄々気付いて放置する。
社会がそうさせるのか、社会を受けての自分の判断なのか、いずれにしても誰も悪くないのもまたなんとも言えぬ虚しさがある。

そういう蓄積は必ず何かしらの形となって反映される。
身体に変化が出たり、ふとした行動に滲んだり、積もるほどに加速していく。

つまりこの小説の衣津実とその夫の息詰まりは、決して他人事なんかじゃない。彼らの場合は息詰まりの行き止まりが「風呂に入らない」ということだったということだ。

いやいや、行き止まりではなく、息詰まりを感じた夫が、彼なりに快適に生きようとした結果なのかも知れない。

火花/又吉直樹

タリーズで人目も気にせず度々にやつき、いかにもなシーンでまんまと泣いた。読了後、冷めて謎に泡立った珈琲をがぶっと飲んだ。

想像力が乏しい私の頭でも、映像としてパッと浮かぶシーンが多々あり、何度でも感が動く。
素直な気持ちで何かに憧れることって案外難しいと思う。特に同じ土俵に立っている事柄に対して。火花で言うところの「お笑い」。

主人公徳永の不器用さだろうか、人を真似ることすらできないということを自覚している謙虚な部分が、尊敬の念の芽生えに繋がっている気がする。
自分と他人を混同せずに一人間として認識することが無意識にできる人なのだと思う。

乳と卵/川上未映子

5、6年ぶりの再読。以前読んだときとは全く違う感情を抱いたが、これは私という人間に変化があったということなのだろうな。自分の現在と過去の推移に気づくことができるのも読書の醍醐味と思う。

何かに拘るときの感情推移は時に滑稽、だが滑稽なものには切実さと可愛さがある。必死でその時を生きる姿、どう頑張っても憎みようがない。

憎んでも憎んでも関係が簡単に切れないのが家族、それを時に呪縛のようにも拠り所のようにも思う。家族だからこその柵。ぶつかって無視してぶつかってすれ違って築く関係性。
巻子と緑子の、乳と卵による攻防のような交わりには確かに愛があって、愛しくて可愛い。

そしてなによりからっとした関西弁は、東京生まれ東京育ちの私にはクラっとくるのであった。

がらんどう/大谷朝子

芥川賞続きだった心身をリカバリーするような心地よさがあった。芥川賞作品は曲があり、読書経験乏しい私にとって、体力気力を要することも少なくない。

生きるとは選択の連続だ。今日の夜ご飯の献立、今この瞬間書くのを中断してトイレに行くか行かぬか、ずっと何かしらを選択している。
自分が抱える拘りや願いに対しては、往生際悪く食らいつくのも、憑き物が取れたように諦めるのも常に自分の裁量次第である。

そしてその選択肢の殆どに、実は他者が一切関与していないということを、すぐ忘れてしまう。静かに自分に向き合うのみなのだが、それが案外難解なのである。

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