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2024.02 本のはなし(下)

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2月後半に読んだ本

2月前半:10冊
2月後半:10冊
2月:全20冊

・クチュクチュバーン 吉村萬壱
・道化師の蝶 円城塔
・ニムロッド 上田岳弘
・おらおらでひとりいぐも 若竹千佐子
・貝に続く場所にて 石沢麻依
・漢方小説 中島たい子
・第2図書係補佐 又吉直樹
・えーえんとくちから 笹井宏之
・おぱらばん 堀江敏幸
・中陰の花 玄侑宗久

「今日は読めないかも」という日が8割くらいだった2月後半。なんだかんだ10冊読んだ。ただ、確実に読めない時期が到来しつつある。理由ははっきりしている。仕事のことを真剣に考えすぎてしまっているのだ。

派遣の仕事について言及される時、「たかが」という言葉が前に置かれることが多い。実際に繋げてみると「たかが派遣」という聞き覚えのある語感が浮かび上がる。その「たかが派遣」はいうまでもなく私自身であるのだが、きっと少しでも肯定したいのだろう、「されど」を使って軌道修正を図ることがある。「されど派遣」のスタンスで挑むと、一生上がることがない時給でも、少しでも生産性あることをしようなどという気が起こる。実際、なんだか一見パワフルに見えることだろう。しかし、それがこじれにこじれると、本が読めなくなるまでに煮詰まる。脆さと隣り合わせ。

結局のところ「たかが派遣、されど派遣」という100でも0でもない中間が求められており、私なりの丁度良さを模索しているのだが、模索しているうちに派遣期間満了となりそうなのも一つ、紛れもない事実として存在している。

本の話をしたく、noteを開いたはずだったのを思い出したので、本題に入ろう。

中陰の花/玄侑宗久

第125回芥川賞受賞作。予知能力を持つという「おがみや」ウメさんの臨終に際して、禅寺の住職則道とその妻圭子の織り成す会話から、「死とは何か」「魂とは何か」を見つめた作品。先に発表された第124回芥川賞候補作『水の舳先』では、死を間近に控えた人々がそれぞれに救いを求める様子を描いていたが、本作は肉体的な死を迎えた後、いわゆる「死後の世界」を主なテーマにおいている。
虫の知らせ、三途の川、憑依、そして成仏。それら、生きている者には確かめようのない民間信仰や仏教理念に、僧・則道が真摯に向き合っていく。ともすると、専門的、宗教的すぎてしまう題材ではあるが、「人は死んだらどうなんの」といった無邪気な言葉を発する妻の存在が、一般の読者にも身近な内容へと引き寄せてくれる。また、則道が、ネットサーフィンで「超能力」を検索する様子や、病院でエロ本を眺める場面など、自らが現役の僧侶である著者ならではの宗教人の等身大の姿が、物語に親近感を持たせていると言えよう。

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去年、古舘伊知郎のトーキングブルースというトークイベントに足を運んだ際に、仏教の考え方って面白いのかもしれないと、漠然と思った。生まれて初めて仏教に関心を抱いた瞬間だ。
そしてこの中陰の花を読み終えたことで、やっぱり仏教の考え方は面白いと思った。つまり古舘さんの多弁でパワーあるトーク力に引っ張られただけでなかったということが明らかになった。

死者の魂がどうなるか、死後がどんな世界観なのか、一生明確な答えを持てる日はこないが、死後については興味を持たずにいられない。死んでない以上、完璧な答えはないというのがまたいい。生きている間、ああだこうだ考えたり考えなかったりして、それに意味があってもなくてもいい。その時々の落とし所で落ち着くのも、曖昧なまま落ち着かないのもいい。味わい深い小説であった。

ニムロッド/上田岳弘

仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。
中絶と離婚のトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。
小説家への夢に挫折した同僚・ニムロッドこと荷室仁。……
やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という答えを残して。

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過去、私の恋人、塔と重力を読んだことがある。上田氏の作品にはいつも巧妙さを感じる。そしてそれが大変に面白い。何度も候補作にノミネートされながらもなかなか受賞しなかった上田氏の小説だが、このニムロッドでついに芥川賞を受賞した。

ニムロッドは今まで読んだ上田氏の作品と比較しても、群を抜いて読みやすい。複数の物事が入り混じる作風は一貫していながらも、びっくりするほど読みやすく、上田氏の作品は読むのに時間がかかるからという理由でニムロッドを長く積読していた私は本当にびっくりした。全く見当違いとは思うが、上田氏が芥川賞側に合わせに行ったのかと疑うくらい、びっくりした。抜群の安定感のある面白さが健在だったのも、やっぱり上田氏は合わせに行ったんじゃないかと疑ってしまう要素の一つであった。

おらおらでひとりいぐも/若竹千佐子

青春小説の対極、玄冬小説の誕生!
*玄冬小説とは……歳をとるのも悪くない、と思えるような小説のこと。
新たな老いの境地を描いた感動作。第54回文藝賞受賞作。
主婦から小説家へーー63歳、史上最年長受賞。

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近年の新人賞も何作か読んだのだが、その中でもこの作品の良さというのは明らかに違っている気がする。かなり感銘を受けた。
30年やそこら生きただけでは描けないものがこの一作に集まっていて、私は小説内で5回涙腺が刺激された。これを読んだ時というのも、なかなかに人生に行き詰まりを感じていたのも大きい。

何でもかんでも近道を行こうとしてしまう私は、桃子さんの健気さを見習いつつ、じっくり生を全うしようと思った。

クチュクチュバーン/吉村萬壱

蜘蛛女、巨女、シマウマ男に犬人間…。デタラメな「進化」の行方は? 奇想に次ぐ奇想で選考委員の絶大な支持を得た文学界新人賞受賞作。表題作のほか1編を収録。

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著者の誕生日である夜、クチュクチュバーンという文學界新人賞受賞作を読んだ。いままさに、こういう得体の知れなさをこんなにも求めていて、意味とか無意味とかそういう次元ではないところに行きたかったんだなと読み終えて気付いた。生きているとつい意味を求めてしまう野暮なところがある私にガツンと響いたというわけだ。

もちろんパンチはあるがそれだけじゃない、血肉を得た感というのだろうか。人間はガツンと響いたあとが大事であり、それを受けてどうするかこそ、私は考えなければならないと思うが、果たして考えられているだろうか。

えーえんとくちから/笹井宏之

風のように光のようにやさしく強く26年の生涯を駆け抜けた夭折の歌人・笹井宏之。
そのベスト歌集が没後10年を機に未発表原稿を加え待望の文庫化!

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詩や短歌。気にはなっているけどなかなか読めずにいた。そんな私に、演劇をやっている知人が贈ってくれたのがこのえーえんとくちからだ。
不義理なことに長い長い年月を経てやっと読むに至ったのだが、これがとても良くて、不義理を詫びるとともに自身の保守の姿勢を正そうと改めて思った。

たったの一文なのに込められた熱量は測りしれない。そして面白いのに一定の透明感が纏うのは、著者が懸命に生き抜いて考え抜いた証拠なのだと思う。その軌跡がこの本には散りばめられていた。

一回読んだだけでは堪能しきれない、また事あるごとに読み直そうと思う。読了した本は割とそのまま本棚に行きがちだが、この本は持ち歩きたくなるような魅力がある。

道化師の蝶/円城塔

以下で語ってます。


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